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  • 「演劇入門」宮菜穂子さん

    <授業後の居酒屋で:宮さんと斉藤さん> 2012年11月30日(金)  今日の「演劇入門」はイスパニア語学科の卒業生で女優の宮菜穂子さんを講師にお招きしました。在学中からプロとして舞台で活躍されてきたご自身の体験を、歌やダンスの実演を交えて語って下さり、学生たちは魅了されていました。お友達の俳優で英語学科卒業の斉藤直樹さんも遊びに来てくれました。授業の後は居酒屋で楽しいおしゃべりの時間を過ごしました。宮さん、斉藤さん、ありがとうございました。<続きを読む>
  • クリスマス・イルミネーション

    <北門前のイルミネーション> 2012年11月29日(木)  上智大学はご存じの通りカトリック修道会であるイエズス会が作り運営しているカトリック大学だ。クリスマスを祝うことは決して表面的なお祭りに終わることはない。北門前の樹木に美しいイルミネーションが輝いている。この光の展示は年明けまで続けられる予定。明日は大学全体の同窓会であるソフィア会のクリスマス行事も行われる。<続きを読む>
  • 留学前準備の賜物

     英語学科で主に応用言語学系の科目を担当している和泉です。今日(11月23日)は勤労感謝の日であるにも関わらず上智大学では授業実施日となっており、普段通りのスケジュールで授業を行いました。休日出勤でいいのは通勤電車が空いているということですが、大学に着くまでは「今日は本当に大学の授業はあるのかな」と少し変な感じを持ちながら出勤しました。でも、大学に着くと、いつも通りのにぎわいで何かホッとしています。  さて、つい先程、応用言語学のゼミの授業を終えて研究室に帰ってきたところです。このゼミでは、学生の興味やニーズに合った形で様々な応用言語学トピックについての論文を読み、それを学生主体で発表してもらい、意見交換をしながら話を深めていくというスタイルを取っています。今日の主題は、「留学の効果とその違いはどこから来るのか」でした。  とかく留学と言うと、多くの人は過大な期待を持っていることが多いようです。例えば、「留学すれば、必ず英語がペラペラになる」だとか、「ネイティブのような発音や表現が身につく」、はたまた「金髪で青い目の彼女・彼氏ができる」等々。彼女・彼氏の話は別として、英語能力の進展に関しては、実際は必ずしも思ったような成果が得られない場合が少なくないようです。「ペラペラ」とは何を差して言っているのかが不明確な場合も多いです。日常生活に不自由しないというレベルから、大学の授業でディスカッションやディベートが行われる際、現地の学生に引けを取らないくらい議論に参加できるというレベルまであるでしょう。日常生活に不自由しないと言っても、どれくらい複雑な内容が扱えるのかといったら、それも随分差が出てきます。例えば、普通に買い物ができるといったレベルから、釣り銭をごまかされそうになった時に抗議できる、交渉できるといったレベルまで様々です。いずれにしても、そのようなレベルでも留学の成果としての個人差はそれなりに出てきます。学問的な分野での高度な英語能力の獲得では、それはなおさらです。  さて、それでは留学の成果の違いはどこから来るのでしょうか。今日のテーマの元となった論文の著者であるRobert DeKeyserは“Study abroad as foreign language practice”という論文の中で、次のように言っています。すなわち、留学の成果の違いは、留学した最初の時点でその人がどこまでの英語運用能力を獲得しているかということが一番大きな原因になっている。もし初心者の学習者が留学するとどういった状況に陥りやすいかと言うと、こうなります。他の人の言っている英語が聞き取れない、自分の言いたいことが何も言えない、じっと黙って我慢していることが多くなる。友達がなかなかできない。精神的に追いつめられる。日本人、日本語が恋しくなる。結果、外国にいても日本語で暮らせる環境を求めてしまい、日本人同士でつるんでしまう。自分の回りにLittle Japanをどうにかして築き上げてしまう(外国にいても、実はこれって思ったより簡単にできてしまったりするんですよね)。  英語を使う状況に遭遇した場合は、どうしてもコミュニケーションのプレッシャー(時間的制約、状況的制約等)が強くなりやすいため、決まり文句(例えば、I see. Could you ~? What’s that?等のチャンクで使える言葉)を多用することが多くなる。なかなかこれまで習ったはずの高度な英文法などを駆使して話すチャンスが得られない。結果、「ペラペラ」になると言っても、決まり文句程度の日常英会話ぐらいしか身につかず、限定的な「ペラペラ」となってしまいがちである。このような状況は、まだ英語運用能力がそれほど身についてない初心者が比較的短期的なプログラム(数週間から1年程度)に参加した場合によく起こる現象である。つまり、一般的に信じられているような、「留学すれば必ず英語が上手くなる」というのは必ずしも本当ではないのです。  留学経験を最大限に活かすためには、それなりの準備が必要であり、理想的には少なくとも中級程度の英語運用能力を既に獲得している必要があるというのがDeKeyserの主張です。ここで大事なのは、英語運用能力という言葉で、それは単なる文法を「知っている」という静的な知識のことではなく、それをスピードは多少遅くとも少しは使えるという実践的な能力です。そういった能力が留学最初の時点からあると、それをフル活用して留学経験で面する様々な日常生活での英語使用場面だけでなく、より高度な学校/大学での英語使用場面でも役立たせることができるのです。それでこそ、留学環境を「心地よくチャレンジングな環境」とすることが可能になるのです。  このあとの議論もまだまだ細かくあるのですが、今日のゼミの授業ではこういった話について学生同士の議論を交えて話を進めていきました。後半のディスカッションでは、「では、日本にいる時にどういった準備をすればいいのか」、「英語教師は生徒のためにどういったことをしてあげればいいのか」といった、学習方法、教育方法へと話が進んでいきました。そこで特に印象に残ったのが、一人の生徒が確信を持って言った次の言葉です。「英語学科で最初は守られつつもチャレンジングな環境で自分自身を充分鍛えてから留学すればいいのではないでしょうか。私はそのおかげで充実した留学経験ができました。」少し英語学科の宣伝じみた話になってきてしまい恐縮ですが、上智英語学科では毎年多くの学生が留学します。私の知る限り、1年間弱という比較的短い留学期間でも、確かに皆さんかなり英語の力をつけて日本に帰ってきます。気持ち的にも、自信を深め、留学前よりも堂々と臆することなく英語を駆使して自分の意見を言ったり、また何十ページもの英語論文を書いたりするようになります。これもDeKeyserの言う、留学前準備の賜物と言えるのではないでしょうか。  長くなりましたが、ちなみに、これらのディスカッション・講義は全て英語で行われたということも付け加えておきます。I hope you will join us and share with us your ideas in the near future!! Best wishes, Sean Izumi<続きを読む>
  • 東京都立両国高校

