上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
メキシコ
調査時期
2011年2月
調査者
博士前期課程
調査課題
メキシコ州サン・サルバドール・アテンコにおける住民抗議運動の実態調査
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調査の目的と概要

 メキシコ中部のメキシコ州サン・サルバドール・アテンコ(以下アテンコと略)では、2001年に政府から新空港建設地として土地の買収を要求されて以来、住民組織「土地を守る人民戦線」(Frente de Pueblos en la Defensa de la Tierra: FPDT)が中核となって住民の自治と土地所有の権利を主張し、政府に対する抗議運動を続けている。
 本調査をベースとする修士論文の目的は、アテンコにおける一連の抗議運動を、1)従来のメキシコにおける社会運動とは異なるものとして捉え、その独自の集団行動の戦略と効果、そして今後の発展の可能性を分析すること、さらに2)土地を財や資源でなく社会的空間として捉え、アテンコ住民にとっての土地の意味を分析することにある。尚、今回の調査では以下の3点を目的として行った。
  1. FPDT幹部への聞き取りにより、FPDTの機能(組織の構造、各部署の役割と活動)と戦略の把握
  2. FPDT幹部への聞き取りと組織内部の資料、論文・新聞等の資料から、FPDTと外部のアクター(他の社会運動組織・政党等)との相互作用を分析
  3. FPDT参加者及びアテンコ住民を対象に、運動参加の動機と、実生活と土地問題の関係性についてインタビューし、住民にとっての土地の意味を分析

