上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
メキシコ
調査時期
2011年3月
調査者
博士前期課程
調査課題
1920年代メキシコ市における社会生活と「レストラン」の実態
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調査の目的と概要

 本報告では、はじめに調査目的を述べるとともに、このたびの調査が報告者の研究においてどのような位置付けにあるのかという点を明らかにしておきたい。その後、本調査において行なった方法を記し、その成果および今後の予定に言及する。
 本調査の目的は、1920年代メキシコ市における社会生活およびレストランの実態を明らかにすることである。現在、報告者は「(国民料理としての)メキシコ料理」概念の形成過程を社会史として考察することを目指している。そのためには、当該時期のレストランの実態をメキシコ市の社会状況および市民生活の様相に鑑みながら明らかにする必要があると考えられるためである。
メキシコは、多民族国家であり、ルーツの異なる多様な文化が地方ごとに大きな存在感をもつ。一方で、いわゆる「メキシコらしさ」という言葉で表わされるような国全体に共通したイメージもまた、人々の性質や文化などさまざまな面に強く見出すことができる。食文化、すなわち「メキシコ料理」もその例に漏れない。
 メキシコは2010年、独立200周年であると同時に革命100周年も迎え、それにちなんださまざまな催しが行なわれた。その前年2009年に小説として出版された演劇作品「独立200周年の晩餐 (La Cena del Bicentenario)」の上演もその一環である。書籍の表紙や演劇のポスターにおいて、イダルゴ神父やベニート・フアレス大統領など独立およびメキシコ近現代史に名を残す人物が囲む架空のテーブルに並べられたのは、タマレス(とうもろこし粉の蒸しパン)、モレ(七面鳥のチョコレートソース)、チレ・エン・ノガダ(大きな青トウガラシの肉詰め)、そしてメキシコ人の主食トルティージャであった。どれも2010年を生きるメキシコ人たちが、「メキシコ料理」としてイメージする代表的なメニューであることは間違いない。メキシコ国民がそれらを「メキシコらしさに満ちているメキシコ料理」として受容している、つまり、そこに「メキシコ料理」という国民共通のイメージが形成されているからこそ、“国民的英雄”が居並ぶ「独立200周年の晩餐」なる架空のテーブルにそれらの料理が描かれるのである。
 それでは、メキシコ国民がメキシコ料理に関して、このような一定の共通イメージを持つようになるのは、いつ頃のことなのだろうか。「(国民料理としての)メキシコ料理」は、どのような時代背景、社会条件の下で形成されるのだろうか。
 本調査の目的は、2010年9月に行なった前回の現地調査から得られた知見をもとに決定した。前回入手した書籍、先行研究等の諸資料の読み込みを通じて、メキシコ革命後のメキシコ市に存在していたレストランが、その社会状況下において、「メキシコ料理」概念の形成に大きく関与したではないか、という作業仮説を設定したのである。同時に、先行研究の空白が浮かびあがった。レストランは、当該時期のメキシコ市の市民生活において、少なからぬ社会的役割を持っていたと考えられるにもかかわらず、「メキシコ料理」の概念形成という脈絡では、その存在に関して十分に論じられてこなかったのである。そのため、報告者の研究を進捗させるには現時点において、当時の社会状況、メキシコ市民の暮らしぶり、そしてレストランに関する情報を読み取ることのできる一次資料の収集が必須と考えるに至った。

