上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
コロンビア ボリバル県
調査時期
2009年8月
調査者
博士後期課程
 
調査課題
コロンビアにおける違法作物栽培とその対策をめぐる国家と農民の相互関係
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調査の目的と概要

コロンビアのボリバル県南部地域では、1980年代より違法コカ栽培が盛んとなり、90年代後半からは政府によって強制的な駆除と代替開発プロジェクトの導入が積極的に進められてきた。これまでの調査から、違法作物代替開発プロジェクトにおいて「開発する側(政府関係者)」と「開発される側(コカ栽培農民)」の関係が(1)「開発する側」から「開発される側」への一方通行ではなく、相互に作用していること、(2)地域社会内部に存在する多様性がこの相互作用に大きな影響を及ぼしていることなどが明らかになった。その一方で、コカ栽培農民と国家の関係を現在の共時的分析だけではなく、農民がコカ栽培を開始する前から今日に至るまでの通時的な分析を行う必要があることが判明した。かつてコカ栽培農民の多くは国家の管理が及ばない未墾地に入植し、その統治から外れたところで生活をしてきた。現在進められている政府の違法作物代替開発は、これまで統治が及ばなかった地域に国家がそのプレゼンスを確立する、あるいは農民を国家に取り込むプロセスでもあると解釈することができる。つまり、コカ栽培地域における国家と農民の関係は大きく変容してきたのである。

 そこで本調査は、まず、コカ栽培農民のライフ・ヒストリーをできる限り数多く作成することを目標とし、次にそれらに基づいてコカ栽培農民の入植の歴史、国家との関係の変化、そしてコカの強制駆除と代替開発の政治性を明らかにすることを目的としている。本調査により、違法作物対策が国家によるコカ栽培農民とコカ栽培地の国家への統合という政治性を持つことが明らかになると期待される。

 

調査成果

本調査では、まず、コカ栽培農民とのインタビューによって得られた個人の語りあるいはライフヒストリーに基づいて、農民と国家の関係の変容および違法作物代替開発の政治性を明らかにしようと試みた。また、それを補完するものとして、中央政府および地方政府の職員とのインタビューや資料の収集を行った。その結果、調査地であるボリバル県南部における国家と農民の関係は、大きく分けて次ぎの3つの段階を経て変容してきたという結論を得た。第一段階は1950年代から80年代頃までの入植の開始からコカの栽培が始まるまでで、国家のプレゼンスが農村になかった時期である。第二段階は企業、非合法武装組織、国家などが農村地域に強い経済的関心を持つ時期、そして第三段階は違法作物代替開発を巡って国家と農村の関係が新たな局面を迎える時期である。また、違法作物代替開発とは、国家のコントロールが及ばないところで生活していた農民を、コカを巡る違法性/合法性の枠組みを使って国家に取り込んでいくプロセスであると解釈できるが、農民の国家に対する不信感と解決困難な土地所有問題が農民の国家への取り込みを困難にしているとの結論に達した。以下、これらの成果を詳述する。
農民と国家の関係の第一段階は、国家が入植者およびその入植者の生活する地域に対して関心を持たなかったということが特徴である。つまり、農村に国家のプレゼンスがなかったのである。ボリバル県南部では、1950年代以降、政党間の争いより発展した内戦からの避難や人口増加による農地へのアクセスの困難な状況などの理由から、多くの農民が国家の管理が及んでいない未開墾地(スペイン語:baldíos)に様々な地域から入植してきた。森林を切り拓いて焼き畑農耕を行ったり、漁労や牧畜、あるいは鉱山労働や商いなどに従事して生計を立ててきた。入植地はもともと所有者のいない土地であったため、各自が境界を定めて自らの土地を「違法に」取得していた。このため、土地の権利書を持っている人は少なく、多くは法的有効性がない土地売買の覚書を持っているだけである。治安に関しては、80年代頃より左翼の非合法武装組織が農村地域に現れたが、常駐していない警察や国軍からの保護が受けられないために農民はゲリラの侵入を拒否することはできなかった。左翼ゲリラが農村部を支配していた時期には、ゲリラが政府に替わって治安維持を行い、盗難や殺人の犯罪者を捕まえて独自の裁判によって刑罰を課すこともあったという。社会分野についても道路や橋、学校、教会などは住民の自発的な寄付と労働によって建設されることが多く、水道や電気、医療サービスが慢性的に不足していることからも政府に対する不満は強い。しかし同時に、農民自身が国内紛争から逃れ、新たな経済的成功の可能性を求めて、あえて国家のプレゼンスのない地域に入植してきたということも指摘できる。
第二段階の特徴は、国家や民間企業、非合法武装組織など外部のアクターが農村部に持つ経済的な関心である。すなわち、金の採掘、石油の探査とその開発、広大な土地を利用しての牧畜、バイオ燃料の需要を見越したアフリカヤシの栽培、そしてコカの栽培とコカインの精製である。どれも利益率が高く巨大な富を生み出すものであると同時に、この地域の暴力的状況の一因であり、またそれを悪化させる「燃料」となってきた。さらにボリバル県南部はマグダレナ川を通じて大西洋沿岸地域へ、あるいは陸路からベネズエラへと容易に移動することができ、物流において大きな利点を持っている。合法産品だけでなく違法なコカインの運び出しやコカイン精製のための薬剤の持ち込みも容易であり、また国家のプレゼンスが少なかったために麻薬組織や非合法武装組織にとっては非合法活動の戦略的地域としても重要であった。政府、企業、左翼ゲリラ、右翼民兵組織、麻薬組織がこうした富をめぐって争い、農民はその利害関係の中で翻弄され、多くの死者、国内避難民を出してきたのである。その一方で、農民はそれぞれのアクターと様々な交渉を重ねることによって生存の道を切り開いてきたことも事実である。

