パリ政治学院、グランゼコールでの学び

佐藤 鞠

 

 私は、パリ政治学院(以下、通称シアンスポ)に2014年8月から1年間の長期交換留学をしています。シアンスポはフランスの歴代大統領や政治家を輩出するエリート養成校であり、フランス独自の「グランゼコール」と呼ばれる高等専門教育機関です。入試受験者の1割程しか選抜され、入学を許可されない年もあるくらい難関だそうです。シアンスポは、「パリ政治学院」という名前のとおり、政治をメインにした教育を行うところです。当然、授業の中心は政治に関する科目になりますが、経済学、法学、歴史学、人文学など授業は多岐に渡ります。留学生向けに、語学やフランス文化に関する授業も開講されていますが、一般的には、正規大学生と同じ授業を履修します。私の場合は、政治学と国際関係学から主に授業を履修しました。 帰国目前ですが、1年間の留学生活で印象深かった授業や、同年代のフランス人とどのようなことを話しているのかを紹介します。

Sciencepo

学校はパリの中心地にあります。東京で例えるなら銀座と表参道を足して2で割ったようなところです。

 1.理想的なExposéとは
   私が履修した授業のなかでとくに印象深かったのは、「日本政治入門」(Introduction à la politique japonaise)の授業です。この授業では、毎回の授業時に必ず学生によるプレゼンテーションが行われます。シアンスポでは、授業内で行うプレゼンテーション(Exposé)に対する厳格な決まりがあります。問題提起を序論でしたあと内容を二つの大きな柱にわけ、結論で終わらせるという決まりです。結論では、必ず問題提起をしたことについて自分の答えを述べなければなりません。また、その答えはプレゼンの途中で発表してはいけません。結論が途中で明らかになってしまうプレゼンは成立してないと見なされます。この決まりは小論文やレポートを書く際にも適用されます。
 こうして、私の留学生活は、「問題提起と第2部構成」の形を頭に叩き込む事から始まりました。高校生のとき小論文の授業で、結論を初めに述べるという形を習ったので、この慣れない形に苦戦しました。首尾一貫としていて簡潔な内容が理想的であり、話が脱線してしまうと教授から低い点数がつけられてしまいます。さらに、Exposéは多くの場合10分で終わらせなければなりません。教授によっては10分過ぎると強制的に終わらせるという方もいました。発表のあとには質疑応答の時間が設けられるので、10分間で話しきれない内容を別にメモするなど、発表のために何時間もかけて準備をしました。

テスト後には気晴らしでセーヌ川沿いでピクニックをしました。

2.多文化、他民族国家のフランス
 後期に履修した「多文化主義と機会の平等」(Le multiculturalisme et égalité des chances)という授業もとても面白い授業でした。この授業では、フランスに生きる黒人、マグレブ系移民、ユダヤ人、イスラム教徒、LGBT(セクシャルマイノリティー)など様々なマイノリティーについて学びました。

 授業内で、Charlie Hebdo事件(独特の風刺画を掲載する週刊誌Charlie Hebdoの出版社が襲撃されたテロ事件)についての意見を交わす議論も行われました。クラスメイトと、テロによって表現の自由が脅かされることはあってはならないことだが、フランスに生きるマイノリティーに対するCharlie Hebdoの風刺は、許容の範囲であるのか話し合いました。教授の「出版社を襲撃したテロリストもフランス社会が生み出した」という発言は今も心に残っています。
 多民族国家としてのフランスでは、「共に生きる」(vivre ensemble)ということが困難な状況が続いています。日本は島国でおおよそ日本人しかいないので想像するのが難しいかもしれませんが、異なる文化を持つ他者を受け入れることは容易ではありません。
 フランスでは、「統合」という言葉を日常会話のなかでよく耳にします。日本で生活をしていると、この言葉を聞く機会は多くないと思います。しかし、移民が多いフランスでは、このフランスへの「統合」はとても重要な争点です。そこに興味を持って、私は様々な文献を読んで考察し、フランスの移民に対する統合政策についてプレゼンテーションをしました。その骨子は、「公の場」ではそれぞれの信仰や人種を捨て、その代わりに「共和国」の一員として「フランス人」になることができるというフランス独特の手順があるということです。日本における国民の考え方とは全く異なります。質疑応答の際に、日本は血統主義であり、かつ二重国籍を有することは基本的には認められていないと説明したところ、フランス人生徒から社会や制度の違いに驚きの声があがりました。

 3.ヨーロッパ人としてのフランス人
 授業の外では何を話しているのかと言えば、ここでも政治や国際情勢について語ってしまうのがシアンスポ生なのではないでしょうか。意見の違いからぶつかることもありますが、喧嘩ではなく純粋に議論を楽しんでいます。

 先日、興味深い議論がありました。EurovisionというEU内で年に一回行われる歌番組があります。各国代表の歌手が歌い、お互いに点数をつけ合い、優勝国を決める大会です。近年は、EU内だけでなく、中東からイスラエル、今年はロシア、オーストラリアも参加していました。歌番組を見ている間は議論が止まりません。ギリシャの出番の際はギリシャの経済状況について意見を述べ合い、トルコは今後EUに加入するのか否かといった話も聞こえました。また、フランス人の友人は多くの参加国が英語で歌う事に不満をもらしていました。Eurovisionとはそれぞれの国の文化の違いを見せ合うのが元々の趣旨のようですが、英語で歌えば文化差が薄れ、これではUniformisation(物事の画一化)だと落胆していました。フランス人はフランス語で歌っており、このことはフランス人にとっても誇りのようでした。今年はロシアとの僅差でスウェーデンが優勝したのですが、ロシア票が増えるたびに友人たちが激しく反論していたのが面白かったです。この大会をテレビで見て、フランス人は「フランス」に帰属しているけれど同時に「EU」にも帰属しているという気持ちがあることを発見しました。
 番組が終わった後、友人から、アジアにこのような大会はあるのかとの質問を受け、また議論が始まり、将来Asiavisionが開催されればいいなと考えた夜でした。