上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
ブラジル
調査時期
2010年9月
調査者
博士前期課程
調査課題
ブラジルの民主的学校運営における参加に関する基礎調査
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調査の目的と概要

 本報告は、2010年9月にブラジル・サンパウロ市で行った教育に関する調査をまとめたものである。調査は、修士論文(想定題:「ブラジルにおける公教育の民主化;民主的学校運営と市民の社会参加意識の変化との関連性」)のために行った。今回は、民主的学校運営における参加の方法と効果に着目し、公立初等教育学校の教員への聞き取り調査を中心に行った。文献、資料収集も行い、近年出版され、現地でしか入手出来ないも物を中心に書店と研究所で入手した。
 ブラジルの教育では、民政化を契機として、1990年代以降民主化が進められてきた。教育の民主化とは、学校運営に教師、生徒、保護者、地域住民、教育専門家など学校関係者と地域の全体が関わり、各学校で自律的な教育を行うことを目指すものである。民主化の過程で市民権の保護が議論となり、教育は市民権を行使し、主体性を持つ市民を形成する場として位置づけられた。これを受けて1996年に制定された新教育法は、民主的な学校運営を行うことを求め、教師、保護者、生徒、教育専門家の参加を規定した。民主的学校運営を実践する場として学校評議会が設置され、学校と教師は独自の教育計画を策定することを求められるようになった。
 このように、民主化が進められる中で教育における参加の重要性が高められ、ブラジルの教育は参加型民主主義の実践の場の様相を呈している。自治体や地方政府においても参加型予算などが取り入れられ、教育の民主化はそうした社会における参加型の導入とも調和する。本調査では、参加がブラジルの教育における柱の一つであると捉え、どのように参加が行われ、保護者や教員に変化を与えるのかを明らかにするための基礎調査を目的とした。同時に、変化の直中にあるブラジルの教育の現状を把握する目的も合わせ持った。以下の報告ではまず、公立学校2校における調査を説明し、次に収集した文献と資料を紹介する。最後に、調査で得た結果を分析し結びとする。

調査成果


2.公立初等教育学校における調査
 公立学校における調査では、サンパウロ州サンパウロ市内にある州立初等教育学校2校を訪問した。1校は過去に訪問したことのある学校であったが、もう1校は初めて調査する貧困地域の学校であった。共に、サンパウロ市で公立学校への聞き取り調査と指導を行う学校指導員の紹介により訪問した学校で、校内見学から聞き取り調査までスムーズに行うことが出来た。

(1)Escola Estadual Reducino de Oliveira Lara
 1校目は中間層が多く住むジャバクアラ地区にあるReducino de Oliveira Lara校である。この学校は、教育省による学校評価(Índice de Desenvolvimento da Educação Básica: IDEB)でここ数年高評価を獲得している。1年生〜4年生を教え、授業は午前と午後の入れ替わりの二部制で行われる。校内は清潔さが保たれ、目立つ机の乱れや傷等は見当たらなかった。教室には、先生や生徒が作成したカレンダーや生徒たちで定めたクラスの規則が掲示されていた。食堂には献立が掲示され、学校での昼食では栄養を十分に摂れることが窺えた。
 この学校での聞き取り調査は、2人のコーディネーター(日本の教務主任に相当)に対して行った。参加に関する質問に対する答えの要点は3つであった。まず、学校内の運営に関わる集会における発言は、教員が中心となって行っている。これは、保護者の教育的知識が少ないことに起因するとの説明であった。次に、教員は保護者の参加が強まることに懸念を示している。保護者の発言力が強まることによる要求の高まりは、教員にとって授業計画の策定や授業の進行に支障をきたす恐れがあると、コーディネーターの2人は危惧していた、3つ目は、グレミオという生徒で構成する集まりの存在である。Lara校にはグレミオは存在しないが、これを持つ学校と地域の生徒は教育に対して発言力を持つ。これに関しても、コーディネーターは導入には留意を要するとしている。
 Lara校では、聞き取り調査の直後に行われた30分程度の教員会議を見学し、録音を行った。この会議は、複数の学年合同で行われるものであった。進行はコーディネーターが主導し、1つの授業テーマに対して意見交換をするものであった。この会議では、1年生の識字の授業がテーマであった。教科書に掲載された動物を素材とした項についての議論だったため、コーディネーターはまず、ブラジルの大湿原に生息する動物の映像を教員たちに見せた。その後、簡単な意見交換が行われ、識字だけでなく同時にブラジルの自然の特徴を教えられる授業にすることで議論がまとまった。
 この他に、Lara校では教員の報酬に関する話も聞くことが出来た。サンパウロの州立学校では、学校評価を上げることでボーナスが支給される。これには、教員の仕事に対する意欲を向上させる意図がある。しかし、この学校は数年前から州内でも上位に位置し、点数の増加が小さいため、2009年度は支給の対象にはならなかった。この説明を提供してくれた教員は、これについて合理的でないと不満を持っていた。

