上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
コロンビア ボリバル県
調査時期
2009年3月
調査者
博士後期課程
調査課題
違法作物の代替開発プロセスにおける開発プロジェクトとローカル社会の相互作用とローカル社会の多様化−コロンビア共和国ボリバル県南部の事例を中心に−
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調査の目的と概要

本研究は、コロンビア共和国ボリバル県南部で実施されている違法作物(コカ)の代替開発プロジェクトを対象として、主にオーラル・ヒストリーの手法を用いて、開発プロジェクトとその対象であるローカル社会の相互作用を分析することを目的としている。国内有数のコカ栽培地帯であるボリバル県南部では、政府による強制的なコカの駆除が行われると同時に、農民の自発的なコカ放棄を促すための代替開発が実施されている。同地域は、違法なコカ栽培ビジネスに由来する高収入、非合法武装組織の存在とこれに起因する紛争、そして政府に対する不信感などの問題を抱えているため、代替開発は本来のコカ駆除の目的だけでなく、ローカル社会に強い政治、経済、社会的インパクトを与えている。またコカ栽培農民の反応も各人が抱える状況によって多様なものとなっている。他方、開発プロジェクトも地域のコンテクストに対応すべく、試行錯誤を経て柔軟な対応を示している。

そこで本研究では、「開発する側(政府関係者)」と「開発される側(コカ栽培農民)」のオーラル・ヒストリーによって、(1)代替開発プロジェクトによるローカル社会の変容、(2)ローカル社会内の多様性、(3)開発プロジェクトの地域への適応、(4)コカ栽培農民の代替開発に対する抵抗と受容のプロセスを明らかにし、開発プロジェクトとローカル社会の関係の多様性および相互作用を考察するつもりである。

本研究の特色は、開発によるローカル社会の一方的な変容ではなく、影響が双方向に作用しているという視座にある。また、これまで十分な記録がないコカ栽培農民に関し、オーラル・ヒストリーを用いるという方法も独創的である。本研究は、開発プロジェクトとローカル社会の関係性の研究において、相互作用およびローカル社会内の多様性という新たな視点を導入する点に意義がある。本調査の結果として、開発に対してローカル社会が主体的な存在であると同時に、開発がローカル社会の多様性を再生産していることが明らかになると考える。

調査成果

本研究は、違法作物代替開発という開発プロジェクトの実践の場において、プロジェクトとローカル社会の間でいかなる相互作用が生じているかを分析するものである。そのほかの多くの開発プロジェクトと同様に、代替開発についても公式にはプロジェクトの成果のみが記録として残され、プロセスの詳細は失われてしまうのが常である。そこで本調査では、コロンビア政府が実施している違法作物コカの代替開発プロジェクトに関係する様々な人々を対象として、その経験を聴取し分析することを第一の目標とした。具体的には、首都ボゴタにある代替開発監督官庁の社会行動庁職員、同庁に所属するが現地に居住して農民との直接の折衝を行っている嘱託職員、現地で同プロジェクトをサポートしている市役所経済開発局職員、同プロジェクトに直接参加をしている農民、そして同プロジェクトに参加していない農民を主たる対象者とした。インタビューは主に調査地の市役所に場所を借りて行ったが、農村に行く機会においては積極的に訪問先で聞き取りを行うこととした。同時に、代替開発プロセスの背景であるコカ栽培に関する理解を深めるため、国連薬物犯罪事務所コロンビア事務所の協力を得て、コロンビアのコカ栽培と代替開発の最近の動向も調査した。

まず、背景となるコカの栽培と代替開発の現状を概観する。コロンビアのコカ栽培地域の監視は、国連薬物犯罪事務所が衛星画像の解析、現地調査などに基づいて行っている。2007年の報告書では、コカを駆除するための除草剤の空中散布が継続しているにもかかわらず、2006年に7万8000ヘクタールであったコカの栽培面積が、2007年には9万9000ヘクタールと大きく増加していることが明らかにされた。現在、2008年の報告書刊行を準備している国連薬物犯罪事務所から得た情報では、調査地のボリバル県南部において、2008年にも2007年とほぼ同じ場所に同程度のコカ栽培地が観察されたとのことである。コロンビアのそのほかの地域と同様、ボリバル県南部においても農民が除草剤の空中散布の影響を最小限にするためにコカ栽培地を小区画とし、あちこちに散在させているのである。このことは、今回の調査で実際に調査地上空を飛行し、目視によりコカ栽培地を観察した結果からも明らかであった。これらの状況から、現在の除草剤の空中散布を中心としたコカの駆除方法は、その効果という点ですでに限界に達していると考えられる。その一方で、聞き取り調査によれば、コカ栽培の収益性は年々下がっており、多くの農民がコカ栽培から脱却したいと考えているという。これは、警察や軍の取り締まりが厳しくなったことや、コカ・ビジネスに必要な化学薬品などの経費が増大しているためである。これらの点から、コロンビアでは違法作物対策として代替開発の重要性がさらに大きくなると予想される。

しかしながら、代替開発についてはコカの栽培面積を減少させることのみに注目が集まり、代替開発が実施される農村の社会変容に関する研究は行われていない。そこで本調査では、オーラル・ヒストリーによる代替開発とローカル社会の相互作用について、(1)代替開発プロジェクトによるローカル社会の変容、(2)ローカル社会内の多様性、(3)開発プロジェクトの地域への適応、(4)コカ栽培農民の代替開発に対する抵抗と受容のプロセスという観点からアプローチを行った。

