南仏エクスでのあたたかい留学生活

土屋梨沙

留学は、私が高校生のときからの夢でした。とはいっても、特に理由があったわけでもなんでもなくて、ただ単に留学ってかっこいいなあ、なんて思っていただけです。ですから、いざ交換留学を出願するとなり、何のために行くのかもう一度考えなおしてみたとき、少し困りました。そこで、そのときはいろいろな理由を無理やりこじつけてみたのですが、たぶん、本当はなんとなく、フランスへ来てしまいました。

 こうして私はいま、南フランスの小さな町、エクス・アン・プロヴァンスで生活しています。エクスは、大きくはありませんが、いつも天気が良く、きれいで、過ごしやすい街です。画家ポール・セザンヌが描いたサントビクトワール山は、街から眺めるのもよし、登ってそこから街を眺めるのもまた感動的です。少し足をのばせば山にも海にも行くことができますし、目の前いっぱいに広がるブドウ畑やラベンダー畑などを楽しむこともできます。

 来たばかりのころは、銀行口座開設、携帯の契約などの複雑な手続きをしなければならないことを心配していました。しかし、日本人留学生1人に対して、日本語を学ぶフランス人学生が1人担当し、留学生活をサポートしてくれるというチューター制度があったので、何も問題なく、スムーズに手続きを進めることができました。

それでも、滞在許可証と住宅補助を得ることには、かなり時間がかかりました。この二つの申請は昨年8月末ごろに行ったのですが、滞在許可証は今年1月中旬、住宅補助は2月末にやっと受け取ることができました。フランスでは、待っているだけでなく、メールを送ったり、直接担当の人に会いに行ったり、こちらから働きかけていくこと必要なのだと思い知らされました。印象としては、時間はかかれども、最後にはきちんとやってくれる、といった感じです。

私は交換留学生として、エクス・マルセイユ大学の文学部社会学科に所属しています。学科は自由に選べるのですが、これは名ばかりのもので、私たち留学生は学科の枠を越えて授業を選ぶことができます。また、学科の授業とは別に、留学生向けの授業も充実しています。例えば私は、前期は留学生向けの授業を二つ(フランス語とフランス社会学)、社会学の授業を一つ、院生向けの日仏翻訳の授業を一つ取りました。後期は、社会学科から二つ(フランス教育、男女・世代間の社会的関係)、文化人類学科から一つ(ジェンダーと性)、そして映画の分析の授業を取っています。開講されている授業の数が莫大なので、幅広い選択肢の中から自分の興味にあった授業を見つけられます。ここの大学では、一つの授業が3時間または4時間となっています。授業の途中で15分ほどの休憩(これがない授業もあります)を挟むのですが、それでも授業の終わりには、頭はいつも飽和状態です。今期は、映画の授業をのぞく3つの授業が3年生向けなので、内容もかなり複雑で細かく、友達の助けをかりても、ついていくのがやっとです。

いまはちょうどテスト期間で、ノート、参考書、辞書とのにらめっこの日々が続いています。少し前には、結婚制度やカップルについてのレポート提出もありました。私はフランス人の女の子とグループだったのですが、フランスと日本の比較をしながら、またお互いの意見を言い合いながらの作業は、授業以上に勉強になることがたくさんありました。

 このことについては、テスト期間だけに限らず、様々な場面で感じさせられます。自分で選んだ授業は、刺激的で興味深いものばかりです。しかし、机に向かっているだけでは見つけられない、日々の生活を豊かにしてくれる出来事が他にもたくさんあります。

 <寮生活>
私は、フランス人学生と留学生のための寮に住んでいます。部屋は非常に小さく、さらにキッチンは共同です。ですがおかげさまで、毎晩、キッチンで居合わせた友達とお話をしながら食事をとることができます。生まれた国や育った国が違う友達との話は尽きませんし、飽きることもありません。例えば今夜は、法律を勉強しているイタリア人の友人が、イタリアでの地獄のような口頭試問について、私たちに話してくれました。そしてなぜか、珍しく大真面目な人権についての議論に発展し、気が付いたら2時間も経っていました(普段はもっと簡単で楽しい話をしています)。またときには、それぞれの国の伝統料理を振る舞い合うこともあります。共同キッチンは、お世辞にもきれいとは言えませんが、いつも新鮮な気持ちにさせてくれる場所です。

 <日本に興味をもつ人々との交流>
エクスのような小さい街にも、日本語を学ぶフランス人は少なくありません。大学には日本語学科がありますし、それとは別に、フランス人と日本人の交流団体もあります。昨年10月には、隣町マルセイユで開催された「秋祭り」に参加しました。おみくじ、けんだま、紙芝居、盆踊り、書道、生け花など、あらゆる日本の文化や伝統を紹介するイベントです。日本に興味を持っている人々と話すことで、自分の知らない日本について知ることができます。

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秋祭りの様子

 <スポーツの授業>
大学では、スポーツの授業をとることもできます。私はテニスの授業をとっていますが、趣味が同じ、というだけで仲間にいれてもらえます。教授とも仲良くなり、学内の試合に参加させてもらうこともありました。テニスコートの上では、ルールは世界共通、フランス語の能力も関係ありません。それぞれがただ1人のプレーヤーとしてそこに立ちます。言語の重要さは常々感じていますが、言語なしで通じ合える場所があるということも、忘れてはならない大切なことだと感じています。

 このように、外には、新しい発見や出会いがあちこちに散らばっています。私は「外国人」であることを利用して、まずは誰にでも話しかけてみます。クラスの友達、映画館で隣に座っていたおばあちゃん、バカンスでフランスの外へ行ったときに出くわしたフランス語話者、バス停で一緒に待っていた女の子。これはどういう意味ですか、ここへ行くにはどうしたら良いのですか、そんな質問を適当にしてみます。そうすると、たまにそこから盛り上がって、連絡先を交換して、そのあとも交流が続く、なんてこともあるのです。それは私の留学生活を一層豊かにしてくれます。

こちらに来てから、すでに8か月が経ちました。はじめにも言いましたが、私は大した理由もなく留学へ来てしまいました。ですが、それでもよかったのだと、今は感じています。私にとっての留学、それは、たったひとつ何かのため、ということではありませんでした。私は何のためにここへ来たのか、生活しながら、ひしひしと、「実感」し続けています。それは例えば、この場所に来るためだった、この話を聞くためだった、この瞬間を過ごすためだった、この人に出会うためだった…日常の中の些細なことです。そうした一つ一つを大切にすること、そしてその連続の中で生きていることに気づくこと、これがいわゆる充実というやつなのだ、と感じています。
思い立ったら、飛び込んでみる。想像していた以上のものが、あとからついてきます。これを読んでくださったあなたにも、充実した日々が待っていますように。

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サントビクトワール山登頂!