卒業生の声

「知った気にならない」を始めよう

1999年度卒業生 春日井 宏往 株式会社 集英社 第4編集部グランドジャンプ編集勤務

2014年7月13日16:00。
真冬にもかかわらず27℃という楽園リオデジャネイロ。
乾いた快晴の空が、黄金色を帯びて来たちょうどその時、
サッカーの聖地エスタジオ・ド・マラカナンに
キックオフの笛が高らかに鳴り響きました。

その瞬間、「グオォ──~~ッ!!」

74,738人の地鳴りのような大歓声が空気を揺らし、
「そこにいた」私の内臓までも震わせたのです。

ブラジルサッカーW杯決勝観戦。

これが仕事だと言えば、多くが驚かれることと思います。
タネを明かせば、某サッカーコミックの漫画家先生を担当させて頂いており、
本物のW杯の熱狂を知るための「取材」に行かせて頂いたというワケです。

↑TV中継では映ってませんでしたが、実は決勝戦の最中、 ピッチに下りたサポーターが連れ出される一幕が。

↑TV中継では映ってませんでしたが、実は決勝戦の最中、
ピッチに下りたサポーターが連れ出される一幕が。

私は大人向けの漫画雑誌の編集部に配属され、2014年で15年目を迎えます。
以来、このように取材や調べ物をしっかりする漫画作品を
数多く担当させて頂いております。
それはひとえに学生時代の史学科での経験に起因します。
豊田教授の「情報を疑え」という言葉や、調べ方のノウハウについての教え…。
そこから、「調べる手間を惜しまない姿勢」を身につけ、
その先に「知る喜び」があることを在学時代に学ばせて頂きました。

インターネットやテレビは確かに有益な情報もたくさんあります。
ただし、簡単に手に入るがゆえに
「全てを知った気になる」という過ちを招いてしまいがちです。
皆さんにはそんな心当たり、ありませんか?

私の一例を挙げるならば、
ある時、私はDMATというものの存在を知りました。
その後、ネットで詳しく調べてみたところ、
災害時に被災地へ派遣される医療チームとあり、
「被災地で患者を助けまくるヒーローなんて、漫画に格好の題材だ」
と心躍ったものです。
そして、DMATを全て知った気になって自信満々で企画書を作ったりしました。

が、実際に取材を重ねる内に、大きな誤解に気付きました。
特に組織立ち上げの医師の先生の発言は驚くべきものでした。
「現場でできる事はたかが知れている。漫画のようなヒーローなんていない。
それに一人を救うために、他の九人を見捨てなければならない時もある。」
重たい言葉でした。
そこで、私は「主人公のありえない劇的活躍」に固執するより、
「この現場にしかない苦悩」を軸に描いた方が意義深い、そう判断しました。
その結果、企画を根本から考え直し、作品を創り上げることにしたのです。

↑防災訓練取材:来るべき現場に備え、真剣そのもの

↑防災訓練取材:来るべき現場に備え、真剣そのもの

取材はこの他の連載作品でも数多くこなしました。
ファンドマネージャー、民間校長、示談交渉人、弁護士、
民間科学捜査機関、脳外科医、医学史教授、幕末史教授…、
相手は枚挙に暇がありません。
皆様が教えて下さったのは、第一線のプロの思考、知識、技術、
それに「現場での苦悩」の生の声などです。
それらの深さに触れるたび、
いつも私は「分かった気になっていた」自分を戒め、
成長に繋げていくよう心がけています。

そもそも「知った気になってしまいがち」と言えば、
歴史観こそ、危ういものかもしれません。
自尊心やアイデンティティに絡み、
「感情」と結びつき易いからでしょうか?
だからこそ史学科では、
調査研究に対する徹底的な姿勢を教えてくれるのだと思います。

受験生・学生の皆さん、
現代は多くの情報が飛び交う時代です。
こんな今だからこそ歴史学を学んで、
「簡単に知った気にならない」、そんな慎重さを身につけて下さい。
きっとその姿勢が、皆さんの今後の社会人生活の背骨となってくれることでしょう。

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