私は現在、ペルーの農村地域における協同組合と地域開発の関係について、アルトパロマルコーヒー豆協同組合の事例を基に研究を行っている。具体的には、同協同組合がいかに機能しており、それが農村地域(フニン県チャンチャマヨ郡サンルイス・デ・シュアロ村)そして農村地域の住民にどのように貢献しているのかということについて分析している。アルトパロマルコーヒー豆協同組合(以下、AP組合)は、2001年に設立され、持続可能な協同組合運営を最大の目標に掲げている協同組合である。
これまで、2回のフィールドワークにおいて、コーヒー豆農園、加工工場の見学、そしてAP組合の代表者に対し、インタビュー調査を行った。その結果、AP組合の取り組み、メカニズム、抱えている課題とその解決法、そしてAP組合がいかに組合員に有用なものとなっているかという点を明らかにすることができた。
今回は、その情報を基に、AP組合に所属している組合員に対し、質問票および面接による聞き取り調査を行った。本調査により、AP組合所属後に生活が具体的にどのように改善されたのか、またコーヒー豆生産・販売にどのような改善点が見られたのか、そして同組合に所属する前と後とでは、どれくらい所得の変化があったのかを明らかにすることが最大の目的である。加えて、AP組合代表者に対し、現在AP組合が取り組んでいるコーヒー豆の生産性向上3か年プロジェクトの実施、進捗状況および今後の取り組みについても聞き取り調査を行った。
1.組合員に対する調査
AP組合は2001年に設立された。その背景には、同組合設立前に依存していた個人仲介業者の存在が大きかったことが挙げられる。すなわち、協同組合が設立される前は、組合員は個別にコーヒー豆を栽培し、販売していた。その結果、コーヒー豆の生産量が少量である上に、社会的立場の低い農民は、コーヒー豆を購入してくれる仲介業者のいいなりになっていた。よって、仲介業者の提示する価格でコーヒー豆を販売せざるを得なく、どれほど買い叩かれても、その不利な立場を我慢するほか術はなかった。このようなコーヒー豆の流通形態は、歴史的に引き継がれており、現在でもどの協同組合にも所属していない農民は同経路によってコーヒー豆を販売している。これに加え、同地域では伝統的かつ手工業的にコーヒー豆が栽培されており、栽培技術の乏しさゆえに、低い生産性、低い収益率しか獲得していなかった。
この状況を踏まえ、同地域住民である49名によってAP組合が設立された。その後、組合員の数は増減を繰り返し、現在は92名の組合員によって構成されている。本調査では、そのうちの27名の組合員に対し、質問票および面接による聞き取り調査を行った。その結果、以下の点が明らかとなった。
まず、AP組合所属後、コーヒー豆の栽培技術の指導によって、生産性の向上に成功することができたという点である。同組合が、組合員に対し提供しているサービスは、組合員に対する教育を始め、定期的なコーヒー豆栽培の個別な技術指導、金融サービスの提供、幼児教育の設備投資などが挙げられる。なかでも、栽培技術指導は組合員にとって最大の支援である。継続的に月1回の技術指導を受けた結果、コーヒー豆の生産量は確実に増加したと組合員は口をそろえて答えた。生産の増加量は組合員によって差はあるが、ほとんどの組合員は数十倍増加したと回答している。さらに、2004年に建てられたコーヒー豆加工工場によって、コーヒー豆の加工工程は一括してここで行われるようになり、作業の効率化に成功した。さらに、コーヒー豆の均質も維持でき、より高品質なコーヒー豆を顧客に販売することができるようになった。加えて、これまで自分たちで運搬しなければならなかった、収穫後のコーヒー豆も今では、協同組合のサービスの一環として、運搬車が農園まで来てくれて、加工工場までコーヒー豆を運搬してくれ。そのため、大部分の農民の労働負担を軽減しており、その結果、農民は集中してコーヒー豆の栽培だけに特化できるのである。
次に、コーヒー豆の販売価格の上昇も組合員にとっては大きなメリットの1つでもある。個人単位で仲介人に販売していたときは、弱い立場に立たされており、仲介業者が大きな交渉力をもっていた。しかし、協同組合として団結し、コーヒー豆を販売すると、コーヒー豆の単価が高くなるだけではなく、団体としての交渉力も発揮できるようになった。その結果、コーヒー豆の市場において、対等な立場で交渉ができるようになった。さらに、協同組合を介してコーヒー豆を販売する際は、仲介業者を介さないために、直接顧客にコーヒー豆を販売できるようになった。そのため、仲介業者に支払う手数料などが省略でき、その分の収入が直接協同組合や組合員の手にわたることにより、組合員の所得が向上するのである。さらに、協同組合の運営や設備投資に資金が活用されることにより、協同組合のより円滑な運営が実現されている。
