大学院生へのフィールド調査サポート
- 調査地
- フランス
- 調査時期
- 2011年3月
- 調査者
- 博士前期課程
- 調査課題
- アルジェリアとフランスの歴史教科書分析による、植民地史観・独立戦争観に関する比較研究|大学院生へのフィールド調査サポート
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調査の目的と概要
本調査の目的は主として、フランスとその植民地であったアルジェリアの歴史教科書を比較分析することを通し、植民地支配の影響が、政治などの他、アイデンティティにも残存し、それが再生産されていることを明らかにすることである。
そのために、今回はフランスにおいて主に史料調査を行った。調査の概要は以下に示す通りである。
- 現在のフランスの植民地認識の一端をケ・ブランリ美術館(旧植民地博物館)の展示を通して調査する。
フランスの植民地は、教科書内においてフランス史の周縁部に位置付けられ、歴史の記憶という観点からは「忘却」の傾向にあるといえる。それをふまえケ・ブランリという場では、旧植民地博物館時代フランスの権威を示すのに使用された所蔵品がどのように展示されているのかを検討した。
- フランスがアルジェリアの人々のアイデンティティをどのように改変しようとしたのかを、植民地期に関する文献資料を多く保存している、フランスの国立文書館にて文献の調査を行った。
調査の対象としては、アイデンティティ改変に深く影響していると考えられる教育に関する史料を中心とした。
以下では、エクス・アン・プロヴァンスにおける史料調査と、パリ、ケ・ブランリについて報告する。
調査成果
<L’Archives nationales d’Outre-mer>(ANOM)
( Centre d’Archive d’outre-mer) CAOM
フランス海外公文書館で、フランス南部エクス・アン・プロヴァンス市にある。シリア・レバノン・モロッコ・チュニジア以外のフランス旧植民地に関する史料を収めている。そのほか植民地史関連の二次文献、博士論文などの膨大な研究書、定期刊行物を所蔵している。また植民地独立以前のみならず、その後の植民地史関連の研究文献も集積されている。
ここで収集した史料は以下の通りである。
― M. Capdecomme, Education nationale en Algerie, Alger, 1960
―P. Mensard, L’Ecole francaise s’adapte aux masses musulmanes en Algerie, Les Etudes, 1948
―A-N. Rambaud, L’Enseignement primaire chez les indigenes musulmans d’Algerie et notamment dans la Grande-Kabylie, Paris, 1892
―A. Ajgou, L’enseignement primaire indigene en Algerie de 1892 a 1949. Essai d’une histoire educative et culturelle, Aix-en-Province, 1990
―A.Khellout, Histoire de l’enseignement en Algerie coloniale de 1830 a 1962, Constantine, 1979
・上記の五つは、植民地期アルジェリアの教育に関する文献である。植民地期のアルジェリアにおける教育政策、教育制度の概要が主になっている。またアルジェリアの中で最もフランスへの同化の度合いが強い、かつフランスが熱心に教育を行ったカビリ地方の教育状況の論文もあり、興味深い。
これらの論文には、生徒数、学校数の推移のほか授業内容についても言及しており、今回は時間の制約上、入手はできなかったが、有用な一次史料、研究文献をたどることができた。
―Comment on enseigne l’histoire en Algerie? , Oran, 1922
・1992年、アルジェリア、オラン県で開催されたシンポジウムの資料。シンポジウムの発表を起草したものである。フランス語の論文三本、アラビア語の論文六本から成っている。発表者は、コロックの開催時点で現職の歴史視学官、大学研究者である。またモロッコやチュニジアとも歴史教育の比較がされている。シンポジウムの主旨は、歴史研究と、教育現場で扱われる歴史のずれを問題と指摘し、その上でどのように歴史教育があるべきかを討論するというもので、アルジェリアの歴史教科書および歴史教育に対する姿勢を確認することができた。
―GGA(Le Gouvernement General de l’Algerie)
Affaires Indigenes
ALG106
14H41
‐Comite franco-musulman de l’Afrique du Nord(1937-1940)
‐Enseignement des Indigenes(1936-1941)
‐Etudiants musulmans algeriens a l’exterieur 1928-1940
‐Commission de l’Enseignement des indigenes(1908)