    2012年11月28日(水)  大学で授業がある期間、水曜日は週によって、第1週は学科長会議、第2週は学科教授会、第3週は学部教授会といろいろな会議が、いずれも15時30分から開催される。今日は第4週なので珍しく会議のない水曜日だった。  その隙間の時間を利用して、15時にゼミが終わってから、錦糸町にある東京都立両国高校の「体験授業」に行ってきた。5年前に初めてうかがってから毎年お声がかかるようになり、今回で恐らく5回目になる。対象は高校2年生で文系進学を考えている皆さん約40名だった。  テーマは「何故ことばをまなぶのか」。言葉を使えることが人間であることの基本的な条件の一つだ、とか、言語の数だけ世界観やものの見方がある、とか、新しい言語を学ぶことは新しい人格(アイデンティティー)を獲得することだ、とか、言語は極めて政治的なものだ、といったことを話した。90分あると油断していたら終盤時間が足りなくなってしまった。フロアの生徒たちにマイクを回して対話形式でやったので、予想よりも時間がかかったのだろう。  生徒の皆さんは真面目で素直な雰囲気で楽しく講義をさせていただいた。両国高校の皆さん、ありがとうございました。今日僕の話しを聴いてくれた生徒たちの中に、上智大学に進学することを目指している人たちもいるようだった。ひとりでも多くの人と来年4月以降、四ツ谷キャンパスでお会いできるように祈ります。<続きを読む>
  • 「英語と社会」金山隆夫氏(指揮者)