(2)Escola Estadual Julia Della Casa Paula
 もう1校は、サン・ジョルジ地区にあるJulia Della Casa Paula校である。ここは貧困地区であり、学校はその入口付近に位置する。それを象徴するように校門近くの壁は民家の一部として無断で利用されている。Paula校は、Lara校とは対照的にIDEBで低い成績に止っている。そのため、紹介をしてくれた教育スーパーバイザーによると、重点的に向上を目指す学校に指定されている。1年生から9年生を教え、二部制で授業が行われている。内部は清潔が保たれ、乱れた様子は無かったが、施錠された箇所がLara校の倍程度設置されていた。
 この学校での聞き取り調査は、副校長に対して行った。参加に関しては、保護者の多くが集会に来るとの話であった。また、授業中は校門が開放されており、日常的に地域住民が出入り出来る状況となっている点もこの学校の特徴である。副校長は、誰もが敷地内に入れることに対しての危惧は持っていなく、学校はこの貧困地区でも安全が確保されている場所だと説明した。実際訪問中に、学校に通っていない少女を生徒が連れてきて、副校長は自由に校内を見ることを快諾した。一方で、5年生から9年生の高学年になると、麻薬に出す生徒が現れ、生徒はそうした地区内の危険と隣合わせである。
 聞き取り調査中に職員室でテスト採点中の教員6人と話をすることもできた。質問を始める間もなく、彼らは日本の教育に関する質問を次々としてきた。その殆どが待遇に関するもので、日本の教員の初任給について、驚いた表情を見せた。労働時間に関しても質問され、大差がないことを確認していた。彼らの報酬は以前より改善され、また国内の教員の中でも比較的高いが、労働量に対する報酬が低いと不満を持っている。その上で、ブラジルでは教員は社会的地位が弱く、影響を与える力を持っていないと認識していると話した。保護者の参加については、そうした立場を踏まえて、親の発言力が強まることによる授業への影響を懸念していた。現に、学校における親の力は近年強まりつつあるとも話した。
 この学校は貧困地区にあるため、教育に関する設備や環境に不備があると想定できるが、実際にはLara校との差は見られなかった。事務室では、各生徒の情報をファイルに綴じ、引き出しに保管していた。住所や年齢等の基本的な情報だけでなく、これまでのテスト結果も記録されていた。また、図書室には政治や経済、社会の記事を多く含む雑誌や新聞が置かれていた。これは、学校に子弟を通わせる家庭がこうした物を買う余裕がないことを考慮してのことである。こうした状況からは、経済格差による教育格差をなくそうとする、州政府の取り組みが窺える。

