「水の宝庫、湿原とミズゴケの役割」
1. サロベツの泥炭採掘
湿原は国内の様々なところに存在し、巨大な水がめとして生態系に対して大きなインパクトを持っている。さらに人の生活にも有形無形の影響を与えている。近年の開発等により湿原の機能が失われ、その重要性が改めて認識されるようになってきている。泥炭地湿原は植物が分解されずに堆積し、形成されたもので、巨大な炭素貯蔵庫としての役割も持っている。
泥炭は、炭素の純度が低いため、そのままエネルギーとして使われることはなかったが、ピートモスの生産の為に5 メートル下までが採掘された。泥炭の体積速度はおよそ1cm/ 年であり、5 メートルの採掘は5000
年分の深さに相当する。
ピートモスはミズゴケ類を中心に植物が蓄積し不溶化した泥炭で、土壌改良材として用いられる。
2. 再生への取り組み
泥炭が蓄積されるまでの過程には、高層湿原が形成される必要がある。高層湿原では枯死した植物の堆積の上に最終的にミズゴケが生育し、ミズゴケの上に希少種の植物が生育する。
掘削後の泥炭地には残土が戻され、上図の様に浮島が形成される。その上に植物が成長するという、通常とは異なる形での植物の遷移が起こる。図1は裸地周囲にミカズキグサが侵入したばかりの様子。
ミカズキグサの後からはヌマガヤなどの背丈の高い植物が入り込み、ヤチボウズという湿原特有の植物が集まり盛り上がった塊(坊主)
が見られる様になる。乾燥化が進めば奥に見えるヨシやササが、この後に入り込んでしまい、ミズゴケの生育が不可能になる。
3. ミズゴケの役割
ミズゴケは周囲の水位より高いところに自生するため、高層湿原におけるクライマックス( 極相) となる。また1
メートル以上も地下水を吸い上げる能力があると考えられ、水がめとして役割を担っている。ミズゴケの葉には生存に必要な通常の細胞のほかに死細胞である透明細胞が存在する。透明細胞にはミクロの穴が開いており、毛細管現象で水を吸い上げ、蓄える能力がある。
ミズゴケは酸性土壌でも生育が可能で、大量の水を抱えている事から乾燥にも強い。極限環境で生育できる珍しい植物である。今後はバイオミメティクスの対象として、また極限環境で生きる生物のモデルとして研究を進めることで、様々な応用が期待できる。
4. ミズゴケと土壌微生物
裸地からミカズキグサ、ヌマガヤ、ミズゴケへと遷移する。しかし、いつまで経っても裸地のままである土地も存在する。なぜ植物が侵入できないのか?その原因を探るために、土壌の微生物の解析を行っている。
まずは16Sアンプリコン解析によって、細菌叢構造を調べた。その結果、31phylum
の細菌が見つけられた。年代によって、あるいは遷移の状態によって細菌叢構造に変化が見られるのかを検証したい。さらに、18Sアンプリコン解析によって菌類の構造も検証する予定である。(図2)
細菌叢構造の主座標分析によって、裸地の細菌叢構造は互いによく似ているが、ミカズキグサ、ヌマガヤ、ミズゴケと遷移するに従って、採掘年代による違いが見えてきている。(図3)