上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
カンボジア
調査時期
2010年8月
調査者
博士前期課程
調査課題
カンボジアにおける芸術教育に関する資料収集および聞き取り調査
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調査の目的と概要

本調査は、1993年に発足した新体制下カンボジアにおける初等芸術教育の政策と内容を明らかにするための@資料収集およびA聞き取りを目的とする。カンボジアは、1970年に勃発した内戦により教育が低迷し、ポル・ポト政権下(1975〜79年)においては、学校教育そのものが廃止された。1979年9月に学校教育は再開されたものの、1980年代のカンボジアは、内戦と国際的孤立という状況下にあり、教育の復興は遅々として進まなかった。その後、1991〜93年の体制移行期を経て、1993年に新政府が発足し、国際社会の財政的・人的援助を得て、学校建設、カリキュラムと教科書の改訂、教員の人材育成など、カンボジアの初等教育は一定の復興を遂げてきた。とはいえ、いまだに多くの問題を抱えており、なかでも知識教育への偏重と情操教育への軽視が伺える。
 公立小学校の授業科目は、国語、算数、理科、社会科、体育(5年次からは英語と地域生活技能プログラムが加わる)であり、図工や音楽といった芸術分野は社会科のなかに含まれているに過ぎない。それではなぜ芸術分野の科目は単独で存在せず、なおかつ優先順位が低いのであろうか。また、その教授内容はどのような意図をもっているのであろうか。調査者の研究テーマはこの問いを扱うことにある。
 よって、本調査では上記の問いを扱うにあたり不可欠な国定教科書(社会科)教員用指導書(社会科)カリキュラムを収集し、内容の分析を行う。また、教育・青少年・スポーツ省(以下、教育省と表記)での聞き取りを通じ、カンボジアの初等芸術教育の変遷と教科書の作成経緯を把握する。本調査は、同国の学校教育研究でこれまで多く論じられている理科や算数といった知識教育に対する政策の分析とは異なり、情操教育である芸術分野の視点から教育政策を分析できると考える。

調査成果

 本調査の目的である資料収集および聞き取り調査の成果について、以下で報告する。
 調査日程は次の通りである。

8月25日:東京→プノンペン
8月26日〜9月5日:王立図書館・公文書館および教育省管轄の書庫での資料収集
9月6日〜9日:シェムリアップの寺院および図書館訪問
9月10日:教育省管轄の書庫での資料収集
9月11日:日本・カンボジア研究会(プノンペン部会)への参加
9月12日:芸術教育支援を行うNGO(Apsara Arts Association)の訪問
9月13日:教育省(ノン・フォーマル教育局)での聞き取り調査
9月14日〜15日:プノンペン→東京

1.資料収集
 今回収集対象とした資料は、教育省が発行する国定社会科教科書(1980年代〜現在)と社会科教員用指導書(1980年代〜現代)、およびカリキュラムである。資料はすべてクメール語の一次資料であり、収集作業はおもに教育省が管轄している書庫にて実施した。この書庫は1980年代から現在に至るまでの教科書(初等・中等教育)およびカリキュラムを所蔵している。しかしながら、所蔵資料についての詳細なデータは存在しないため、正確な所蔵内容は不明である。また、普段は施錠がされ、関係者以外が入ることを禁止しているため、資料保管状態が非常に悪く、整備もされていない。調査者は、2度にわたる同書庫への訪問と教育省要人からの紹介を受け、今回の調査実施に至った。
 資料の収集結果については、国定教科書、教員用指導書を1980年代と現体制(1993〜現在)とに分けて述べた後、教育カリキュラムについて報告する。
 まず、1980年代の国定教科書に関しては、調査計画の段階で社会科教科書を収集する予定であったが、書庫を調査したところ芸術教育の記述を含む「社会科」の教科書はなく、「歴史」や「地理」、「道徳」といった分野別の教科書のみが見受けられた。つまり、ポル・ポト政権崩壊後のヘン・サムリン時代(1979〜91年)においては、現在の社会科のように、芸術、地理、歴史、公民、道徳のすべてが含まれているわけではなく、分野ごとに教授されていたことが想定できる。
 一方、教員用指導書については、1986年に発行された「絵画(1〜4年)」という指導書を入手することができた。カンボジアにおける学校制度は、1979〜86年まで4−3−3制、1987〜96年では初等教育が1年追加された5−3−3制、1996年より6−3−3制となり現在に至ることから、ベトナム統治下(1979〜89年)の初等教育においては、「絵画」という芸術科目が単独で存在していたと考えられる。今後、指導書の内容と政策文書を分析し、事実関係および変遷を明らかにしたい。なお、80年代の教科書、教員用指導書の収集目的としては、現在の教科書の歴史的背景を理解するためにも重要であることから、実施に至った。
 続いて、現体制(1993〜現在)における国定教科書、教員用指導書の収集成果であるが、前者については、1996年から2010年の間に発行された1〜6年生の社会科国定教科書を入手した。社会科は@芸術教育、A国家と道徳教育、B社会教育の3分野から成っており、調査者の研究対象は@についてである。内容を分析したところ、芸術教育は図工、音楽、舞踊に大きく分けられ、その内容は絵を描く、モノをつくるといった技術(実技)を重視したものに加え、伝統楽器を学ぶ、国歌を歌う、国旗を描くといった伝統や国家のイメージを高揚させるような内容も多く見受けられた。つまり、芸術教育という名目であるにもかかわらず、その内容は実技よりも国家的な伝統を重視するような傾向があることが明らかとなった。
 教員用指導書については、国定教科書と同じく1996〜2010年の間に発行された1・4・5・6年生のものを入手した。欠落している2・3年生については、現在改訂中であることに加え、小学校が長期休暇中であるため、入手不可能であった。この2点については、次回の調査で収集にあたる。前述したように、今回収集に至った現体制下の国定教科書および教員用指導書は、すべて1996年から2010年に以降に発行されたものである。よって、それ以前の1993〜96年の間に発行された国定教科書および教員用指導書の収集については、今後の課題としたい。
 カリキュラムに関しては、2006年に発行された『基礎教育における教育指針プログラム』および2005年のカリキュラム改革を受けて始まった科目の指針を記した『Life Skills Education(生活技能教育)の指針』を入手した。上記のカリキュラムは、義務教育課程(初等・中等教育)の目的、授業時間計画に加え、科目別の目的も明記されている。これによると、社会科における芸術教育の目的は、「芸術・美の分野の知識を育てること」とあり、文化や国家の重視を促すような記述は見受けられない。また、教科書の内容と比較しても、上記の目的とは合わない面が多い。今後、学年別の教育目的も精読し、芸術教育に対する国家の見解を明らかにする。