3.資料収集
 本調査中の資料収集は、主に大型書店とパウロ・フレイレ研究所での文献収集であった。パウロ・フレイレ研究所は、サンパウロ市に位置する教育研究所である。設立者はブラジルの教育学者パウロ・フレイレで、行政と提携して教育プログラムを行うなど、教育の民主化を中心とした研究を行っている。
 研究所では、2008年から『市民教育(Escola Cidadã)』と題された連続した書籍を出版している。今回は、これまで入手していなかった物と2009年から2010年の間に新たに出版された物を入手した。シリーズは、教育開発計画の再考に始まり、現代において教えることの本質を問う議論、市政府による学校運営の分析を3巻まで行う。4巻ではブラジルで目指されている総合教育(Educação Integral)の検討を行う。これは、教育が社会における人間形成の一部を担うという考え方である。5巻では再び市政府による教育に着目し、1996年に発布された新教育基本法により変化してきた市における教育制度の分析を行う。2010年に出版された最新の6巻では、市民教育と統合教育のどのように実践するかの検討を行う。
 このシリーズに加えて、研究所ではパウロ・フレイレのポルトガル語による著作4冊と、教員向けの冊子2冊を購入した。前者は、教育の民主化に対して思想レベルで影響を与えているもので、ブラジルにおける現代の教育を理解する上で欠かせない本である。後者は、教育の質と市政府による教育を解説したものである。30ページ程度の冊子で、前出のシリーズの一部を簡潔にまとめたような内容である。
 市内の書店では、2010年に出版されたブラジルの歴史に関する書籍とブラジルの基礎教育に関する論文集を購入した。歴史書は、これまでの同様の本では解説が少なかった民政化前後以降に比較的多くのページを割いている。教育の民主化を整理する上で欠かせない歴史的観点からの分析を助けてくれるものである。基礎教育に関する論文集は経済学者が中心となって執筆したもので、教育の質をテーマとして教育政策、教育制度、評価方法、教員への報酬、暴力問題などブラジルの基礎教育に関して幅広い分野を取り上げている。経済の視点から、教育の質がブラジルの教育だけでなく、社会にとっても課題であることを再認識させてくれる本である。帰国後に本書の書評を執筆し、『イベロアメリカ研究』32巻第2号(上智大学イベロアメリカ研究所、2010年)に掲載された。

4.調査結果の分析
 本調査で明らかになった点は、主に2つある。まず、民主的学校運営を実践する中で、参加する保護者と教員の間で意見や理解の衝突が発生する可能性である。訪問した2校共に、教員が保護者の参加に対する懸念を持っていた。保護者の参加が強まることで、思うような授業計画が立てられない、要求が高まるという授業における障害である。Lara校では、保護者の教育に関する知識の低さも指摘された。こうした状況からは、教員が保護者の参加により、自らの立場を脅かされることを危惧していることが窺える。学校側の参加に対する保守的な考え方は、民主的学校運営において、保護者の発言が増加したときに衝突の要因となり得る。
 しかし、今回聞き取り調査を行った教員たちは、民主的学校運営を否定してはいなかった。教員の報酬や待遇に対して不満を持ち、教員が力のない立場にあると認識していることから、教員が持つ懸念は社会における教員の地位が背景となっている可能性がある。今回の調査では、学校が保護者の参加を制限するような行動をとっているかは示されなかったが、教員が自らの力と保護者の参加の板挟みになっていることは明白となった。
 もう1点は、地域の経済格差による学校内の環境の差はないことである。Lara校とPaula校の周辺の生活水準は明らかに異なる。それによる影響を排除しようと、州政府はLara校を重点的に改善する学校と指定し、支援を行った。その結果、貧困地区では購入が難しい本を配置し、教室内には机と椅子も新しい物が設置されている。敷地内にフットサル場もつくり、給食が無償で提供される。これらは、連邦政府と州政府が普遍的な教育の提供に取り組んできた成果であり、民主的学校運営の前提となる環境を整備するものである。ただ、学校評価では低い点数に止まっているため、教育の質に貧困が影響を与えていることは否定できない。

5.おわりに
 このように、本調査の結果からブラジルにおける教育は普遍的なものになりつつあるが、民主化は目指しているようには進められていない。総合教育など議論は活発であるが、教育の現場では、民主的学校運営が実践されているとは言い難い。今回明らかになった保護者の参加に対する教員の懸念は、それを説明するものである。これは、保護者の参加が強まったときに教員と保護者の間での理解や意見の衝突を招き、議論が成立しなくなってしまう可能性がある。
 次回の調査ではこの点に着目し、教員と保護者の間の不一致が参加型運営の効果においてどのような障害になり得るのかを明らかにしたい。今回訪問した学校で再度調査を行い、意見と参加型学校運営に対する理解の齟齬について分析する。また、授業と予算、人事の議論における主体性とそれに対する学校側の説明責任も分析し、参加型学校運営の障害を説明する。教育に留まらず、ブラジルの社会と市民形成を理解する一助となる調査を行いたい。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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