    <講義中の金山隆夫先生> 2012年11月27日(火)  今日の「英語と社会」では指揮者の金山隆夫氏を講師に迎えた。金山先生は僕が外国語学部英語学科に入学した時の3年生で、オリエンテーション・キャンプのヘルパーのひとりだった。アメリカン・フットボール部に所属して、国際関係も勉強しているけれど、「僕は将来指揮者になるつもりです」とみんなの前で話していたのを覚えている。その夢をかなえるべくアメリカに留学し、彼は、本当に指揮者になってしまった。僕自身も上智オケで常日頃お世話になっている。  講義は、指揮者としての仕事についてだけでなく、犯罪プロファイリングの専門家、あるいはコーチングの指導者として出会った人々の話しなど、金山先生の多彩な活動について触れられ、とても盛り沢山の内容だった。「人は誰でも親など身近な人から教えられたことに自分で知らないうちに縛られて、自ら壁を作ってしまっているのかも知れない」という言葉がとても印象的だった。「自ら限界を決めることなく、いろいろなことに興味を持って、いろいろな見方や考え方で物事を見ることで道が開けてくるのだ」といのが学生たちへのメッセージだった。  金山先生、楽しい講義をありがとうございました!!<続きを読む>
  • 風邪でお休み

    2012年11月26日(月)  23日(金)は実は49歳の誕生日だったのだが、その夜から発熱して、今日まで寝込んでしまった。24、25日の週末は上智大学では公募制推薦や指定校推薦、編入学などの入学試験だったのだが、学科長であるにもかかわらず、僕は家でずっとウトウトとしていた。この「学科長日記」も2日間はお休みさせていただいた。体調管理は社会人としての責任なので、大変深く反省している。  今日は漸く回復の兆しが見えて来たところだ。明日からは大学に復帰するつもりだ。一度戦線離脱すると、こんなに短期間でも戦線復帰するのにはちょっとした勇気がいる。登校拒否寸前の心境だけど、明日は大学行きます!!<続きを読む>
  • 「演劇入門」高萩宏氏

    <高萩宏氏の講義風景> 2012年11月23日(金)勤労感謝の日  勤労感謝の日であったにもかかわらず上智大学では平常授業だった。これは文部科学省の基準が厳しくなって、最低でも14週は授業回数を確保しなくてはならなくなったからだ。  さて、本日の5時限目の「演劇入門」では東京芸術劇場副館長の高萩宏氏を講師にお迎えした。3人ずつに分かれてのワークショップ形式のエクササイズは新鮮な内容で、学生たちも楽しんでいた。「芸術は社会を変える」というメッセージがとても印象的だった。  高萩さんといえば、野田秀樹氏と学生時代から夢の遊眠社で活動を共にして来た方としても知られている。制作者として多くの演劇人に大きな影響を与えてきた方だ。そんな有名人の講義を直接聴けたのだから、今年の受講生たちは本当に幸運だ。個人的には昔話をもっと聴きたかったのだが、きっと過去は振り返らないのだろうな、と思った。<続きを読む>
  • 9.11の記憶

