上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
カンボジア プノン・ペン
調査時期
2009年3月
調査者
博士前期課程
調査課題
アンコール遺跡群スラ・スランおよびバンテアイ・クディ出土中国陶磁器の調査
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調査の目的と概要

本調査は、修士論文「アンコール遺跡出土中国陶磁器の様相−バンテアイ・クディとスラ・スランを中心に−」の研究において分析対象である中国陶磁器の資料収集を目的とする。中国陶磁器は生産国である中国側の調査により、生産窯や生産磁器が細かく判明している。そのため、アンコール遺跡群における発掘調査では検出された各遺構の年代や機能を決定する上で有効な資料となり、中国陶磁器の分析は重要な作業であるといえる。今回の調査では修士論文の対象となる次の2遺跡に焦点を絞り、資料収集を実施する。

  1. スラ・スラン遺跡出土資料:B.P.グロリエによる1960年代の発掘調査出土資料は、現在プノンペン国立博物館に収蔵されている。中国陶磁器を中心に出土遺物が豊富であることは知られているが、現在までに正式な報告書は未刊行であり、博物館による出土品も未整備である。基礎資料づくりを目指し、現地にて観察、写真撮影、および実測調査を行なう。
  2. バンテアイ・クディ遺跡出土資料:上智大学アジア人材養成研究センターによる1991年以降の発掘調査出土資料の収集。2008年夏季休暇中に現地で調査を行い、今回は補足調査となる。シェムリアップにある同センターにて調査を実施する。

本調査における意義は3つある。1つ目は基礎資料となる中国陶磁器について、修士論文の仮構想に基づいた研究により信頼性の高い考察を行うために必要な資料の獲得が見込める点。2つ目は1960年代のスラ・スラン遺跡発掘調査から現在まで、遺物についての正式な報告が未刊行な事から今後の報告書作成の補助的役割を担えるであろう点。3つ目は現在調査中であるバンテアイ・クディ遺跡について考える上で、対面する位置に造られた王の沐浴のための遺跡としてスラ・スラン遺跡との相互関係から新たな視点での考察を与えられる点である。

調査成果

今回の調査は2週間という短い期間のなかでプノンペンとシェムリアップを2往復するという多忙なスケジュールであったが、予定していたプノンペン国立博物館調査では中国陶磁器をある程度確認でき、また調査最終日には調査レポートを博物館側に提出することができたという点で短期間ながらも成果を挙げることができた。

1.プノンペン国立博物館

本フィールド調査はプノンペンにある国立博物館での中国陶磁器の観察を中心に行なった。国立博物館は王宮のそばにあり、同じ敷地内にプノンペン王立芸術大学がある。事前のアポイントメントで1964年に行われたスラ・スラン遺跡の発掘調査での出土遺物が同博物館の地下収蔵庫にあることを確認し、同博物館において5日間にわたって調査を行なった。調査には上智大学外国語学部アジア文化研究室准教授丸井雅子先生および上智大学名誉教授青柳洋治先生にご同行いただいた。また、昨年の夏にバンテアイ・クディ遺跡の発掘調査に参加したプノンペン王立芸術大学考古学部の学生2人にも参加してもらい、写真撮影の補佐等をお願いした。

遺物は2つの木箱に収められていた。1つ目の箱には“I.V.22 S.SRANG TESSONS No.1”というシールが貼られ、中国陶磁器片やクメール陶器片、土器や石器、また鉛塊や珍しいものではクリスタルなどが入っていた。もう1つの箱には“I.V. 23 S.SRANG TESSONS No.5”というシールが貼られており、中は全てb器片であった。最初に職員の方と一緒に総数を数え、その後分かる範囲で分類を試み、観察および写真撮影を行った。

以下は確認できた遺物をその場で大まかに分類し、観察した結果である。中国陶磁器については、11世紀から14世紀の間に収まると推定した。

I.V.22 S.SRANG TESSONS No.1 【1箱目】
  1. 中国陶磁器(88点)
    白磁75点(景徳鎮 40点、徳化窯 31点、華南系 4点)
    青磁12点(越州窯 3点、龍泉窯 6点、福建系 3点)
    緑釉陶器1点
  2. クメール陶器(29点)
    灰釉陶器23点、褐釉陶器4点、二色釉陶器2点
  3. その他(28点)
    水晶1点、鉛1点、石4点、土器22点
I.V. 23 S.SRANG TESSONS No.5 【2箱目】
すべてb器(82点)。胎土や釉薬の違いでA〜Eの5グループに分類
A-12点、B-3点、C-16点、D-2点、E-49点

