上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
パレスチナ
調査時期
2010年3月
調査者
博士前期課程
調査課題
パレスチナ自治区における自治・和平プロセス支持態度と政治組織に関する資料収集と聞き取り調査
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調査の目的と概要

本調査の目的は、パレスチナ自治区、特にヨルダン川西岸地区において、和平プロセスに対する支持態度と政治社会運動ないし運動組織への所属・支持との関係に関して資料収集と聞き取り調査を行い、修士論文執筆の準備とすることであった。1993年のパレスチナ解放機構(PLO)とイスラエル国家の相互承認と暫定自治合意(オスロ合意)に基づき、パレスチナ暫定自治政府とイスラエル政府間で和平プロセスが進められてきた。しかし、プロセスの停滞と第2次インティファーダ(民衆蜂起)を受け、2000年にはほぼ和平プロセスは崩壊したとされる。他方でそれらの動きを経て、2005年のカイロ合意では和平プロセス反対派の政治参加が決定し、自治体制はそれらをも包摂しつつ存続して今日に至っている。これまで、一般に和平プロセス反対派と言われる運動・組織の活動家・支持者の間でイスラエルとの二国家共存賛成派はかなりの割合を占めることが明らかにされている。政治組織への支持・所属は和平プロセス支持態度といかなる関係にあるのかを探るべく、本調査では、大学での資料収集と大学のキャンパス内外での学生の活動・語りを中心に調査を行うことでその一端を明らかにすることを目指した。

 実際の調査においては、2007年以降ファタハが自治政府を支配し、権威主義的傾向を強める西岸において、政治の話それ自体が避けられる傾向にあった。特にファタハ支持の人々はそのことを明かし、その理由を語ったが、ハマースを支持するとの言葉は聞くことはなかった。そこで、2010年7月に西岸で実施される地方選挙への関心、それに対する意見を聞くことから手掛かりを得ることにした。また、大学とその周辺では、大学で年に一度行われる学生選挙への関心、それに対する意見を聞くことを中心とした。また、モスクの指導者へのインタビューを行った。

調査成果

1. 地方選挙
 筆者の滞在した2010年3月は、7月に開催予定の西岸・地方選挙に向けて、選挙人登録が行われている時期であった。登録を呼びかける中央選挙管理委員会による広報は、街中を埋め尽くす巨大な広告、新聞広告、さらに商店で使用されるビニール袋やティッシュ箱にまで及んでいた。他方で、街では選挙に関する質問には、「興味がある」との答えが多かったものの、その理由を答える人は稀であった。「占領がある中での選挙は良くない」、「政治家は自分のことしか考えていない」といった声も聞かれた。ガザと西岸で実効支配する政府が分裂した状況の下、今回の選挙はガザ地区では行われない、西岸のみの地方選挙である。また、事実上イスラエルに併合された東エルサレムでは開催されない。ハマースは、挙国一致政府の実現無しに、選挙を行なうべきではないとして、選挙開催に反対の意を示してきた。そして、パレスチナ政策調査研究センターなどが行う世論調査においても、そのような意見は多数を占めている。他方、滞在中に政府が公表した世論調査によれば、選挙開催への賛成が過半数であったという。道には、破られ打ち捨てられた選挙の広告等が見られたが、今後の動向は、各党派の選挙キャンペーンにも影響されていくであろう。
 地方選挙に関して、聞くことのできた具体的な対応は、あるカビーラ(父系の氏族)がどのように今回の地方選挙に臨むかというものである。都市A出身のB氏は、彼の所属するカビーラCは、自らのカビーラから議会に議員を送り出し、かつ要職に就かせることを目指しており、選挙に強い関心を持っているという。そこでカビーラCは、他のカビーラと協力し、選挙で勝利するための選挙リストを作成する。(パレスチナでは政党制度は存在せず、選挙に際して各党派がリストを提出することとなっている。)だが、今日の問題は、例えば夫婦の間でさえ、ハマース、ファタハに対する支持が分かれていることだという。そこで、そのような状況で、5000人もいるカビーラが1つのリストの側にどのように団結できるのかと問うと、「今日の西岸の状況で要職に就くにはファタハのリストに名を連ねる必要があるため、我々のカビーラはファタハのリストで出馬する」という。そこで、「我々のカビーラの中のハマース支持者は、選挙に行かないだろう」とした。さらに、「もし我々が今日ガザにいたなら、ハマースのリストで出馬するだろう」、と付け加えた。
 この話は1つのカビーラの事例であり、これにより一般化できるものではないが、他のカビーラと協力して選挙リストを作成することから、他のカビーラも同様の選挙対策行動を取っていることは類推することができる。今日の状況においてカビーラの選挙対策は必ずしもイデオロギーが説明要因とはなっていないこと、他方で個人のレベルでは、ファタハが支配を強める今日においてもハマースが支持を失っていないことが推察された。

