2.アンケート作成
両校で配布するアンケートの作成は、まず、日本で指導教員と仮の質問内容の考案と翻訳を行った。回答者を分類するため、最初に年齢、性別に加えて居住区の記述を求め、その後学校に関する具体的な質問へ移ることにした。構成を基本事項、学校についての質問、参加型学校運営についての質問の3つに分け、約20個の質問を設けた。また、第1問の前に研究と調査についての説明と回答者への謝辞を記載した。
ブラジルに到着後すぐに、サンパウロ州立大学博士のエリカ・A・S・トング氏
1にアンケートを見せ、質問内容の検討と推敲を行った。トング氏からは主に、研究についての説明が分かりにくいことと、質問と回答の選択肢を分かり易くすることを指摘された。加えて、言葉の選び方や匿名を守るという宣言の書き方を指導された。この相談を行ったことで、問題や不明瞭な部分を排除したポルトガル語でのアンケートが完成し、質問の数は0個で確定した。トング氏との面会後に宿泊先でアンケートを修正し、再度確認をしてもらった。
次に、調査先であるサンパウロ州立初等教育学校のReducino校の教師たちにアンケートを見せ、意見をもらった。ここでは、言葉の表現や選択肢について8つの指摘をされた。特に、保護者の理解能力を想定して質問と選択肢を考えるよう促され、トング氏と作成したものに修正を加えた。また、教師が良い質問だと思うものをあげてもらい、アンケートに対する期待を得ることができた。
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同氏は上智大学に2008年度、特別研究員として在籍した。在日日系ブラジル人の教育を研究している。
3.公立初等教育学校における調査
公立初等教育学校における調査では、サンパウロ州サンパウロ市内にある州立初等教育学校2校を訪問した。各校とも既にサンパウロ市の学校指導員
2の紹介により訪問したことのある学校であり、それぞれの学校長とは既に面識があった。加えて、前回の調査後にこの2校の間で教師の異動があり、より調査をし易い環境が整った。
(1)Escola Estadual Reducino de Oliveira Lara
1校目は中間層が多く住むジャバクアラ地区にあるReducino de Oliveira Lara校である。この学校は、教育省による学校評価(Indice de Desenvolvimento da Educacao Basica: IDEB)でここ数年市内平均を上回る評価を獲得している。1年生〜5年生
3 を教え、授業は午前と午後の入れ替わりの二部制で行われる。校内は清潔さが保たれ、目立つ机の乱れや傷等は見当たらなかった。食堂も清潔で、献立からは学校での昼食では栄養を十分に摂れることが窺えた。給食を試食させてもらうことができたが、サラダとハンバーグパスタ、清涼飲料水と、大人でも昼食としては問題のない内容であった。
教員が会議や作業を行う部屋も、清潔で整理整頓されていた。パソコンが3台用意され、大きな机と椅子が設置されていた。コーディネーターが常駐する場所であり、黒板には教員に対してアドバイスが書かれていた。教員は自由に出入りでき、時に児童と相談をすることもある。
Reducino校では、午後1時半から30分程度行われる、午前中勤務の教員による会議を見学した。この会議は、複数の学年合同で行われるものであった。進行はコーディネーターが行い、1つの授業テーマに対して意見交換を行った。見学した会議では、1つの読本を取り上げ、それを通してどのようなことを教えられるかが話し合われた。次に学年ごとのグループに分かれ、クラスの状況を中心に情報の交換が行われた。観察が必要な児童の状況や授業の進み具合が話されていた。
Reducino校でのアンケートは、保護者向けのものを90部、教師向けのものを29部印刷した。調査期間内に回収する予定であったが、保護者を集めるのが容易ではないことと、回答が期待できる保護者を選別する必要があることを理由に、コーディネーターから配布と回収を学校に任せることを勧められた。そのため、アンケートを学校に預け、帰途についた。回収されたアンケートは5月に日本へ発送される予定である。
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スーパーバイザー(Supervisor)と呼ばれ、定期的に自身が担当する学校を訪問する。学校長への聞き取りと観察を中心として、学校へのアドバイスや指導を行う。
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2010年度(前年の調査後)から、ブラジルの初等教育年数が8年から9年に変更されたため、初等教育前半を教えるReducino校は、5年生までの児童を抱えることになった。2校目のMiguel Arraesも同様である。