まず、代替開発プロジェクトによるローカル社会の変容についてである。農民の側のオーラル・ヒストリーにおいては、ポジティブな見方が大勢を占めていた。コカ経済はその初期においてこそ多額の収入を農民にもたらしたが、同時にその高い収入をめぐって発生する犯罪、コカを資金源とする非合法武装組織との関係に由来する暴力、これらに端を発する隣人に対する疑心暗鬼、「あぶく銭」がもたらす家庭や農村のモラルの崩壊といった様々な問題を引き起こしたという。除草剤の空中散布や警察・軍による取り締まりといった外圧もさることながら、自らの必要性としてコカ経済からの脱却を求めていた農民にとって、政府の代替開発プロジェクトの導入が比較的好意的に受け入れられたことが農民の語りに表れている。これを政府職員側から見ると、プロジェクトの実施プロセスにおいて農村に顕著な変化が見られたという。コカ栽培を行っていた頃には取引相手の非合法武装組織との関係や隣人に対する妬み、警戒心から農村内でのコミュニケーションがなく、このためプロジェクト導入直後にはあらゆる会合において口論や殴り合いの騒動が見られた。ところがプロジェクトの進展にあわせてコミュニケーションが増えるに従い、議論や共同作業において相手を信頼し、尊重する姿勢が見られていったのだと多くの政府職員、農業専門家が述べている。こうしたコミュニケーションを進める一環として、会合の始めや途中に体を動かし、肌と肌を触れあわせるようなゲームをしたり、ギターを伴奏に皆が同じ歌を歌うなどの方法が用いられている点も興味深い。

次にローカル社会内の多様性についてである。この点については市役所経済開発局の農業専門家、主要産物のカカオやフリホル豆を扱っている組合の農業技術者からも情報収集を行った。調査地は標高600メートルから1400メートルと800メートルの高度差があるが、それ以上に多くの渓谷や尾根が形成している複雑な地形により、生態学的な環境はさらに多様になっている。それぞれの生態学的環境にあわせて、カカオ、コーヒー、フリホル豆、ユカイモ(キャッサバ)、トウモロコシ、コメ、サトウキビなどが生産されている。一部の高地部ではルロやモラといった果樹の栽培も可能となっている。このような自然環境や生産物の分布のほか、非合法武装組織のプレゼンス、コカ栽培の分布、入植者(居住者)の出身地など様々な社会、文化、経済、政治的状況も多様性を生み出している。また、道路や橋といったインフラの整備状況は経済活動に及ぼす影響が大きく、ローカル社会内部にさらなる地域差を生み出す契機となっている。コカ栽培および代替開発と、地域の多様性の関係という点に関してオーラル・ヒストリーから得られた知見として、共時的な多様性のほかに通時的な変化も重要であるということが挙げられる。たとえば、町の周辺部に位置する農村はそのほかの農村と同様にコカの一大産地であったが、代替開発が導入されたことにより優れた畜産地帯に生まれ変わったという事例がある。道路事情が悪い地方であるため、収益性の高いウシの飼育は町の周辺部に限られるのであるが、こうした潜在的な経済開発のポテンシャルによって、代替開発後のローカル社会に新たな多様性が発現している点は注目に値する。

開発プロジェクトのローカル社会への適応については、いくつかの問題を指摘することができる。政府はカカオ、コーヒー、木材、ゴム、アブラヤシを違法作物に対する代替作物として認定しているため、代替開発においてこれらを中心とするプロジェクトが実施されている。このため、農村によっては今まで見たこともない作物が導入されてしまう事態も生じている。また、先述のように複雑な地形によって多様なミクロな生態学的条件が生じているため、同じ農村内でも導入された品種や作物が必ずしも適しているとは限らない。多くのコカ栽培農民が半信半疑の状態で恐る恐る代替開発プロジェクトに参加している状況では、導入された品種や作物が期待していた成果をもたらさない場合、たやすく政府に対する不信感へと転換してしまう危険性がある。このため、代替開発プロジェクトを推進する政府職員や市役所の農業専門家は、頻繁に農場を訪問したり、数多くの講習を企画して問題の早期発見に努めようとしている。問題が深刻な場合にはプロジェクト自体を変更するといった大胆な措置がとられることもある。しかしながら、政府が定める代替作物の生産は、農民が自家消費できるものではなく、あくまでも市場において換金することを目的としたものである。このため、農民の生活は国内外の経済状況に左右され、外部の動向に強く依存するものとなることが懸念される。

最後にコカ栽培農民の代替開発に対する抵抗と受容のプロセスについてである。代替開発が導入された直後の混乱ぶりについては、多くの興味深いオーラル・ヒストリーを採集することができた。現在、政府が進めている代替開発プロジェクトは、個人ではなく農村全体のコカ駆除を条件としているため、これに参加するか否かに関して農村のコンセンサスを形成する必要があった。非合法武装組織の圧力により参加を断念した村や、コカ栽培を行っている人々を説得して農村内すべてのコカを駆除できた村など、代替開発の参加プロセスはきわめて多様である。また、政府側も組合を通じた代替作物生産プロジェクトへの参加を想定していたものの、農村の実情にあわせて世帯単位で自らが実施できる生産向上プロジェクトを導入するなど、多様かつ柔軟な対応策をとっている。このプロセスに関するオーラル・ヒストリーからは、農民側と政府側のそれぞれが数多くの問題や困難を抱えながらも、双方が対話や交渉を経て共通のプロジェクトを作り上げていく様子が語られている。これは開発の主体性や開発における相互作用を考える上で非常に興味深いものである。

違法作物の代替開発は、表面的には違法な経済活動を合法的な経済活動に置き換えていくものであるが、見方を変えれば農民と政府の新たな関係の構築プロセスと捉えることもできる。この新たな関係は農民と政府の間の交渉によって構築されるものであるため、交渉のあり方によってこの関係はきわめて多様なものとなっている。今後は本調査結果に基づき、農民と国家の関係性のダイナミズムについてさらに研究を深めていくつもりである。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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