上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

HOME / 研究教育活動 / フィールド調査サポート / 20世紀前半のメキシコ市における外食の場に関する諸資料の調査および収集 ―「メキシコ料理」の形成と変容の考察に向けて―

大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
メキシコ
調査時期
2010年9月
調査者
博士前期課程
調査課題
20世紀前半のメキシコ市における外食の場に関する諸資料の調査および収集 ―「メキシコ料理」の形成と変容の考察に向けて―
※写真クリックで拡大表示

調査の目的と概要

 本調査は、20世紀前半のメキシコ市における外食の場に関する諸資料の調査および収集を通じて、20世紀前半のメキシコ市における外食の様相を明らかにすることを目的とする。
 報告者は、「(国民料理としての)メキシコ料理」の形成と変容の過程をメキシコ市の社会生活史の文脈において分析、説明することを修士論文の目標としている。今回の現地調査は、そのための基礎調査と位置づけられる。現地でのみ収集しうる資料の入手および研究テーマを念頭に置いたうえでの現状把握につとめた。研究の基礎となるデータの所在、先行研究等の状況を知るためである。

  上記調査主題は、以下の3つの理由によって決定された。

@  人間の食文化は、料理をとりまくさまざまな物事をすべて含めて構成される事象である。石毛は、人類の食の特徴として「人間は料理をする動物である」「人間は共食をする動物である」という2点を指摘し1 、食卓を食文化の研究対象とした。この観点から見れば、「メキシコ料理」の形成過程を論じるにおいても、料理とともに、共食の場(つまり外食の場はその一つの形態である)についての検討が不可欠である。
 しかしながら、事前に日本で入手できた「メキシコ料理」の概念に関する諸資料を分析したところ、論考のほとんどは、料理そのものに視点が定められていた。つまり国民料理という概念の形成は、レシピ本やメニュー、料理雑誌、食を扱った文学などを素材とし、食物(材料)あるいは調理法といった、いわば料理そのものに国民性やナショナリズム的な意味を見出すことを通じて説明されてきたのである。
 「国民料理」もその一部である国民文化の存在が指摘されるようになるのは近代以降であるが、メキシコも含め、近代国家での都市社会生活においては、レストランやカフェなどの外食施設が、共食の場の選択肢として大きな部分を占めるようになる。にもかかわらず、国民料理の形成と変容に関する先行研究において、「共食の場」という論点は、十分 に検討されてきたとはいえない。それが「メキシコ料理」の形成と変容に関する先行研究の空白でもある。
A メキシコの食文化、社会生活において、外食の場は大きな部分を占める。よって、メキシコ社会を知るためのアプローチとして、外食の場に着目することが有効である。
B 事前の研究を通じ、今日の社会で見られる「メキシコ料理」の萌芽は20世紀前半のメキシコ市にあると仮定された。よって、本調査では、当該時期のメキシコ市の外食の場に関する状況把握を目標とする。

1. 石毛、2005、p.12

調査成果


2. 調査概要および調査期間・場所
 調査は、メキシコ合衆国メキシコ市で行い、期間は、2010年9月8日〜2010年9月29日の計22日間である。調査内容は、文献・資料収集、面談、参与観察の3つに大別され、主な訪問先は下記のとおりである。

@ 図書館、資料館および書店における文献収集
 メキシコ国立図書館 Biblioteca Nacional de México
 メキシコ国立新聞雑誌資料館 Hemeroteca Nacional de México
 エルデス財団図書館 Biblioteca de Fundación Herdez
 ソル・フアナ修道院大学図書館 Biblioteca de Universidad del claustro de Sor Juana
 ガンジー(書店) Gandhi
 フォンド・デ・クルトゥーラ・エコノミカ(書店)Fondo de Cultura Economica
 エル・ソタノ(書店)El Sótano
A 見学、面談によるメキシコ料理、食文化全般に関する歴史的概観の理解
 国立人類学博物館 Museo de Antropología
 エルデス財団講演会 Ciclo de conferencias con degustación
 “Las salsas, moles y pipianes” en Fundación Herdez 
 メキシコ国立自治大学文献学研究所Instituto de Investigaciones Filológicas
 (Univesidad Autónoma de México)
B レストラン、カフェ、フォンダ等の外食の場における現状把握を目的とした参与観察
 (メニュー、価格、利用者、利用形態)
 レストラン・サンボーンズRestaurante Sanborns
 カフェ・ラ・ブランカCafé La Branca
 フォンダ・エル・レフヒオFonda el Refugio
 屋台他puestos etc

また、日程ごとの調査内容は、下記の通りである。

9月8日(水):成田出発、メキシコ市到着
9日(木):メキシコ料理レストラン・Sanborns( pelisur)訪問
メキシコ国立自治大学文献学研究所Maria Erena Guerrero 教授と面談
10日(金):メキシコ国立図書館にて資料・文献収集
11日(土):Alfonso Garduño Arzave博士と面談
12日(日):書店にて 参考書籍購入(“Libros de la cocina mexicana”等)
13日(月):メキシコ国立図書館にて資料・文献収集
メキシコ料理大衆食堂・Cafe la Branca 訪問
14日(火):ソル・フアナ修道院大学図書館にて資料・文献収集
15日(水):メトロポリタン自治大学社会学科教授Juan José Santibañez教授と面談
16日(木):独立記念日(屋台・露店による食物販売等の参与観察など)
17日(金):メキシコ料理レストラン・Sanborns(Casa de los Azulejos)訪問
メキシコ料理大衆食堂・Cafe la Branca 訪問
18日(土)〜19日(日):資料整理日
20日(月)〜21日(火):メキシコ国立新聞雑誌資料館及びメキシコ国立図書館にて資料・文献収集
22日(水):メキシコ国立新聞雑誌資料館及びメキシコ国立図書館にて資料・文献収集
メキシコ料理高級レストランFonda el Refugio訪問
23日(木)〜24日(金):メキシコ国立新聞雑誌資料館及びメキシコ国立図書館にて資料・文献収集
25日(土):Fundación Herdezにてメキシコの食文化をテーマとする講演会を聴講
La Jornada紙コラムニストCristina Barros氏、Marco Buenrostro氏と面談
26日(日):国立人類学博物館Museo de Antropologia 見学、参考書籍購入
27日(月):国立人類学博物館Museo de Antropologiaブックフェアにて書籍購入
メキシコ市出発
29日(水):成田到着


