学生生活を振り返って
現在、医学系の出版社で、主に学会誌の制作・編集に携わっています。学生時代に読んだ論文の数よりも、多くの論文を普段から目にしています。業務の内容は、歴史とは全く関係ありませんが、活字に関わる仕事がしたかったので、現在の職場に就職しました。今まで自分が関わったことのない領域に足を踏み込んだので、わからないことがたくさんあります。大量の論文を処理するのに途方に暮れることもありますが、学生時代に多くの文献を目の当たりにして悪戦苦闘していた毎日を思い出しながら、日々格闘しています。
学生時代は西洋中世史ゼミに所属していました。バンド系のサークルに所属していたので、卒業論文では音楽に関係する内容を扱いたいと思い、『13-15世紀における楽師の社会的地位の変遷』というタイトルで執筆しました。「中世ヨーロッパにおいて、日陰の世界で生きてきた楽師が、どのようにして社会の構造に組み込まれていくのか」が大きなテーマでした。かつては蔑まされていた楽師たちが、やがて社会に受け入れられていく展開を受けて、改めて、表舞台に立つものだけでは歴史を紡ぐことはできないと感じました。
卒業論文では、楽師を筆頭とした被差別者について触れていたのですが、口頭試問の際に「自分の中で差別がどういうものか定義できていない」と先生より意見をいただきました。今でもよく覚えています。いろいろと文献を読んで差別について論じても、結局それは文献の著者の考えであり、私の中で「どうして差別するのか、どこからが差別なのか」理解できていませんでした。このことは、一生かけて勉強していく課題であると感じています。
多くの論文に触れるといった意味では、史学科で培った経験は現在の仕事に活かされているのかもしれません。ですが、大学で学んだものと現在の仕事がリンクしている必要は全くないと私は思います。楽師について勉強していたからといって何か役に立つなんてことはありませんし、話のネタにもなりません。しかし、大学で学んだことは、先ほども述べたように、自分の中の課題として生きていくのだと感じています。何故歴史を学ぶのか。それが自分にとってどういった意味があるのか。どのようにして、今を生きる私たちの生活に関わってくるのか。答えは見つからないかもしれませんが、考える機会を与えてくれる時間を、大事にしてください。
4年間はあっという間に過ぎていきます。学業はもちろんですが、サークルやアルバイトなど、学生時代にしかできないことを大いに楽しんでください。歴史学を学べる環境は、とても贅沢なものです。大学にはいろいろと制度や設備があると思いますので、使えるものはどんどん利用して、大学生活を有意義なものにしてください。
余談ですが、私は単位互換制度を利用し、東京音楽大学で1年間音楽史の授業を受けていました。普段と異なる環境で学ぶことは、とても良い経験になりました。興味のある方は、是非利用してみてください。音大生になったような気分になれますよ。