 第三段階の特徴は、違法作物の代替開発プロセスにおいて、国家と農民の新たな関係の構築されようと

していることである。70年代以降、政府は国家開発計画の枠組みで農村開発を進めていくが、1998年に総合開発計画「プラン・コロンビア」が立ち上げられると、政府はコカ対策を通じてに積極的に農村問題に関与するようになった。プラン・コロンビアは国際社会からの支援を受けた大規模な総合開発計画であるが、主要支援国の米国の意向によりコカ根絶を中心とする麻薬対策に偏重していることがこれまでにも指摘されている。ボリバル県南部においても、治安部隊の展開とコカを枯死させるための除草剤の空中散布が実施され、平行してカカオ、アフリカヤシ、ゴム、コーヒーなどの代替作物の開発プロジェクトが導入されてきた。それまでもコカ栽培は違法であったのだが、その対策は消極的であったといえる。政府にとって、プラン・コロンビアの枠組みでコカ駆除を進めることは国際的な麻薬対策への貢献であると同時に、これまでプレゼンスがなかった農村社会において国家あるいはその制度の枠組み(同:institucionalidad)の正当性を確立し、農村を国家に統合していくプロセスとなっていることが指摘できる。政府は農村に対して代替作物導入の経済・技術支援を行うにあたり、コカ栽培農民に対して「過去・コカ・違法」と「未来・カカオ・合法」といった二項対立の説明を用い、農村内のすべてのコカを自発的に駆除して過去と訣別することを求めている。これに従わない場合、あるいはこれに反した場合は、容赦なく除草剤を散布し、厳格に法を適用して処罰するのである。実際、政府の代替開発担当の責任者は、農民がコカ栽培を継続して除草剤を散布された場合、仮にコカという生産手段を失って国内避難民となったとしても、国内避難民として認めることはないとさえ発言している。反対に、政府の支援を受けて代替開発のプログラムに参加する場合、農民はこれまでのコカ栽培の違法性を認め、隣人との連帯責任を負った上で経済支援などの恩恵を受けることができる。こうした政府の提案に対して、コカ栽培を継続する農民、政府と契約を結ぶ農民、コカ栽培をしていなかったために代替開発プログラムへの参加が認められず政府の対応に不満を持つ農民など多様な利害と立場が顕在化し、これによって農村内に新たな軋轢が生じることもある。
これら3つの各段階を貫いて問題となっているのが、国家および国家の諸制度に対する農民の信頼(同:confianza)である。代替開発のプロセスとは、国家の内部に存在しながら国家の統治の外に生きてきた農民に対して、国家に統合されることを暗に促していると解釈できる。これは政府が代替開発の説明会などで用いるフレーズ、「違法性から合法性へ(同:De la ilegalidad a la legalidad)」にも端的に表されている。先述のように、これまでの違法性を認めて国家に統合されることによって初めて、生活補助金の支給や開発プロジェクトへの支援が受けられることを示している。しかしながら、これまでの歴史的経緯を踏まえると、農民が国家やその制度に対して信頼を築くということは容易ではない。農民はこれまでに非合法武装組織の脅威にさらされ、コカを栽培しなくてはならない状況に陥り、また教育、衛生、医療などのサービスがほとんど受けられなかったという経験を持つために、国家を容易には信頼することができないからである。折しも、ボリバル県南部では元コカ栽培農民がコカを自発的に駆除することを条件に政府から与えられた代替開発プロジェクトへの資金が、政府の助言にしたがって農業省管轄の農業銀行に預金されていたのだが、銀行員の着服によって盗まれていたことが昨年明らかになった。着服が巧妙な手口であったために証拠が少なく、また農民が政府系の銀行を過信して手続きの確認を怠ったことにより、プロジェクトの運転資金および農民の預金の一部は回復できないとのことである。些細なエピソードではあるが、信頼回復の最中にありながらこのような状況が起きる事態に農民が国家に対する不信感を払拭できないことは容易に理解できる。

農民が「所有する」土地をめぐる問題も、農民を国家に取り込もうという政府とこれを契機にコカ栽培から脱しようと考えている農民の双方の思惑を実現困難にしかねない。先述のように入植者が未墾地で獲得した土地の多くには法的に有効な権利書が存在してない。さらに、それらの土地の多くが土地の私有と経済活動を原則禁じている森林保護区内に存在しているため、将来的にも所有権を得ることや農耕などを行うことは困難である。森林保護区内では本来であれば政府の開発プロジェクトを実践することすらできないが、違法作物を駆除するために政府は権利書の有無には触れないようにして支援を行っているのである。また、運良く過去の農地改革において土地の権利書を得ることができた農民にしても、政府に対する不信から所有している土地の一部のみを登録申請しているケースは少なくない。したがって、現在はこれらの土地の所有問題を先送りしているに過ぎず、将来的に農民と国家の関係が危機的状況となることが危惧される。

 政府によるコカ対策が続けられているにもかかわらず、コカの栽培面積がなかなか減少していないのが現実である。本調査結果から、国家と農民の間に信頼関係が築かれていないことがその一因となっていることがうかがえる。また、信頼関係を構築するためには、短期的な目先の経済支援だけではなく、国家と農民の関係の変遷や土地問題に見られるような歴史的経緯を踏まえた総合的な農村開発の議論が不可欠であることが提言できるだろう。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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