3. 結果
本調査の結果、おもに以下の知見を得られ、研究を進捗させるに至った。
@ 当該時期のメキシコ市には、さまざまな形態の外食の場が存在していた。家庭外で「料理/食事」が提供される場としては、以下のような形態があった。いわゆる定食(フィクスメニュー)を提供するフォンダ、カフェ、レストラン、ホテルの付属施設であるメゾン、路上販売である。
A 先行研究の入手により、当時存在していた料理店の具体的な名前、場所等を把握できた。
B 20世紀初頭、メキシコにおいて「レストラン2」とは、高級とみなされていた西洋文化、とりわけフランス文化そのものであったことがわかった。またその数はきわめて限られていた。レストランはすなわちフランス料理店を意味し、現在は多数存在するメキシコ料理レストランは、20世紀初頭には存在しえなかった。
C しかし、1940年代には、メキシコ料理店を標榜するレストランの存在が確認される。
さらに、20世紀初頭には外来文化として、いわゆるカフェの形態をとっていた飲食店が、少なくとも1950年頃には「メキシコ料理」を提供するようになったことがわかった。
D「レストラン」の社会的役割の変遷は、20世紀前半のメキシコ社会の動態と相関があると仮定するに至った。よって、その社会的役割に注目することで、メキシコ社会の変容を照らし出すことができる。その文脈において「メキシコ料理」の形成を説明できるめどがついた。
E 本調査を通じて以下の仮説を立てるに至った。
「メキシコ料理」はレストランの社会的役割が変化する過程で形成された。と同時に、「メキシコ料理」の形成とその後に続いて起こる変容は、翻って、レストランという場に付与される社会的役割にも影響を与えている。

2.レストランとは、着席した形式で、利用者各人が、提供される料理をメニューによって選択でき、さらに食後にその料金を支払う方法をとる外食の場を意味する(スパング2001)。メキシコでは、当該時期においては、同様の形式であるフォンダ、カフェ、カンティーナ等の外食の場に比べ、よりフォーマルかつ高級な空間と見なされていた(Ortega 1997)。

4. 残された課題と今後の予定
 本調査では、新聞記事、写真、地図等の直接的な一次資料を収集することができなかった。次回調査までに、二次資料の読み込みを通じて必要な一次資料を明らかにし、入手する必要がある。
 当該時期にどのようなレストランが存在していたかというデータは、 本調査によって入手したKing(1997)、Novo (1967)、Ortega (1997)などの著作に見出すことができる。それらを手がかりとして、以下の一次資料にあたる。
 20世紀前半のレストランの社会的役割を明らかにするための主要な一次資料と考えられるのが、当該時期の新聞各紙(El Universal, Excelsior, Imperial等)の「社交欄(Sociedad)」である。社交欄の記述からは、当該時期の有力者およびその家族などが、どのような場で会食し、どのようなパーティーを開いていたのかを知ることができる。そこに見出されるレストランの名前、人数、理由などを含めた会食の記録を収集し、それを通じて、レストランの社会的役割の変遷を明らかにする。加えて、メニュー、写真、当該時期のいわゆる知識階級による、外食の様相に関するエッセイや新聞・雑誌紙上での発言を収集し、併用して分析する。
 20世紀初頭のメキシコにおいて「あたらしい、ふつうでないもの」であったレストランは、メキシコの都市社会にどのように取り込まれ、「メキシコ料理」を提供する日常的な場へと社会的役割を変化させていったのか。
 レストランが果たしていた社会的役割の変化の過程に照明をあてることによって、当該時期のメキシコ市における社会生活をよりよく理解し、レストランという外来のものがメキシコ社会の一部に取り込まれる過程で、「(国民料理としての)メキシコ料理」が形成され、変容してきたありさまを浮き彫りにできる。
 それを通じて、これまで食文化史的にとらえられてきた「国民料理」というテーマをより広く地域研究としての脈絡のなかに位置づけたい。

<引用文献>
石毛直道
2005
 『食卓文明論 : チャブ台はどこへ消えた? 』中央公論新社。
スパング、レベッカ・L. (小林正巳訳)
2001
 『レストランの誕生 : パリと現代グルメ文化』青土社。

King, Tania Carreño
1997
 El pan de cada día ,México,Clío.
Novo, Salvador
1967
 Cocina mexicana o historia gastoronomica de la Ciudad de México, México,Editorial Porrúa.
Ortega, Enrique Asecio
1997
 Alta cocina-La Cocina Mexicana a través de los Siglos Fascíclo X, México,Clío.

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

注意:このページ以下に掲載された調査報告の著作権は執筆者にあり、無断の引用を禁じます。また、記述の内容は必ずしも地域研究専攻の学術上の姿勢と同一ではありません。

▲ このページのトップへ

概要