    9.11の記憶   みなさん、こんにちは。今回teacher_blog担当の出口真紀子です。みなさんは、2001年9月11日には何をしていたか覚えていますか?まだ幼かったでしょうから特に記憶がないかもしれません。当時、わたしは大学院生で、アメリカのボストンという街に住んでいました。その日は、とても緊張していました。なぜなら、大学で初めて自分の授業を持たせてもらったばかりで、その日がまだ二回目の授業の日。先生としての経験が浅いわたしは、どのように授業を進めていいのかがわからず、朝から固まっていました。   午前9時半ぐらいでしょうか。まだ自宅にいたわたしに、東京で朝日新聞記者をしている友人から突然国際電話がかかってきました。「今すぐテレビをつけて!」友人は切迫した様子で叫んでいます。私は日本に大地震でも起きたのかと、慌ててテレビをつけると、ちょうどニューヨークの世界貿易センタービルに、航空機が突っ込む映像が目に飛び込んできたのです。後でわかったのですが、その航空機は、世界貿易センタービルに突っ込んだ二機目だったのです。   何が起こったのかすぐには理解できず、テレビの報道を追ってしばらくすると、まさにニューヨークの象徴である世界貿易センタービルの二棟が跡形もなく崩れ落ちてしまったのです。とても現実とは思えぬ展開にただ呆然としていました。また世界貿易センタービルに突入した航空機は二機ともボストン発(ロサンジェルス行き)の便だということがわかると、「次の標的はボストンではないか」とボストン住民たちもかなり動揺していました(結果的に無事でした)。こうした事件の一連が「アメリカ同時多発テロ事件9.11」と呼ばれるものだったのです。犠牲者はおよそ2,900人でした。   このように、9.11はわたしが初めて教えた学期の始まりと重なったことからも、深く記憶に刻まれています。また、この事件はアメリカという国自身のアイデンティティを大きく揺さぶりました。多くのアメリカ人は「Why do they hate us so much?」と自問するようになり、そして国自体は政治的にも社会的にもどんどんおかしな方向に進んでいくのです。次回はテロ事件直後のアメリカ社会におけるアイデンティティの揺らぎとその教訓について書こうと思います。(出口真紀子)<続きを読む>
  • 上智学院教職員組合総会

    2012年11月22日(木)  今日は上智学院教職員組合の総会があった。上智の労働組合の年度は10月から始まる。今回は次期の委員長をはじめ三役候補者がなかなか決まらずに、年度の終わりであり始まりである総会の開催がここまで遅れてしまった。実は僕は教職員組合の委員長を務めて、この新しい年度で4期目になる。  上智学院教職員組合は1960年に創立され、2010年に50周年を迎えた。設立当時の上智学院教職員の給与は極めて低く、公務員給与の水準にするためには70パーセント以上の賃金引上げが必要だったという。諸先輩方の努力のお蔭で、現在では上智学院での労働条件はそれほど劣悪ではない。それでも、大学も冬の時代を迎えていて、上智学院でも様々な面で予算の削減と経営の効率化を目指していて、それはしばしば働く我々の利害と衝突することになる。そのような状況で、働く教職員の立場を代表するのが教職員組合の委員長だ。職員と教員の利害が対立することも多いので、教職員組合の運営は結構難しい。それでも、組合活動の様々な局面で多くの人と知り合うことが出来て、それが僕としては大きな財産となっている。  上智でも若い人たち、特に職員の組合離れが進んでいる。また新しい人材を三役に抜擢することが出来ない、などと上智学院教職員組合の足元は安泰ではない。でも、経営者に対して労働者の立場からはっきりと意見を述べ注文を付ける労働組合の存在は、組織の健康を保つためにとても重要だと僕は考えている。至らないながらも、もう一年、組合の委員長としても自分の力を発揮したいと思う。<続きを読む>
  • 『十二夜』

    <ウィリアム・シェイクスピア (1564~1616)> 2012年11月21日(水)  40くらいあるシェイクスピアの作品の中でどれがいちばん優れているか、というのは答えるのがとても難しい質問だけれど、敢えて独断と偏見に満ちた個人的な見解を述べるならば、悲劇では『リア王』、喜劇では『十二夜』だ。『リア王』は、「人間が全てを失ったときに何が残るか」を描いた宇宙的なスケールの傑作だ。一方、『十二夜』は、シェイクスピアの作品の中でいちばん美しく切なく、都会的で洗練されている。テーマは「愛のかたち」。『十二夜』には同性愛も含めた実に様々な「愛」が描かれている。そして「愛」を語るに相応しく、主要な登場人物は全て独身だ。  いまゼミではこの『十二夜』を読んでいる。ゆっくりじっくり読んでいるので、学期の半ばでまだ2幕3場、男装してシザーリオを名乗る主人公のヴァイオラが、密かにしかし熱く、オーシーノ公爵に愛の告白をするシーンの途中まで今日は読み進んだ。何度読んでも、この作品は隅々まで素晴らしい。  ソフィア・シェイクスピア・カンパニー第2回公演は来年3月上旬にこの『十二夜』を上演する可能性がかなり高くなっている。皆さまどうかご期待下さい。<続きを読む>