スラ・スラン遺跡は「聖なる池」という意味をもつ、王の沐浴のための池である。バンテアイ・クディ遺跡の正面に位置する、700m×350mの巨大な人工池(バライ)であり、10世紀に建造されジャヤヴァルマン7世によって12世紀後半に修復された。1964年にフランス極東学院のBernard Philippe Groslierらによって行なわれた調査で蔵骨器が大量に発見され共同墓地と考えられているが、今回調査した遺物の中にはそれに当たると考えられるものは見られなかった。また、1988年にPaul Courbinによって書かれた報告書の中で、発掘現場の遺物の出土状況の写真からほぼ完形のクメール陶器や中国陶磁器などを数点確認しているが、今回の調査で実見した遺物の中には報告書に載っていたものは見られなかった。観察した遺物は全て破片であり、博物館の職員に報告書の写真を見せて実物の所在を尋ねたが、現職の職員はわからないようであった。

スラ・スラン遺跡の正面に位置するバンテアイ・クディ遺跡もまたジャヤヴァルマン7世によって12世紀末から13世紀初めに建てられたと考えられている。観察した中国陶磁器の中には12世紀末よりも時代が下るものがあることから、スラ・スラン遺跡はジャヤヴァルマン7世が活躍した時代よりも前から中国陶磁器の利用があったと考えられる。それはやはりスラ・スラン遺跡が、ジャヤヴァルマン7世に限らず歴代の王の沐浴の場とされていたからであり、そのような特別な場所であったからこそ当時高級品とされていた中国陶磁器の出土が確認されるのであると考えることができる。ただ、バンテアイ・クディ遺跡からは染付(青花)が出土中国陶磁器の中である程度の割合を占めて出土しているのに対し、今回実見したスラ・スラン遺跡の遺物の中には染付は1点も確認できなかった。この事に関しては今後調査を行う予定である。

調査最終日には分類結果や写真を載せた簡単なレポートを博物館に提出して調査を終了した。

2.バンテアイ・クディ遺跡出土の中国陶磁器調査

昨年夏に行なった調査の補足調査としてシェムリアップ滞在中に上智大学アジア人材養成研究センターにて随時行なった。シェムリアップはプノンペンの北西約250kmに位置しており、国道6号線を通ってバスで約6時間かかる。国内線では1時間弱の距離である。

1991年から2008年までの調査で出土した中国陶磁器は約700点である。昨年の調査の際に全ての遺物に番号を付けており、今回は若い番号から一点一点観察を行なった。しかし時間の関係で十分に行えなかったため、今夏のフィールド調査でさらに続きを行う予定である。

3.その他の調査

博物館調査だけでなく、考古調査を行なっているカンボジア政府の文化芸術省やプノンペン王立芸術大学の考古学部長、またフランス極東学院の方々に最近の調査研究の動向や調査で出土した遺物などを見せていただく機会に恵まれた。文化芸術省考古局ではプレイベン州での発掘調査で出土した銅鼓や青銅製品や鉄製品、金の指輪や石製の腕輪、鏡やビーズなど、アンコール遺跡群よりも古い時代の遺物を見ることができた。また、プノンペン王立芸術大学では考古学長との対話で現在の考古学部の授業内容や、同大学が関わっている発掘調査などの話を聞くことができた。また保存修復研究室では実際に土器の接合を行なっている現場を見ることができ、作業を行なっていた学生から発掘現場や出土した土器の話を聞くことができた。フランス極東学院シェムリアップ支局の訪問では、Groslierが行なった調査で出土した遺物の所在を尋ねたがやはり不明ということであった。しかしここでもフランス極東学院が発掘調査した遺物を見ることができた。細かい破片を接合して復元したものや、中にはカンボジアでの出土が珍しいものもあり、今年度中に発表するということで非常に楽しみである。また、以前上智大学が奈良文化財研究所と合同調査を行なっていたタニ窯跡の踏査も行なった。現地に資料館が建てられたということでその見学に行ったのだが、アンコールワットから車で約1時間ほどの場所にあるタニ窯跡は村の中にあり、その中に建っていた新築の建物は目を引いていた。今後、アジア人材養成研究センターなどに保管してあるタニ窯跡から出土した遺物をこの資料館で展示する予定であるという。

4.まとめ

今回のフィールド調査は長年にわたって行なっているバンテアイ・クディ遺跡の調査についてスラ・スラン遺跡の遺物調査という新視点からの調査を加えることで新しい発見を見出すことを目的に行なった。また、博物館調査以外に行なった様々な機関の訪問は今回の調査の資料に直接結びつくものではないが、今後何らかの形で参考にできるのではないかと考えており、今回の調査結果をさらにまとめていく必要があるが、総体的には本調査により修士論文の材料となる資料の収集ができ、また執筆への見通しが立ったという点で有意義な調査であったといえる。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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