調査成果

1.聞き取り調査

 聞き取り調査はFPDTのメンバーを対象とし、主に@組織の形成過程、A組織の内部構造、B運動参加のきっかけ、Cメンバーにとっての土地の意味、D他の組織との交流、E村の行政組織、州政府との関係を明確にすることを目的とした。調査はサン・サルバドール・アテンコにあるFPDTの集会所、FPDTが定期的に樹木管理活動を行っている公園、またFPDT幹部の自宅にて行い、正式にインタビューの申し込みを経て協力してもらったのは9名のFPDTメンバー(リーダーとされるIgnacio del Valle氏と、組織結成に関わった男性1名を含む)である。その他にも、樹木管理活動や集会に参加した際に顔を合わせたメンバーにも話を聞かせてもらう機会を持った。
 まず@組織の形成過程について分かったのは、以前からアテンコ住民を中心とした組織が存在し、様々な契機を経てFPDTという形態へと変化していったということである。住民組織の形成は1970年代後半に遡り、まず隣村であるテスココの住民が中心であった組織から分派する形で、アテンコ住民を中心とするHabitantes Unidos de San Salvador Atenco (HAUSA)という組織が形成された。HAUSAは主にインフラ整備や公共サービスの欠如を政府に訴えてきたが、その後新空港建設に伴う政府によるアテンコ一帯の土地の買収計画が持ちこまれたことから、HAUSAを母体とし、土地を守ることを目的とする住民組織FPDTが新たに結成された。FPDTはDel Valle氏ら3名の手によって創設され、当初のメンバーは10人足らずであったという。しかし2001年10月に政府から正式に新空港建設計画が発表されると、多くのアテンコ住民が反応し、FPDTへの参加者が増加したという。また、2006年5月に生じたFPDTメンバーを中心とする住民と警察間の大規模な衝突、その際逮捕されたメンバーと住民の釈放を求めるFPDTの抗議運動などの契機を経るにつれ、FPDTへの参加者は格段に増えていったという。
 しかしA組織の内部構造に関して、具体的な人数を質問したところ、「多すぎて把握できていない」という答えが返ってきた。形成過程の初期は住民が中心であったが、集会の開催やデモへの呼びかけによって地域内外の参加者が増えており実態が把握しづらいため、何を持って「メンバー」と見なすかを定義する必要がある。一般的に社会運動組織には内部に体系化された役割構造がある。活動をする上で何らかの役割を担う幹部を明確化すれば、組織の中核となっている人々の規模を把握できるが、役割構造については「明確な構造はない」という。FPDTの理念として等級化された構造は好まず水平な組織を目指しており、そもそもリーダーとされているDel Valle氏もあくまで幹部の一員で、彼を「リーダー」化し標的としたのは政府やメディア側だったとのことである。集会やイベントがある際も、必ず全員が加わるわけでなく、人の出入りは極めて流動的だという。だが、実際には定期集会の運営やイベントの計画、呼びかけは特定の人物が関わっているはずであり、それについてはDel Valle氏夫妻が常に中心となり、その都度複数の幹部に計画の相談をして運営していることが会話の中で確認された。「水平的な組織」はFPDTの理想とする形態であり、厳密な役割構造が存在しないことは事実のようであるが、実態としては創設者であるDel Valle氏が中心となり、古くからの幹部数名が積極的に運営に関わる「中核」が存在していると考えられる。
 B運動参加のきっかけについての質問に、HAUSA時代やFPDT結成初期を契機として答えていたメンバーは、およそすべての集会、イベントにおいて中心的な役割を果たしている様子が見られた。それ以外の人々は、全員2001年に政府による新空港建設計画が発表されてからだったという。空港建設の接収地に指定された土地は、農地とには不向きで居住者もいない不毛な土地であったことが分かっているが、それでも土地の買収に反対をした理由として、「公害などの生活への影響」「先祖から受け継いだ土地であること」の二つが挙げられた。中でも注目したいのは後者である。アテンコはナワトル語で「水辺」を意味するが、かつてアテンコには広大な湖が存在し、アステカ帝国の王ネツァワルコヨトルに所縁のある土地と言われているため、住民にとっては先住民であった祖先から受け継いだ土地として受け止められているとのことである。そのことからCメンバーにとっての土地の意味を考える上で、土地は合理的に利用するものではなく、地域の文化と歴史に根差し、住民の帰属意識に直結するものと捉える必要があることがわかった。
 一方、D他の組織との交流に関しては、新空港建設計画問題が表面化した時期までは、主に近隣の村(テスココ、チマルワカン等)の住民組織と連帯関係を築いていたという。近隣の住民組織は複数あり、その多くとは関係を継続しているものの、一部の組織とは「(FPDTと)闘いの目的や方法が異なるため、協力関係にはない」という。そのことから、地域性ではなく、各運動組織が掲げる目的とその運動の展開方法を重視した上で、協力関係を結ぶことを前提としていると考えられる。しかし、2005年からサパティスタ民族解放軍(EZLN)が草の根の社会運動間の連帯を呼びかける「もうひとつのキャンペーン」を展開し、そのキャンペーンにFPDTも参加していることから、FPDTと全国各地の多様な社会運動組織との接触の機会が増加している。現在FPDTは、農民が主体である抗議運動へ参加することもあれば、メキシコシティー南部の高速道路建設に対する住民組織の抗議運動へも積極的に関与している。FPDTは「もうひとつのキャンペーン」の傘下で「草の根の組織」同士として他組織と連帯を築くのか、あるいはあくまで自分たちと行動理念を共有し合える組織を選んだ上で協力するのか。FPDTの今後の活動のビジョン、具体的な展開方法を考察する上で、今現在の彼らの行動基準をより明確にしていく必要がある。
 一方、E村の行政組織、州政府との関係についてだが、まず行政組織に関して、これまでの資料調査では見えなかったFPDTの関係が鮮明になってきた。村内には村役場(Ayuntamiento Municipal)に加えてエヒード委員会(Comisariado Ejidal)、行動委員会(Comision de Activismo)等の組織が存在する。特に注目したいのが村役場との関係だ。以前は村役場と住民組織は公共サービスの充実化等様々な面で相互補完し合う関係にあったが、新空港建設計画問題以降は両者の関係が悪化していたことがわかった。これは、村役場側が住民に対して計画に関する十分な説明を怠ったことにも起因するが、土地の売買と外部からの開発を容認し始めた村役場の姿勢への住民の反発と言えるだろう。州政府も、開発には積極的であると同時に、それに反発する住民やFPDTを抑圧的に封じ込めようとする姿勢を見せている。現在でも州政府によって、FPDTの行動は監視されているという。  FPDTと外部アクターの相互作用を見る上で、政党との関係も調査対象とするが、各政党の動きや抗議運動への反応・対応は収集資料を通じて調査する予定であり、現在進めているところである。

