上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
フィリピン
調査時期
2010年2月
調査者
博士前期課程
調査課題
フィリピン・マニラにおける、イスラーム教育の実践に関する調査
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調査の目的と概要

現在フィリピンでは、イスラーム教育機関であるマドラサと公教育を統合し、「フィリピン人ムスリム」という意識の形成と、ムスリムが持つ独自文化の維持を目的とした教育統合政策が実施されている。2004年に教育省令第51号が交付され、公立学校の施設を利用した公立マドラサ、および、一般科目を取り入れた私立マドラサが開校された。この省令は、マドラサの独自性を尊重しながら、公教育機関の一部としてマドラサを編入した点で革新的なものであった。

調査を行うマニラ首都圏ケソン市クリアット小学校の土曜マドラサは、省令に基づいて2005年に開校した、モデル校的存在である。今回の調査では、(1)クリアット小学校の土曜マドラサ(公立マドラサ)に関する調査を進め、イスラーム価値教育に関する教授方法および内容、児童の授業態度、に関する聞き取りおよび参与観察、(2)平日のクリアット小学校での授業、特にマカバヤン(フィリピン愛国教育)の教授内容に焦点を当てた聞き取りおよび参与観察、(3)一般科目を取り入れた私立マドラサの教授内容、科目に関する聞き取りおよび参与観察を行い、クリアット小学校の土曜マドラサにおけるイスラーム教育の特徴を明らかにすることを目的とする。また、教育省、フィリピン大学図書館等、専門書店での資料収集も行い、資料、文献の充実に努める。

調査成果

(1)クリアット小学校土曜マドラサ(公立マドラサ)
 土曜マドラサは、平日のクリアット小学校に通うムスリム児童を対象に開かれる公立学校の課外授業という位置づけにあり、同小学校に通うムスリム児童が全員参加している(その他の宗教の児童はいない)。マドラサ内では、学年(Grade)に相当する、Levelごとに授業が行われており、これはこのマドラサに通った年数に対応している。授業は、アラビア語とイスラーム価値教育の2科目で、教科書は政府指定の教科書で授業を行っている。教師は、全員ムスリムであるが、一定の基準を満たし、かつ政府主催の講習会に参加し、試験に合格した者だけが公立マドラサで教師として働くことができる。
土曜マドラサにおいて児童たちは、男女とも長袖、長ズボン(スカート)に帽子やベールといった「ムスリムらしい」格好が主流である。

(2)イスラーム価値教育の授業(Level 3を中心に)と教師の姿勢
イスラーム価値教育では、イスラーム教徒としての自意識の形成や独自文化への理解を高めることを目的として行われている。今回の調査では、Level 3のあるクラスを中心に全4回の参与観察をおこなった。その時の授業内容は、お祈り、沐浴の方法、お祈り時の禁止行為についてであった。どの授業でも、まず教師が説明し、次に生徒に実践させるという方法で授業が展開していた。また、授業の最初と最後には必ず前回とその日の復習テストを行い、きちんと理解しているか確認しながら授業が行われていた。このクラスでは、授業への出席率、態度ともに良好である印象を受けたが、ほかのクラスを見学すると異なる状況が見えてきた。他のクラスの中には、教科書を使わず、アラビア語の歌やハディースに特化した授業が中心のクラスもあり、同じLevelでも平等な知識が身についているとは言い難い現状があった。また、午後になると出席率も低迷することが多く、また、教室への出入りが激しくなるなどなかなか落ち着いて授業ができないクラスもあり、教授内容や質に関してはクラスによりムラがある印象を受けた。
また、イスラーム価値教育の必要性について、教師は、児童の親は仕事が忙しく、きちんとイスラーム教の習慣や文化について教えることができない、またはそもそも親自身も知識が不足しているという現状があるため、自分たちが土曜マドラサで正しいイスラームの知識を教えるのだ、という強い使命感をもって授業を行っていた。

(3)平日のクリアット小学校とマカバヤン
平日のクリアット小学校は、公立小学校であるため、その地域に住む児童が登校してきている。通学年数や授業科目は日本のものとほぼ変わらないが、英語、マカバヤン(フィリピン愛国教育)科目がある点で異なっている。また、教授言語は授業によって英語かフィリピン語で行われる。
マカバヤンの授業は、Sibika(生活科)、EPP(技術家庭科)、MSEP(音楽、図工、体育)、HEKASI(地歴)で構成されており、基本的にフィリピン独自の文化、生活様式、民族、歴史等を教える授業であり、それを通して、フィリピン人という意識の確立を目指している。

 Sibikaは1〜3年生を、HEKASIは4〜6年生を対象とした授業であり、基本的な内容等に大きな違いはない。その中では、教師がフィリピン国内の多民族性、多言語性、多宗教性について写真や絵を用いながら説明を加える。また、国旗掲揚、国歌の内容、国の英雄等に関する内容も教

授されている。

(4)ムスリム児童
平日のクリアット小学校にも当然、土曜マドラサに参加しているムスリム児童が在籍している。ムスリム児童は、全体の10%程度であり、どのクラスにも7,8人程度在籍する。彼らの授業での様子や休み時間の様子を見ていると、クリスチャン、ムスリム等の宗教に関わらず交友関係を築いていることがわかった。教師や児童自身にそのことに関して聞いてみると、「私たちは同じフィリピン人で、宗教は関係ない。」という返事が返ってきたことが印象的であった。
平日の小学校では、ムスリム児童もほかの児童と同様に制服姿であり、帽子やベールといったものも付けてはいなかったので、一見するとだれがどの宗教なのか分からない状態であった。しかし、ラマダンなどの時期になるとベールをかぶってくる生徒が少し増えるということだ。