(2)Escola Estadual Miguel Arraes
もう1校は、パライゾポリス地区にあるMiguel Arraes校である。同地区は有名な貧困地区で、学校はその入口付近に位置する。2006年にサンパウロ市を緊急事態に陥れた犯罪組織PCC(首都第一コマンド)がアジトを擁した場所であるが、現在は比較的平穏な空気が流れている。2年ぶりにMiguel Arraes校を訪れたが、歩道の廃棄物が減り、地区内の車の質が向上していることから、住民の生活水準は改善していることは明白であった。調査中に近年創設されたコミュニティ新聞から取材を受ける機会もあり、地区内の変化は著しかった。
学校も廊下に絨毯が敷かれるなど、貧困地区の学校とは考えられない内観に変わっていた。Reducino校と同様に清潔さが保たれ、教室内は整頓されていた。運動場も、コンクリートではあったが、広いスペースが確保されていた。1クラス35人前後で調整され、教室は飽和状態ではなかった。
Miguel Arraes校では、校長へのインタビューを行った。この中で校長は、保護者に対する懸念を説明した。まず、パライゾポリス地区の住民は政府や支援団体の援助に慣れてしまっているという。ブラジルでは、ボルサ・ファミリアなど貧困層に対する支援が充実していることに加えて、貧困層を支援するNGOなどの団体の数も多い。そうした中では、住民は支援を期待するようになり、学校にも同様の態度で接する。制服は1人1着支給されるが、それ以上の要求をし、文房具まで支給するよう迫ることも稀ではない。その考えが、学校が何でもしてくれるという過剰な期待へと変わり、学校運営や話し合いに参加しようとはしないと、校長は話した。
また、校長は保護者の教養の低さも問題視する。例えば、同校に赴任した当初、児童の出迎えに来る保護者たちが全く整列しなかったという。それどころか、門を開けた途端に雪崩のように入って来た。それを解決するため、メガホンを使って大声で呼びかける、生徒を整列させて待たせる、入口と出口を分けるということをしてようやく円滑に児童を送り出すことができるようになったという。また、保護者同士の喧嘩も珍しくなく、校長は児童に与える影響を懸念する。
一方、同校の児童は落ち着いており、授業の進行を妨げる、騒ぐなどの行為は一切見られたなかった。時折、私語や鉛筆いじりなどをする児童がいるが、すぐに教師が注意する。また、障害を持つ児童の失敗をからかう児童に対しては厳しい口調で指導する。一方で、障害を持つ児童に対しても、列を乱したときなどに注意を与える。これは、現在ブラジルで取り組まれている障害を持つ児童の普通学級への統合を鑑みたものである。こうした状況は、同校の児童が保護者と比較して、品行のある行動を取ることを示している。
Miguel Arraes校でのアンケートも、学校に委託することになった。同校はReducino校以上に配布の際に注意が必要で、字の読める保護者を選定する必要がある。また、危険の多い場所で出入りが容易ではないことから、コピーと配布、回収を任せるよう勧められた。100前後のアンケートを配布してほしいとだけ頼み、文書ファイルを預けた。
4.資料収集
学校での調査に加え、サンパウロ市の教育資料センター(Centro de Referencia de Educacao Mario Covas: CRE)と書店で、資料収集を行った。CREは、サンパウロ市教育局が管理する資料センターである。教育に関する文献や、報告書、パンフレットなどが保管されている。身分証さえあれば誰でも利用できる公共の施設であるが、主に学校関係者と研究者が出入りする。
ここでは、データベースで検索した後、リストアップした資料をすべて閲覧した。その中から、参加型学校運営に関する事例研究の資料と少年少女への参加意識調査の報告書、1990年代の参加に関する書籍、軍政時の全国識字運動(MOBRAL)で発行された参加に関するパンフレットの写真を撮った。CREにはコピー機が無く、この方法でしか記録を残せなかった。それぞれ、これまでの学校における参加についての重要な資料となり得るものである。
また、CREでは展示も行っており、調査期間中はサンパウロ市で最初に建設された公立学校の歴史がテーマであった。今は存在しない学校だが、当時の写真や教科書、机、体罰ようの道具など、昔の教育に関する資料が展示されていた。資料からは、当時の学校にあったエリート意識や、肌の色による差別などを知ることができた。
書店では、4冊の書籍を購入した。1冊目
4 は、リオデジャネイロの貧困地区をフィールドとし、貧困層における教育の普及を分析した論文を本にしたものである。教育における不平等の形成を1970年代から1990年代までの歴史的文脈で説明し、2005年の状況を説明している。2冊目