2.資料・文献調査

 今回の資料・文献調査は、主に@2001年以降のアテンコの住民運動に関する文献、学術論文Aアテンコでの運動、事件を報じている雑誌、BFPDTが発行している外部向けの冊子、C2000年以降の政党の動きと社会運動の対応関係を示す文献、学術論文、Dアテンコ住民と政府の交渉記録の収集を目的とした。場所は、メキシコシティーではメキシコ国立自治大学(UNAM)、メトロポリタン自治大学イスタパラパ校(UAM-I)、メトロポリタン自治大学ソチミルコ校(UAM-X)、メキシコ大学院大学(El Colegio deMexico)、連邦情報公開庁(IFAI)、またメキシコ州ではチャピンゴ自治大学(UACh)とFPDT事務所で行った。
 まず@に関しては、アテンコでの運動を国家主導型開発の問題として分析されている文献と社会運動への政治的圧力に着目し、政党政治の歪みと社会運動を照らし合わせている文献を収集できた。特に、開発の問題として見る枠組みの中で、農村開発として捉えるものと、都市開発として捉えるものに分かれていることが興味深い。
 Aについては、その多くが政府・警察の暴力的側面を糾弾する論調であるが、一部「暴動によるアテンコ側の経済的な喪失」に着目し、FPDTらアテンコ住民を批判し冷静な対応を求める論調のものも得られた。
 一方Bについては、FPDTの会合に出席した際、女性の視点から書かれたFPDTの活動に関する冊子を入手することができた。内容は過去に行われた集会や講演会での女性幹部の演説や参加者との対談であるが、このような冊子が作られるようになったのは、近年近隣地域のみならず、他地域、そして海外からも参加者や支援者が増えたことに起因すると考えられる。
 また、Cについては現在精読を進めているところだが、主に2006年の大統領選挙前後の各政党の動きを分析したものを中心的に集めた。2006年は政府に対する抗議運動が国内各地で多発した時期だったが、大統領選挙を前にして各政党がいかなるビジョンを掲げ、当時発生した社会運動に対応をしていたのかをこれから検証していきたい。
 一方Dに関しては、IFAIへ書類申請をしたものの発行に時間がかかり帰国日までに受け取りができなかったため、現在代理の受取人に発送を依頼しているところである。

今後の課題

 今回は、聞き取りに重点を置き、特にFPDTの形成期から現在までの活動状況と、参加者の実生活と土地に関する問題の関係性に着目し、調査を行った。今後は、FPDTの活動と彼らを取り巻く外部環境の状況を照らし合わせ、これからの活動展開の展望を考察する作業を進める。
 今回の調査から、住民にとって彼らの土地は、先祖からの遺産であり守るべき文化の基盤であるとの語りを聞かせてもらったものの、既に村の行政組織は土地の売買と開発を受容する立場へと転換し始めていることがわかった。現在アテンコ内最大の公園周辺一帯を企業が買上げ、ゴルフ場にする計画が持ち上がっており、依然州政府と村役場は積極的な姿勢を見せているという。土地を守ろうとする住民側が置かれた状況は極めて困難といえるだろう。実は、住民が政府や企業への土地の売買を拒みながらも、村内では土地の売り出しの看板が多く見られる。これは住民の多くが「土地は売るためのものではない」と主張しながらも、売らざるを得ない状況にあるためと考えられる。住民側は土地を守るという主張を行う際、農民運動のロジックを用いる。しかし、アテンコの場合、都市周縁(peri-urbano)であるという地理的環境を前提として考える必要があるだろう。住民の多くの生業は、農業ではなく第三次産業であり、また大都市メキシコシティーに隣接していることから、首都圏ではパンク状態になった交通網や商業空間、居住地がアテンコのような地域に押し寄せる形で拡大してくる可能性が常にある。都市からの影響を受けやすい地域であるアテンコで、土地を守ろうとする住民の運動がいかに展開しうるのか。その可能性を見ていくため、今後の調査では、政府と都市側からの開発推進の動きを把握すると共に、住民組織側が持つ具体的な今後のビジョンを見ていく。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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