2. 大学選挙

 パレスチナでは、70年代初頭から大学が設立され、政治党派の競争の主要な舞台となってきた。特に大学の学生自治会選挙は、占領下で90年代以前まで国政選挙および地方選挙が全く行われてこなかったパレスチナにおいて、政治の縮図として大きな注目を集めてきた。学生選挙は各大学で年に1回、春に開催されるもので、筆者の滞在時期はその直前にあたる時期であった。大学Dでの調査では、学生選挙の話は避けられる傾向にあった。今回、大学Dでは、ファタハ系の党

派、ハマース系の党派、そしてムバーダラ(ムスタファー・バルグーディーの率いる政治党派で、知識人層に影響力のある第3極)系の党派が競っているとのことだったが、聞くことのできた話は、選挙への関心は無い、あるいはさらに進んで、選挙の実施自体に対する否定的見解が多くを占めた。前者については、「大学には勉強をするために来ているのであり、政治をするために来ているのではない」、「選挙に関わっている人たちは、自分のことしか考えていない」、また、「関わると、問題を抱える」といった話を聞いた。後者については、「選挙は学生の間に分裂、緊張を生み、互いにつぶし合うことばかりになるから、選挙は無い方がいい」という意見が多かった。キャンパスの中では、政治に関わっている学生とそれ以外の学生とでは、歩く場所、服装のマーク(政治的な学生の一部は、それぞれの党派の色を服装の一部にしている)、歩く人数などが異なっていた。今回、選挙に興味があるという学生で話を聞けたのは1人のみであったが、学生Eは、ハマース系の党派に投票すると決めていた。そこでその理由は、「イスラームが好きだから!」と他の友人に言われた後に、「それだけじゃなく、その党派に先輩や友人がいるから」と答えた。学生選挙は学生にとって極めてセンシティブな問題であり、この研究については長期の調査が必要なことは言うまでもないが、先行研究に見られるような80年代の盛り上がりに比して、今日の学生選挙は、その関わっている学生の割合において以前よりは縮小しているように感じられた。この傾向は、大学以外における一般的な政治に対する不信感とも重なっているように考えられる。

3. 体制とイスラーム
パレスチナ社会は、70年代以降のイスラーム復興の影響があるにしても、周辺地域に比べて世俗的であると、しばしば言われてきた。しかし、今回の調査において見られた人々の服装や社会関係のあり方は、言われているよりも極めてイスラーム的であった。他方、政治的なイスラーム主義的潮流は今日の西岸において、半ば地下活動となっている。イスラーム慈善組織は表向き閉鎖されている。ただ、これまでも、自治政府がそれらの活動無しにはやっていけなかったように、今日においても非公式の形で活動が行われていることが、調査によってわかった。また、ハマースの母体のイスラーム主義運動であるムスリム同胞団の創始者のハサン・バンナーによる著作は都市Fで書店に並んでいた。そこで店主は、「バンナーの著作には皆親しんでおり、皆そうした環境の中で育ってきた」と語った。
筆者がインタビューを行う機会を得た都市Gのモスクのイマームは、「今日、イスラームは社会から不在である、なぜなら政府がイスラームと敵対しているからである。・・これは、他のアラブ諸国の政府の話である」とした。そこで、「イスラームは、政府を変えようというのではなく、あくまで、政府を通じてイスラームが社会でより大きな役割を果たす方法を政府に教えようとしている」とした。このモスクはある政治潮流の人々が集まるという他の小さなモスクとは異なり、そこで、イマームの説教も特別の政治色を帯びている訳ではない。それでもイマームの言葉には、体制側との緊張に由来する配慮がちりばめられていた。

4. 調査日程全体を通して

 日程全体を通じて、感じられたことは、パレスチナ社会を根本から秩序づけているのはイスラエルのルールであるということである。パレスチナ自治の性質がいかなるものであるか、調査経験の無かった筆者と経験のある人々の間で意見が隔たっていたことは、今ではよく理解できる。人々の日々の些細なやり取りの中に、実態は存在した。
 今回の調査で明らかにできたことは極めて限られるものの、筆者が今後研究を行っていく上で、研究テーマの設定、先行研究の整理や一次資料の読解においてさえ、今回の調査で得た示唆が生きてくると考えられる。 本調査は、文部科学省研究拠点形成費等補助金による大学院教育改革支援プログラム「現地拠点活用による協働型地域研究者養成」のフィールドワーク・サポートの支援を受け可能となった。そのことに心から感謝し、本調査を今後の研究に最大限生かしていきたい。また、実施にあたりお世話になった先生方、事務にあたってくださった方に心より感謝の意を表し、結びとしたい

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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