2.聞き取り調査
 今回の聞き取りは@初等教育における芸術教育の変遷、A教科書の作成経緯を把握することを目的とし、教育省のノンフォーマル教育局にて実施した。聞き取りを行ったのは同局の局長と副局長の2名である。調査方法は質問票による聞き取りと自由形式によるものである。
 その結果、@については、初等教育における芸術分野の内容は文化芸術省との協力のもとで考案していることが明らかとなった。また、Aについては、担当者が詳細を把握しておらず、教科書作成を担う教科書セクターがより詳細な情報をもっているとのことであった。よって、本聞き取り調査では当初の目的達成には至らなかったが、その手掛かりとしての情報を得ることができた。次回の調査では、文化芸術省および教育省(教科書局)への訪問を実現し、当初の目的を明らかにする。
 なお、本調査では上記の調査に加え、90年代後半から始まったNGOによるインフォーマルセクターの把握として、芸術教育支援を行っている団体である、AAA(Apsara Art Association)への訪問と参与観察も実施した。AAAは1998年に発足したローカルNGOであり、カンボジアの古典舞踊であるアプサラダンスや古典楽器、劇などを貧困層の子どもたちに無償で教えている。また、孤児院の役割も担っており、両親がいない子どもや生活環境において身の危険にさらされる恐れがある子どもを養っている。調査者は、2008年8月から年に1回、継続的に同団体を訪問しており、今回の訪問を通じて活動の拡大や施設の変化などが見受けられた。とくに施設の変化は著しく、団体のロゴが入った大きな看板が入口に設置されたり、新たな部屋が増築されたりしており、ドナーによる援助の拡大が伺えた。インフォーマルセクターにおける芸術教育の分析は、同国の公教育との対比を知るうえで、今後も継続的に視野に入れていきたい。

3.まとめ
 以上で、本調査の目的である資料収集と聞き取り調査およびインフォーマルセクターへの訪問について報告した。今回の調査を通じて、収集対象であった国定教科書、教員用指導書およびカリキュラムは、ほぼ入手できた。しかし、教科書収集を進めるにあたり、教科書の変遷に関する包括的な先行研究がないため、収集作業が滞っていることも指摘できる。一方、聞き取りについては、前述したとおり、当初の目的達成には至らなかったが、国定教科書が文化芸術省との協力により作成されていることが明らかになったことに加え、次回の調査に繋がる情報を得られた点で有意義であった。
 さいごに、本調査で資料保管場所の把握と次回の調査に向けたネットワークづくりが進んだことは大きな前進であった。今後は、今回収集した資料を精査し、カンボジアにおける初等芸術教育の内容と目的を分析する。これを受けて、次回の調査に向けた準備および課題を明らかにしたい。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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