「Bienvenue chez les Ch’tis」(Ch’tisの地へようこそ)というフランス映画を知っていますか。フランス語学科にもファンの多い『アメリ』や『最強のふたり』をおさえてフランス国内で歴代興行収入 第2位を記録した映画です。南仏で働く郵便局員フィリップがある日北部への転勤を命じられ、初めは嫌々ながらも人々との交流を通じて北部の魅力に引き込ま れていく、という物語。タイトルにもなっているCh’tiという単語は北部に暮らす人々と彼らが話すフランス語(早口、sをchと発音することなどが特 徴)を意味します。私の留学先はこの映画の舞台になったフランス北部オー=ド=フランス地域圏の首府、リールという街です。自分で選んだ留学先ではあるも のの出発前は学科の教授や先輩、会う人会う人にリールは暗くて寒いところだと言われ、やや不安もありました… けれども最終的にはフィリップのようにリールが大好き になりました。
リールについて
リールはフランス北部に位置する都市です。学生が多い街として知られ、15〜29歳の人口は総人口の1/4を占めると言われています。リールにはグラン・ プラス(1番大きな広場)を挟む形で2つの主要駅と旧市街が広がっています。街の規模はあまり大きくなく、有名所は数日あれば回れます。とはいえ中心部に 行けばテラスでビールを片手に語らう人たちで賑わっていたり、ショッピング通りがあったりと程よく活気があり私にはちょうどよかったです。
リールの魅力の1つとして、ヨーロッパの都市へアクセスしやすいことが挙げられます。パリへは電車で1時間、ロンドンへは1時間30分、お隣ベルギーの首 都ブリュッセルへは35分で行けてしまいます。週末には学生向けお手頃日帰りバスツアーが出ることもあります。私も1度バスでアムステルダム行きのツアー に参加しました。朝が早いことが難点ですが、日帰りで国を行き来できるなんてすごい、と興奮したことを覚えています。
学校生活
私は上智大学の交換留学の制度を使って留学しました。協定校の中から希望大学を選び、GPA(成績評価値)と志望理由書、面接による選考を経て留学先を決定します。
私が通っていたリール・カトリック大学は5つの学部からなる私立の総合大学です。大学の周囲には系列の専門学校が点在していて、複数の学部や学校に籍を置 くことが可能です。例えば、韓国から留学していた友人は文学の勉強のかたわら、ビジネスの専門学校にも通っていました。リール・カトリック大学は校舎が美 しいことでも知られています。尖塔や細長い窓が特徴的なネオゴシック調のメインキャンパスは、毎年開催されるLes journées européennes du Patrimoine(ヨーロッパ文化遺産の日)に一般公開されているほどです。暖かくなると中庭の芝生にわらわらと生徒が出てきてくつろぐ姿が見られま す。こういった開放的な雰囲気はとても魅力的でした。
大学ではFLSH(Faculté des Lettres et Sciences Humaines)と呼ばれる人文科学部に所属していました。文学はもちろんのこと、歴史や地理、翻訳など幅広い分野について学ぶことができます。留学生 には週最低12時間の授業時間が課されていて、私は前・後期それぞれ8コマの授業を履修しました。必修のフランス語の授業もあったので、そこで文法や語彙 を再確認しつつ専門的な授業に備えるという感じでした。1コマ2〜3時間の授業がほとんどで、ときには休憩無しでフランス語のシャワーを浴び続けること もありました。
1年を通して特に印象に残ったのは社会学の授業です。私が興味を持っている教育社会学の勉強の助けになると思い受講しました。Sociologie de la culture(文化社会学)の授業はピエール・ブルデューをはじめフランスの著名な社会学者の研究を取り上げながら進められました。簡単に講義内容をまとめると、私たちが自らの意思で自由に選択しているように見える文化的活動(美術館への訪問や音楽の好みなど)は、実は社会階層や教育によって規定されており、近年では文化に関する「雑食化」が進んでいるというものでした。自分自身や自分の研究テーマに引き寄せて考えられる話題が多く、毎回の授 業が興味深かったです。
学校外の生活
私は大学が運営する学生寮で生活していました。フランス人と留学生の割合は7:3くらい。圧倒的にパワフルなフランス人の高速日常会話に飛び込んでいくの はときに居心地が悪く難しいものでしたが、それでも寮内の行事や共用キッチンでの交流を通して数名の友人ができ、休日に一緒に出かけたりフランス語の練習 に付き合ってもらったりといい時間が過ごせました。
長期休暇には地繋がりのヨーロッパを満喫しようと旅行をしました。年に数回まとまった休暇があるので行きたい国や都市を訪れるチャンスは十分にあると思い ます。留学後半はフランス国内の地方を見てみたいと思い立ち、TGV(フランスの高速鉄道)の乗り放題プランに登録しました。場所によって建築に特徴が あったり、住人の雰囲気が違ったり多くの発見がありました。なかでも、映画の原点であるシネマトグラフを開発したルミエール兄弟の生まれ故郷リヨンで当時 の技術に触れられたことや、国際映画祭で盛り上がるカンヌの雰囲気を実際に肌で感じられたことが印象に残っています。
留学を終えて
以前は語学=留学という式がなんとなく頭の中にありましたが、質のいい教材や音声が簡単に手に入る今の時代、留学だけが言語を習得するための手段というわ けではありません。日本にいながら外国語を学ぶことはもちろん可能です。ただ、私は約10ヶ月間の滞在を終え、留学してよかったと思っています。実際にフ ランスで暮らしてみると、教科書に向かっていたときは思いつきもしなかった視点や気づきを得られることがあります。フランス人の若者はこういう議論をする んだなあ、日曜日はお店が休みなんだなあ、などなど日常の些細なことがほとんどですがこういう気づきが刺激になったり新たな興味・関心につながったりする かもしれません。経験したことのない環境に身を置くのは勇気のいることですが、きっと充実した日々が待っています。Bon courage !