協同組合に所属するメリットはそれだけではない。それ以外にも、組合員がコーヒー豆栽培に従事している間、彼らの子供たちを安心して預けられる託児所を提供している。そのため、子供たちが一人で家にいて事故などに巻き込まれる心配や幼児労働も阻止することができるのである。
さらに、若者育成の一環として、2年間都市部において農業技術の勉強を行うプログラムの機会を提供している。若者は組合全体から2名選抜され、2年間都市部において農業技術の専門学校に通う。その滞在中にかかるすべての費用は協同組合の奨学金制度によってまかなわれる。そのプログラムを修了した後、自分たちが身に着けた知識を協同組合へ還元する目的で、最初の3年間は協同組合で農業技術者として従事することが決まりとなっている。しかし、進路はそれぞれの自由で決められる。このプログラムは、若者が将来的に農村へ戻れるようなシステムになっている。この地域では、村に帰省した若者のほとんどがそのまま代々続くコーヒー農園を守るために、後継人となるケースがほとんどである。そのため、このプロジェクトによって若者の都市部への流出、後継者がいないなど、農村部における典型的な問題が解消できると考えられる。
最後に、これらのサービスに加え、提供されているサービスの中でも特筆すべきものは、定期的に開催される講演会や勉強会、首都リマへの出張などである。この講演会では、他地域からの講師を招き、コーヒー栽培に関する幅広い知識や多種の野菜の栽培方法に関する情報の提供、環境問題、そして女性の権利などに関する講演を定期的に行っている。これらの機会を通して、組合員は教養が高まり、チームワークの大切さの認識、視野の拡大などプラスの効果が得られている。
このように、AP組合は多面的に協同組合員の生活をサポートする役割を担っており、同組合に所属する組合員の生活水準は多面的に向上していると考えられる。また、インタビューをとおして、同組合に所属する前と後とでは生活スタイルや考え方などにも変化があらわれ、より豊かな生活が送れるようになったと大多数の組合員が考えている。
2.組合代表者に対する調査
AP組合代表者に対しては、現在AP組合が取り組んでいるコーヒー豆の生産性向上3か年プロジェクトの実施・進捗状況および今後の取り組みについても聞き取り調査を行った。プロジェクトの内容は、以下のとおりである。現在、同組合には約100名の組合員が所属している。それぞれの所有するコーヒー栽培面積は組合員につき平均5ヘクタールである。1へタールで生産されるコーヒーの量は年間約14 キンタルである。同プロジェクトでは、これを35〜40キンタルくらいまでに増産するものである。要するに、現在の生産量の2倍の増産を目標としている。これを達成するためには、綿密な栽培技術の指導は不可欠であると考えられている。組合員へのアンケートによれば、技術指導を受ける前と、受けて10年経った現在のコーヒー栽培量は2倍〜10倍に増えている。AP組合の代表者は、同組合が今後も国外市場ならびに国内市場に対して継続的に高質なコーヒー豆を出荷し続けるためには、コンスタントな技術指導は不可欠だと考えている。継続的で安定的なコーヒー豆の出荷は顧客の信頼感に繋がり、延いては顧客増、そして市場拡大につながる。その利益は組合員そして協同組合の運営や設備投資に活用できるため、好循環が生まれると考えられる。その結果、組合員一人ひとりの生活が向上し、協同組合全体としても持続可能な組合へと成長していくのである。このように、持続可能な協同組合の構築には、この3か年プロジェクトの遂行は必要不可欠なものなのである。同プロジェクトを開始してから、現在1年半が経過しているが、経過は順調であり、今後の進捗状況も期待できそうである。
これまでの調査では、主にAP組合代表者への聞き取り調査、現地での資料の収集にとどまった。しかし、今回の調査では組合員一人ずつに対し、質問票および面接による聞き取り調査を行った。その結果、AP組合の存続の意義、重要性や農民に対する貢献や役割、地域社会における位置づけなど多面的に情報を得ることができた。調査を通して、同組合に対する理解がより深まったばかりでなく、より立体的にAP組合のことを理解できたと考える。
今後の課題は以下の2点である。まずは、質問票の結果の集計と分析である。そして、もう1つは今回の結果を踏まえ、AP組合の組合員への貢献が経済的側面にとどまらないという点に関して、どこまでの範疇で生活向上に貢献しているのかという点に焦点を当てて再分析することである。
■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)
■ 2010年度調査第2回
■ 2010年度調査第1回
■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)
■ 2009年度調査第2回
■ 2009年度調査第1回
■ 2008年度調査