リールカトリック大学でアートとロジカル思考を学ぶ

富田百香

私は2021年の8月にリールに滞在し、2021年9月から交換留学生としてリールカトリック大学人文科学部3年次に留学しています。フランス北の街・リールでも4月に入ってから日中は春の陽気を感じられるようになってきましたが、早朝や夜はまだ少し肌寒い日が続いています。

【リールカトリック大学でアートを学ぶ】

私が留学先にリールカトリック大学を選んだ主な理由としては、

・西洋美術史を専門的に学べる学部がある

・交換留学対象のフランス国内の大学内でも留学生数が多く、留学制度が充実している

等が挙げられます。なかでもリ ールカトリック大学 のFLSH(La Faculté de Lettres et Sciences Humaines)はいわゆる文学部と人間科学部が合体した学部で、美術、文学、哲学、映画、音楽、心理学など幅広いジャンルの授業を履修できます。

私は高校生の頃から19世紀のフランスを舞台とする美術史に関する興味があったため、上智大学フランス語学科3年次の春学期に美術・哲学ゼミに所属し、フランスにおける「愛」の形の変遷を西洋絵画で辿る授業をフランス語で受講し  ていました。必修科目以外でも西洋美術史やポップカルチャーの授業を積極的に取っていたのに加え、ゼミを機にさらに関心が高まり、留学先でも アートの授業を履修しようと決めました。

【留学先での履修科目】

・フランスの大学の前期:2021年9月から2022年12月:

留学生対象の授業(ビジネスフレンチ、基礎フランス語etc)と西洋美術史(19世紀仏美術史、ルネサンス美術etc)に関連する授業等

・フランスの大学の後期:2022年1月から4月:

現代的な「文化」にフォーカスした授業(ファッション/デザインの歴史、文化経営、映画論etc)

【フランスの大学生が学ぶこと】

さて、フランスに留学するメリットは様々ありますが、私が予想以上に鍛えられたのは「ロジックを考える力」です。つまり「その物事はなぜ重要なのだろう?」「どのような流れで生まれたのだろう?」と考え、見破る力です。

フランスはバカロレアという記述式の難関な大学入試資格試験 を採用していることで有名ですが、大学でも中間・期末試験やプレゼンテーション、エッセイなどあらゆる場面で論理的に考え、言葉にして表現する能力が試されます。例えば、先日行われたデザインとファッション史の授業の期末課題は、

①3つの時代区分が設定され、

②その中から1つずつテーマを選び、

③基本的知識とその出来事の意義/歴史的文脈を25個程度の単語に集約させ

④ツリー状の図にまとめた「マインドマップ」を授業時間内にグループで作成する

というものでした。「歴史の中でどういう流れで生まれたものなのか?」「現代にどのように影響したか?」などの問いをテーマと紐づけ、アイディアを形にする作業をフランス語で行うのは難しかったのですが、自分たちの考えを誰が見ても分かるよう表現するアウトプットの手段 としてはとても新鮮なものでした。

【大学の外でもロジック!】

「文脈理解」の取り組みは、実は大学外でも重要視されています。私は美術館を訪れた際、そのことに気が付きました 。なぜならフランスの美術展示は、作品の「核」となる信条や作品が生まれた経緯を空間全体を使って表現しているからです。壁の色使いや日光や建物の構造などの展示テクニックは素晴らしく、非常に見ごたえがあります。実際、昨年Palais des beaux artsで行われたゴヤ展では、ゴヤ作品に特徴的なダークな世界観をデジタル技術とともに全身で感じられるよう、「閉鎖空間」を表現したシアターが美術館内に特設され反響を呼びました。フランスの地方美術館の取り組みは、研究員の方たちのオリジナリティに溢れています。

Palais des beaux artsで行われたゴヤ展の様子。

Palais des beaux artsで行われたゴヤ展の様子。プロジェクション技術によって360°のパノラマでゴヤ作品の世界観を体験できます。

2004年に芸術都市に指定されたリールには、個性豊かな美術館揃いです。 国内でルーブル美術館に次ぐ面積を誇るPalais des beaux arts、プールを改装してできた地域の繊維業の伝統に特化したPiscine など、芸術専攻の学生はその多くに無料で入場でき、毎月第一日曜日には誰でも無料で入館できます。すべての人が芸術文化にアクセスできることを目指すフランスでは、アートは決して敷居の高いものではなく、年齢問わず気軽に行ける場所です。私自身もかなりの数の美術展に足を運びました。

 

La Piscine:フランス語で「プール」を意味する名の通り、プールを改装してできた美術館です。中央の太陽を模したステンドグラスから入る陽光が館内を照らし、明るく洗練された雰囲気でした。

La Piscine:フランス語で「プール」を意味する名の通り、プールを改装してできた美術館です。中央の太陽を模したステンドグラスから入る陽光が館内を照らし、明るく洗練された雰囲気でした。

【過去を語り継ぐリール】

リールは、各地方から仕事や学業の関係で引っ越してきた人や世界各国からの留学生、マグレブ系移民など、多様なバックグラウンドを持つ人がひしめき合う、人の移動 が活発な街です。一方でこの地域に長年住んでいるリロワーズ(リール市民)の郷土愛がひしひしと伝わってくる街だと私は住んでみて感じました。フランス北部の国境付近で「国の砦」としての役割を担ってきた地域ならではの複雑な歴史や共同体の伝統・文化を、ナショナルアイデンティティとともに、イベントや伝統料理を通じて大切に継承しているのです。「過去を学び、現在リールの街に集う人の多様なアイデンティティのあり方を尊重し、未来に繋ぐ。」

リールが街ぐるみで行うイベントは、賑やかで華やかなのはもちろん、街に住む人々がそのような共存意識を持っているからこそ、活気に溢れ魅力的なのだと思います。

実際にリールの街を歩いていると、ネオゴシック建築・ベルギーのアールヌーヴォー様式・北部地方に典型的なレンガ造りの家・ガラス張りの近代的建築など、異なる時代と異なる文化圏の爪痕を色濃く残した建物の数々に目が留まります。最初こそ、なぜこんなにバラバラなんだろうと違和感があったのですが、街の歴史を大学で学び再び同じ景色を見たとき、その街並みはまるで多様な人々が共存するリールの姿そのもののように感じられました。

センター街でひと際目を引く時計塔。すぐ隣にはオペラ座やグランプラス(広場)があり、リール市民の憩いの場になっています。

センター街でひと際目を引く時計塔。すぐ隣にはオペラ座やグランプラス(広場)があり、リール市民の憩いの場になっています。

ロジックを考えることで、身の回りにある様々なモノがもつ「価値」に気が付くと、普段見慣れていた風景やモノがまるで新しい見え方に変わります。フランスでの留学生活は、見えていなかった日常の中のロジックに気が付く、という特別な経験の連続です。コロナ禍での今回の留学は周囲の方々のサポート  なしでは実現できませんでした。コロナ禍においてはリールカトリック大学に健康証明書や事前のワクチン接種の証明書を提出するという条件で留学生の受け入れを認めていただきましたし、フランス人のクラスメイトはマスクで会話がしづらい中でもくり返し言ったりと気遣ってくれました。

留学後はこの留学で体験したことを、帰国後にはぜひ沢山の人と共有していきたいと思います。

リールカトリック大学のメインキャンパス

リールカトリック大学のメインキャンパス

大学内のカテドラルではミサが行われ、学生も参加できます

大学内のカテドラルではミサが行われ、学生も参加できます