・アルジェリア植民地政府発行の原住民教育に関する史料である。特にCommission de l’Enseignement des indigenesは、アルジェリアでの教育政策をめぐる議会の議事録であり、当時のフランスの考えを直に反映したものであるといえる。さらにこの議事録には、アルジェリア小学校のカリキュラム案も掲載されており、どの科目にどれだけの時間数が費やされていたのかを確認できた。
―Documents concernant Eugene Scheer et l’enseignement des Indigenes en Algerie
・アルジェリアに赴任したEugene Scheerという教師の回想録、写真、また同時代のアルジェリアの教育について書かれた新聞記事、関連論文をまとめた一連の資料集となっている。
<エクス・アン・プロヴァンス市の古本市、およびパリ市のL’Harmattan>
エクス・アン・プロヴァンス市で日曜日に開かれていた古本市で、売られていたものは主に中世キリスト教、キリスト教美術にかかわる古書であった。しかしここ北アフリカに関する書籍も並べられており、古代史から植民地支配以前までの北アフリカ史を通史的に叙述している文献を入手することができた。教科書でアルジェリアの歴史的軸を分析する上で、古代史は重要であるのだが、植民地支配以前の北アフリカ史は、数がすくないためここで入手することができたのは幸いであった。
またパリでは、L’Harmattanという書店のMediteranne Moyen-Orient(地中海・中東専門書店)を訪れ、下記の文献を入手した。
―C-A. Julien, L’Histoire de l’Afrique du Nord I, II, Paris, 1979,1980
―Camille PISLER, La politique culturelle de la France en Agerie : Les objectifs et les limites (1839-1962), L’Harmattan, 2004
―La France et l’Algerie ; leccon de l’histoire, Lyon, 2007
<Le musee de Quai Branly(ケ・ブランリ美術館)>
エッフェル塔横に2006年に開館した美術館である。この美術館の経歴は、植民地博物館に始まる。アルジェリアの独立後はオセアニア・アフリカ美術館と改名し、当時の大統領ジャック・シラクのもとで開設がすすめられた美術館である。
したがって、この美術館の所蔵品は主として植民地より収集してきた美術品から構成されている。所蔵品数は約35000点。展示されているのはその1割、3500点ほどであるが、他にルーヴル美術館のアフリカ・オセアニア展示室に所蔵品の貸出をしている。
ケ・ブランリ美術館の展示は4つの地域別に分かれている。アフリカ・アジア・オセアニア・北米である。
オセアニア、北米、アジア、サハラ以南のアフリカに関しては、原住民の儀式用の仮面、石像、生活道具が主な展示品であった。
アルジェリア、モロッコ、チュニジアはマグレブとしてまとめられている。マグレブのコーナーは遊牧民の羊毛織の衣裳・装身具の展示がされていた。またこれに付随してイスラームの展示があり、展示品はクルアーン、科学器具である。
ケ・ブランリの目的が、美術上の「平等」にあるととらえることもできるが、それは一方でフランス「外」の美術として展示、表象されている事柄であると思われた。報告者の対象地域北アフリカの展示に絞って言及すれば、その「異文化」にイスラームは付随しており、フランスに内包しているはずのイスラームは、やはり「外」の文化であるのではないか、いう印象を受けた。
さらに展示品の説明からは植民地色は一掃され、美術品の植民地に端を発した経歴については植民地の記憶という点に観点からみれば、薄れているといえる。美術上の「対等」か、植民地というコレクションの背景を無視した「忘却」であるのか、西洋文化と非西洋文化の区別の再確認であるのかについては評価が分かれるところであろう。
入手した資料すべての詳細な分析が終了しているわけではないが、アルジェリア植民地期に行われた教育政策を通して、その同化政策と植民地期のアルジェリアにおけるアイデンティティの改変についての有用な史料が得られた。
シンポジウムの資料などからは、歴史教育の問題点、歴史の語りの問題点をアルジェリア人がどのように考えているのかという情報を入手できた。同時にフランス側の郷愁とも呼べる植民地に対する歴史認識があることを踏まえ、批判的に植民地史を再考することをフランス人が指摘している文献も入手でき、両国のそれぞれの教育における植民地問題の比較を行うことがきた。
また日本―韓国以外にも、旧宗主国―植民地の関係において、歴史教育への対話がなされているという、その取り組み自体の存在の情報を得られた。同時にこれらの史料を通し、今回はかなわなかった学校現場への参与観察のかわりに、実際の授業の情報を論文という形ではあるが入手できたことは有意義であった。
今後は、調査した文献史料をもとに、植民地との断絶と通時性をポイントとしたアルジェリアの歴史的基軸、植民地意識の再生産という面でフランス・アルジェリア史の教科書の歴史の語りがどのように関わっているのかについての分析を行っていこうと考えている。
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