調査成果

 次に、具体的な調査の方法を記す。 調査は、@1920年代に発行された新聞および雑誌の記事、A公文書、Bメキシコでクロニスタと呼ばれる文書記録者による記述(書籍)、C地図に主眼を置いた。並行して、D当該時期の社会史を扱った先行研究の収集を行なった。つづいて、それぞれの素材ごとに調査の成果を述べたい。
  1.  新聞および雑誌の記事(1920〜1930年): レストランの広告(日曜日の特別メニュー、求人等)、飲食店および食生活に関する記事やコラム、料理レシピ とともに、新聞の社交欄(Sociedad)に注目して調査、収集を行なったことは、本調査の特色である。当該時期のメキシコ市における主要紙は、エクセルシオール紙、エル・ウニヴェルサル紙であり、両紙の社交欄からは、当該時期の有力者およびその家族などが、どのような場で会食し、何を理由としてパーティーを開いたのかが窺い知れる。
     新聞および雑誌記事の調査は、メキシコ国立雑誌新聞資料館(Hemeroteca Nacional de Mexico)、国立公文書館(Archivo General de la Nacion)、メキシコ革命図書館(Biblioteca de las Revoluciones de Mexico)、メキシコ国立自治大学図書館(Bibliotecas UNAM)で行なった。新聞に関して、調査対象が主要紙であることから、保存状態や閲覧の可否に関して、当初楽観的な見通しをもっていた。しかし、10年分すべてを一か所で閲覧することができず、各施設に散逸していることが明らかになったため、それぞれの欠落部分を探すことに思いのほか多くの時間を費やすことになった。結果的には、とくにレストランの広告および社交欄に関して、これまでの研究でほとんど取り上げてこられなかった史料を多く自分のものとすることができた。また新聞広告は、当時の社会状況を表象するものとしても非常に存在価値がある。自分の研究のオリジナリティーとして、今後分析を進め、有効に使っていきたい。ただ、一方で、新聞や雑誌のバックナンバーは、コンピュータ検索データ上には存在していても実際には欠落していたり、バックナンバーの束を手に取ってはじめて日付やページに抜けがあることが分かったりと、決して保存状態がよいとはいえなかった。また、国立雑誌新聞資料館には、マイクロフィルムとして大量のデータが保存されていたが、各日数十ページにおよぶ新聞記事のなかからマイクロフィルムの映写機を通じて研究対象の該当部分を発見するのは、容易なことではない。このように、限られた時間のなかで資料の限界と直面することにもなった。
  2.  公文書:国立公文書館(Archivo General de la Nacion)、メキシコ連邦区公文書館(Archivo Historico del District Federal)で調査、収集を行なった。具体的には、1920年代のメキシコ市で発行されたレストランおよびカフェの営業許可証およびレストランの労働組合によって発行された書類を入手することができた。それによって、当時どこに何軒のレストランが存在したのかということが明らかになる。これは、メキシコ市におけるレストランの実態を社会史として描写するのに、非常に有効である。
     各施設に収蔵されている公的書類は膨大である。有用な書類に到達するには、事前の準備はもちろん、現地で調査を進めながらも、自分自身の研究計画へのフィードバックを日々繰り返し、何を自分が必要としているのか、つねに考え続ける必要があると痛感した。
  3.  クロニスタによる記述(書籍):メキシコでは、植民地時代からクロニスタと呼ばれる文書記録者が、町の様子をはじめ社会でのあらゆる出来事を記録してきた。彼らは多くの随筆や覚書を残している。そこには時代のありさまが活写されている。クロニスタによる記述を新聞広告、公文書、数値的データ等と併用することで1920年代の社会生活をより立体的に浮かび上がらせることができると考える。主な調査、収集場所は、メキシコ市 バスコンセロス図書館(Biblioteca Vasconcelos)、メキシコ国立図書館(Biblioteca Nacional de Mexico)である。
  4.  地図:当該時期のメキシコ市の市街地図をマヌエル・オロスコ・イ・ベラ地図資料館(Mapoteca Manuel Orozco y Berra)において調査、収集することができた。
  5.  当該時期の社会史を扱った先行研究:「メキシコ料理」の形成というテーマを社会史の文脈におくためには、当該時期のメキシコ市の諸相を社会史の観点から解釈することを試みている先行研究の参照が重要である。メキシコ人歴史研究者からの助言を得ながら、メキシコ国立自治大学図書館(Bibliotecas UNAM)等で論文を収集した。
 以上に加え、当初は、本調査以前に入手した書籍に掲載されていた情報をもとに、現存する全国規模のメキシコ料理レストランチェーン「サンボーンズ」の資料室を調査の一環とする予定であった。100年以上の歴史を持つサンボーンズの社史ともいうべき書籍に、その存在が示唆されていたのである。しかしながら、実際に本社オフィスを訪問し、問い合わせたところ、そのような施設は存在しないという回答であり、また歴史資料に関しても有用な返答は得られなかった。書籍の著者への問い合わせ等も奏功せず、残念ながら、資料室での調査は叶わなかったことを付記する。
 現在、これら収集史料の分析を進めているが、史料が示す事実には、一見、作業仮説と相いれない事柄も見出される。しかし、人々の暮らしの積み重ねこそが歴史である。ならば、それは本来的に、一つの視線だけで見通せるような単純なものではないといっても過言ではなかろう。一面的な歴史の解釈ではこぼれおちる要素をどのように掬い取り、位置づけるのか。それが、これからの研究、論文執筆上の課題である。
 まさに時間の経過に埋もれている厖大な史料を前に、現地の歴史研究者や専門家はもとより、図書館、公文書館の担当者、古書店主など、多くのメキシコ人からのアドバイスがなければ、本調査において成果を得ることは不可能であった。大いなる感謝とともに、そのことをここに記しておきたい。
 最後に、本調査は、文部科学省研究拠点形成費等補助金による大学院教育改革支援プログラム「現地拠点活用による協働型地域研究者養成」の支援を得て行なった。深く感謝し、調査の成果を存分に活かして、今後のメキシコ史研究に寄与できるよう、まずは修士論文の執筆に力を尽くしていきたい。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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