不安と期待の両方を胸にリールでの生活を始めてから早8ヶ月、留学生活も残りわずかとなってしまいました。リールはフランス北部のベルギーとの国境近くに位置している町で、私は去年の9月からこの小さな町にあるリール第3大学(Université de Lille 3)(注1)で勉強しています。長い間お世話になった分厚いダウンジャケットもついに出番がなくなり、あちこちで花が咲き始める中、春の訪れを感じると同時にもう すぐ帰国してしまうのか…と寂しさも感じます。
一石二鳥の交換留学
私は交換留学生としてリール第3大学で勉強をしていますが、この制度の最大の特徴は前期は語学学校(DEFI)(注2)、後期は大学の学部に所属することができることです。(TCF /DELFがB2以上であれば、最初から学部に所属することも可能です。)語学学校できちんとフランス語も学びたいけどフランスに留学するからには学部の授業も受けたい、そんな欲張りな私からするとリール第3大学は私の望みを叶えてくれるぴったりな留学先でした。語学学校と学部の授業では特徴も雰囲気も異なり、留学先で自分が何を学びたいのかを考える上でも、そもそも語学学校に通うのか、学部に通うのかという選択は重要になってくると思います。
語学学校の良いところは、4技能をバランス良く勉強できることです。DEFI (Département de L’enseignement du Français)と呼ばれるリール大学付属の語学学校では一コマ1〜3時間の授業を週に計15時間受けます。プレイスメントテストの結果で A1,A2,B1,B2にレベル分けがされますが、同じレベルでも同国籍の人が集まりすぎないようにグループ分けがされるので国際色豊かなクラスの中、互いに切磋琢磨してフランス語の勉強をすることができます。しかし問題が一つあるとすれば、皆フランス語を学ぶ「外国人」なので、授業以外で会話を交わす際は自分のフランス語が間違っていても直してくれる人はいません。互いにわからない単語や表現があると、話が進まず辞書に頼ったり、曖昧なままにして話を先に進めることもあります。私はB2のクラスにいたので、皆ある程度の会話はできるのですが、やはりネイティブのフランス人の会話とは違います。
それに比べ、大学の授業は語学学校とはまた雰囲気ががらりと変わります。Université de Lilleは計3つあり、上智大学と協定を結んでいる第3大学はSciences Humaines et Sociales、つまり文系の学部が所属している大学です。私はScience du langageという学部に所属して、言語学を学んでいます。もちろん学部によっても授業形態は異なりますが、多くの場合licence 1(大学1年目)の授業は大人数で講義の授業が多く、licence 2や3(大学2、3年目)に上がると少人数で専門的な内容の授業が大半になります。留学生は基本的に学年や所属している学部に限らず履修できますから、シラバスを読んで少しでも気になったらとりあえず最初の授業に出てみることをお勧めします。また、リール第3大学には日本語学科もあり、この学科の授業も取ることができます。語学学校に比べ、学部では教授の講義を聞く割合が多いためにリスニング力は鍛えられますが、フランス語の学習という点では受け身の状態になってしまいます。しかし興味のある分野を専門的にフランス語で学べるのはやはり学部ならではではないでしょうか。
La pensée avant le langage ou le langage avant la pensée?
あなたは思考と言語、どちらが先だと思いますか。
これは私が学部で履修していたPensée et langageという授業で一番初めに教授が出した質問です。言語が先であると答えた場合、「今自分が見ている世界は自分が話している言語、または育ってきた環境の中で形成されたものである」と考えることになるでしょう。反対に、思考が先であると答えた場合には、「言語は考えを伝える媒体にすぎず、思考が言語に影響を与える」という意見になるのではないでしょうか。私がこの質問を引用したのは、この留学を通して自分が前者から後者の考えに変わったからです。もちろんこの質問に正しい答えはなく、あくまでも私の意見にすぎません。
私は今回の留学が初めての海外経験ではなく、幼少期をアメリカで過ごしていました。8歳の時に渡米した為、アメリカ文化にすぐに溶け込んだというよりも日本人としてのアイデンティティーを捨てきれず、幼いながら様々なカルチャーショックを受けていたのを覚えています。そして言語が全く異なる二つの地域で育ち、いつしか「言語が違うだけでこれほど考え方も違う」と思うようになりました。同時に、日本とアメリカの2つの国の間に挟まれた自分のアイデンティティーの拠り所に迷うこともありました。話している言語によって考えが異なるのは当たり前と考えていた私からするとバイリンガルをどう分類すべきなのか、自分でもわからなかったのです。しかしフランスでの留学生活に慣れ始めた頃、ルクセンブルグで育った日本人と話す機会があり、その人に「幼い頃から複数の言語を話す環境の中で育ってきて、自分が話している言語によって考え 方は変わりますか?」と尋ねました。実にあっさり「変わらないよ。」という答えが返ってきました。それもそのはずで2、3ヶ国語を話せる人が多く、言語が個人の中でも国の中でも共存している複言語主義のヨーロッパで暮らす人たちを「言語が思考を影響する」という考えに当てはめてしまっては、多くの人が頭の中に複数の別々の 考えを持っている状態になってしまいます。しかし実際には思考は一つしかなく、それぞれの言語はそれを引き出す道具でしかありません。私はこれに気付いた時に今までずれていた自分の中のパズルのピースがうまくはまった気がしました。
フランスで暮らしているともちろん日本と異なる文化や習慣を目にし、新たに気づくことも多くあるかもしれません。しかし、違いだけではなく同時に共通点も見えてく ると思います。そしてそれは複数の言語が共存し、異なる言語の話者がこんなにも隣同士で暮らしているヨーロッパにいるからこそ、その共通点がよりはっきりと見えてくるのではないでしょうか。あなた自身も留学をした後、自分にこのような問いかけをしてみてはいかがでしょうか?
(2018年4月18日)
(注1)2018年からリール第一〜第三までの三つの大学が統合され、学生数7万名のフランス最大の大学、Université de Lilleとなった。
(注2) DEFIのサイト(フランス語)