(5)カテキズム
今回の調査で、クリアット小学校にはオプションとしてカテキズムの授業が週に1回開講されていることがわかった。カテキズムは、シスターによって授業が行われる。シスターの話では、ムスリム児童もほかのクリスチャンの児童と同じように積極的に参加するという話であったが、実際授業を見学してみると、ムスリム児童の多くはただ聴いているだけで、ほかの授業のように挙手、発言することはなく、中には寝ているムスリム児童もいた。そのことに関して校長は、カテキズムはオプションであるため、参加したくない児童はその間ほかのことを行っていてもいいことになっているということを教えてくれた。また、この授業は土曜マドラサが開校するにあたって、バランスを取るために開校を決めたとのことだ。しかし、選択式で個人の裁量に任される土曜マドラサと、学校側の決定によって全員受けさせられるカテキズムの授業がそれで平等の扱いであり、バランスがとれているのかは疑問である。

(6)私立マドラサ「IQRA(イクラ)」
IQRAは、2004年に開校した私立マドラサで、イスラーム科目と一般科目で授業が構成されている。また、通う児童は全員ムスリムであり、教師は英語の教師1人をのぞき全員ムスリムである。校長は、2004年当時まだ、ムスリムのための学校が少なかったためほかのムスリムと協力してこの学校を立ち上げた。

 授業は平日に毎日行われ、基本的にイスラーム科目は、公立マドラサより細かく授業がわかれて授業が行われており、また教授言語はアラビア語が中心である。そのため、彼らのアラビア語能力は公立マドラサの児童に比べてはるかに高い。また、一般科目はフィリピン語の授業以外全て英語で行われており、公立学校がフィリピン語で行っているマカバヤンの授業も英語で行われる。一般科目は、市販の教科書を使用しているためキリスト教文化に基づいた記述が多くみられる。そのため教師たちは、そういった文章が出てくるたびに児童に対して「私たちの神様は誰?」といった質問をしたり、その記述内容に対比する形でイスラーム文化を紹介する。このような状況に児童たちがいることについて、不信感や疑問を持たないのか教師たちに聞いてみると、「自分の神が誰であるかということをきちんと理解していれば何も問題はない。」という答えが返ってきた。実際の授業を見ていると、児童も特に気にした様子はなく一つの例文としてとらえてい

る印象を受けた。

(7)公立マドラサと私立マドラサの比較
以上のように3つの教育現場を概観してみると、それぞれに特徴があり、大変興味深い。このような状況を踏まえて、私の修士論文の核になるであろうクリアット小学校土曜マドラサ(公立マドラサ)に焦点を当て、その特徴を明らかにしたい。授業科目においては土曜マドラサでは、2科目のみの開講となっている。しかし、内容に大差はないので大きな違いがあるとはいいきれない。しかし、年間のマドラサで行われる授業時間をみると、毎日イスラーム教科を勉強している私立マドラサと週一回の公立マドラサを比較するとその時間数の差は歴然である。そのため、授業中においてのアラビア語の筆記能力、読解能力においては、7歳の私立マドラサの児童の語学力の方が12歳の公立マドラサの児童に勝るという現状があった。
しかし、ネットワークという観点で見てみると、私立マドラサは、個人管理下にあるため、ほかのマドラサ、ムスリムとの交流は、教師同士はあっても児童までのレベルの交流は難しい現状がある。それに対し、公立マドラサはケソン市教育課の管理下にあるため、市内のほかの公立マドラサとの交流が頻繁に行われていた。その最たるものが、年度末のケソン市マドラサ大会であり、市内の公立マドラサ10校が日頃の成果を競い、交流する場として機能していた。

 今回の調査では、3つの教育現場それぞれの特徴、授業の様子に関して知ることができた。その中で最も印象的であったのは、どの現場でもムスリム児童および教師は、ムスリムとしての自意識を持っているとともに「フィリピン人」としての自意識も持っているということだ。そのため、どの現場においてもほかの宗教集団との交流や共生ということをごく自然に行っている印象を受けた。その際、ムスリムたちが決まっていうことは「私たちはフィリピン人。宗教は関係ない。」という言葉だった。 
また、今回は調査を開始前は予想していなかったカテキズムの授業に出会った。これは、土曜マドラサとは異なり、クリアット小学校に通っている児童は必ず受けなくてはいけない授業であるので、そのことに関してムスリム児童および親がどう考えているのか不明である。そのため、次回の夏期休暇を利用し調査を行い、今回の調査をさらに深めるとともに、クリアット小学校に通うムスリム児童、親がカテキズムの授業にどのような印象を持っているのかについて調査を行う予定である。

最後に、本調査は、文部科学省研究拠点形成費等補助金による大学院教育改革支援プログラム「現地拠点活用による協働型地域研究者養成」の協力のもと行った。そのことに大いに感謝し、調査の成果を活かした修士論文が執筆できるよう力をつくしたい。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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