5 は、1930年から1973年に焦点を当て、ブラジルの教育を分析した本である。軍政期に比較的多くのページを割いているもので、ブラジルの教育を理解する上で重要な資料となり得る。他に、学校の中での民主主義をテーマとした初版1983年の教育哲学の本
6 と、学校における参加型運営の必要性を説明した本
7を購入した。
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Peregrimo, Monica, Trajetoria desiguais: Um estudo sobre os processo de escolarizacao publica de jovens pobres (Rio de Janeiro, Garamond, 2010)
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Romanelli, Otaiza de Oliveira, Historia da Educacao no Brasil 36.ed. (Petropolis, Vozes, 2010)
- Dermeval, Saviani, Escola e democracia: teorias da educacao, curvatura da vara, onze teses sobre a educacao politica 41. ed. revista (Campinas, Autores Associados, 2009)
- Luck, Heloisa, A gestao participativa na escola 8. ed. (Petropolis, Vozes, 2010)
5.調査結果の分析
本調査は、アンケートが到着するまで最終的な分析はできないが、ここまで記した内容から分析を行う。まず、Reducino校での調査からは、教師の学校運営への参加は一定以上行なわれていることがわかる。授業計画は各教師が作成し、話し合いの場が設けられている。けられている。話し合いでは、コーディネーターと教師が緩やかな縦の関係で結ばれ、全員が意見を表明できる環境が整えられている。そうした中では、教育における異なる考え方が共有され、学校内で特定の方針を教員が協力して形成していることが窺える。各自の教育法は尊重されるが、学校内の教育の形成に意見を提供することも求められる。Reducino校の教師たちは、教育計画の範囲においては学校運営に参加している状態にある。Miguel Arraes校でも、会議を見学することは叶わなかったものの、校長、副校長と教師たちの会話を約15分観察することができた。校長に対して教師たちが特別に敬意を払った対応をすることはなく、ここでも双方の関係は緩やかな縦の繋がりであった。
Miguel Arraes校での調査では、Reducino校とは異なる状況が明らかとなった。インタビューを通して、校長の保護者に対する理解には、否定的な部分が目立った。学校に協力しない保護者や、地区の住民の持つ支援を受けて当たり前という考えの存在は、校長にとって懸念材料となっている。こうした同校の特徴が、学校運営において障害となっていることは明白である。また、それは、貧困地区の学校において保護者の参加が期待できないことも示している。Miguel Arraes校では、Reducino校よりも参加者間の参加型運営に対する理解の不一致や、意見の衝突が存在する可能性が高く、アンケートの結果もそれを反映したものが期待できる。
6.おわりに
アンケートを置いて来ることになったのは、最大の不手際であった。既に回収できていれば、本報告もより深いものとなっていただろう。各学校のことは十分に信頼しているが、無事郵便物が届くのかという懸念も残る。ただ、実状を知る学校の教師たちが回収率の高い配布方法を選択してくれることは、質の良いアンケートが返って来ることを期待させる。特に、保護者の識字の問題は教師でなければ判別できず、学校の協力により、無効なアンケートの回収を避けることができる。計200部前後のアンケートが到着した際に、ブラジルにおける参加型学校運営に対する参加者間の理解の相違が明らかとなることを期待したい。
また、それに引き続き、次の課題を見つけることも欠かせない。アンケートの結果次第で課題が具体化されるが、これまでの内容からも基本的な課題を導き出すことができる。
本調査は、保護者と教師の間の相違が参加型学校運営の障害となり得るかを明らかにするだけで、学校全体でどのような議論が行われているかという部分には触れていない。学校関係者が一体となって行う参加型学校運営を具体的に説明するためには、保護者と教師だけでなく、学校とその周辺を把握する必要がある。次回の調査では、生徒、職員、地域住民を取り込み、1ヶ月から2ヶ月のより長い期間で調査を行うことを構想している。