ジュネーヴでの一年間の留学生活も残りあと二か月弱となりました。私はジュネーヴ大学のFaculté des sciences de la société (社会学部)でジェンダーの勉強をしています。このブログでは自分の印象に残ったことや考えたことを二つの点からまとめてみます。
ジュネーヴでジェンダー研究をすること
秋学期に、女性労働問題をテーマとした修士課程の授業を聴講していた時、フランス語圏、さらにはジュネーヴでのジェンダー研究の実態を少し目の当たりにしました。学生のある一人の「自分がジェンダー研究をしていると言うとき、études genre(フランス語でジェンダー研究の意味、études de genre)では分かってもらえないことが多いのにgender studies と英語にすると通じることが多い」という発言がきっかけでした。自分の研究してきた分野をフランス語で学んでみたいという思いで留学を決めた私にとってはフランス語圏でのジェンダー研究の普及の遅れはかなりショックなものでした。しかし裏を返せば、フランス語圏でなぜここまでこの分野の研究が知られていないのか、他の言語圏と比べて女性の権利や男女平等に関しての認識の違いはどのように形成されるのか、などはフランス語圏で研究するからこそ生まれる質問なのかもしれません。さらには、スイスという国自体はジェンダーの価値観や規範に関して少し保守的な立場を取っているのに対して、大都市ジュネーヴは比較的自由な考えがあるように感じられます。実際、ジュネーヴだけがスイスの中で唯一学校給食のシステムを持つ州で、そのおかげで子供を持つ女性が子供の昼食を作るのに仕事の昼休み中に帰宅する必要がありません。女性が家にいることを前提とする社会制度に基づいた国家の中で、女性の労働環境が多少整備されているということです。また、ジュネーヴ市内を走るバスに家庭内暴力の問題に関心を持たせる広告が張られていたりもします。州単位で政策が違うスイスだからこそこのような発見があるのでしょう。履修中のジェンダーの平等についての授業は、中世の絵画に男女の社会的役割の違いがどのように表れているかを分析したり、スイスの女性参政権獲得までの経緯を観察するなどしています。(スイスで女性に参政権が認められたのは1971年であり、ヨーロッパの中では5番目に遅い記録です。)このように様々な分野から、男女を取り巻く問題やそれの根本にある社会構造の実態を学んでいます。自分が予想していたよりも広い視野や意識を持つことができたという意味で、ジュネーヴでジェンダーを学ぶことができてよかったと思います。外国語で興味のある分野を学ぶ確固たる意義や理由は、留学前では想像もつかないものだと実感しています。
自分の軸となるもの
勉強の話に続き、留学に興味を持たれている方々にお伝えしたいことがもう一つあります。自分がどのような軸を持って留学生活を送るかが重要だということでした。スイスは日本の物価の二倍以上、しかも初めての一人暮らしですから、こちらでの生活環境は日本でのそれとは劇的に異なるものでした。実際、二週間に一回買い物をしにバスや徒歩で国境を渡りフランスに行くことになるとは想像もしていませんでした。とはいえ、異なる環境への適応はあくまでそれまでの習慣を表面的に変えることにすぎず、何を基準に自分の行動や言動を決めていくかは、国、生活環境、周囲の人間関係とは全く離れたものだと実感しています。自分の意識や目標がどこにあるのかを意識して生活することが大事です。そして私はこの留学で自分の価値観や考え方がどれだけ日本的な「常識」に基づいているか、自分の意見を他人に伝えるときどこまで伝えるべきかを意識するようになりました。フランス語全体のレベルの底上げやコミュニケーション能力の向上を目標として持つことは大事ですが、このような客観的には捉えにくい意識の変化も留学の糧になると思っています。大それたことを長々と書いてしまいましたが、実際は私自身が思い描いていた理想の生活には追い付いていません。けれどもその中で積んだ経験や教訓があるからこそ自分の将来の進路やフランス語の勉強と向き合えるのだと思っています。このブログが留学を考える方に向けて何かの参考になれば嬉しい限りです。
(2018年5月10日)