概要
批判的思考力は英語教育を含む現代の教育現場において培われるべき能力の一つとして認められている。特に内容言語統合型学習 (CLIL) において、その能力は言語運用能力、科目の知識と共に重要視されている。しかしながら、CLILにおける批判的思考力に関する研究は未だに数が少なく、指導や評価に関する知識が不足しているのが現状である。本共同研究では、大学レベルでのCLILに焦点を当て、以下の二つの研究課題を扱う。
一つ目の研究課題では、論証エッセイから学生の批判的思考を測定するためのルーブリックの開発を目指す。研究代表者が2021年度から収集・分析してきた研究データ(11人の批判的思考の専門家が批判的思考の評価に使用する判断基準)から、批判的思考を構成する重要な下位能力・スキルを特定し、ルーブリックのたたき台を作成する。その後、3人の言語評価の専門家からアドバイスを受け、評価ルーブリックを改定する。そして、3人の大学英語教員に改定したルーブリックを使用してもらい、日本人大学生が書いた論証エッセイの評価を依頼する。スコア分析を通して妥当性と信頼性を検証する。CLILのライティング評価に応用可能なルーブリック開発を目指す。
二つ目の研究課題では、CLILの授業における教育活動が学生の批判的思考にどのような影響をもたらすかを明らかにする。上智大学で実践されているCLILの授業において、学生同士のインターアクションによって批判的思考がどのように発展していくのかを質的に分析する。共同研究者が2019年度からCLILの授業内で収集・分析をしてきた学生同士のグループディスカッションにおけるインターアクションのデータをさらに深く掘り下げていく。その過程で、教室談話分析の専門家であるChristiane Dalton-Puffer教授とAna Llinares教授からデータ分析に関するアドバイスを受け、まだ研究の少ない学習者同士のグループディスカッションに焦点をあててさらにデータ分析を進めていく。
主旨
理論言語学は、過去半世紀の間に著しい発展を遂げてきたが、その注目すべき成果の一つは、人間言語の普遍性と多様性とを、適正な方法論に基づいて正面から問うことができる理論的基盤を確立したことである。言語に普遍性が存在することは、言語が生物学的な種としてのヒトの特性として獲得・使用可能なものであるという事実からの必然的帰結であるが、その一方で、現実の言語には広範な多様性が存在する。言語の普遍的特性は何であろうか。また、言語の多様性の根源は何であろうか。
以上の問題意識から出発し、この共同研究では2012年度から2022年度にかけて、主にドイツ語・英語・日本語・トンガ語の実証的な比較、対照研究に基づきながら、「統辞法の原始演算」「否定と経済性との関係」「生物言語学のメカニズムの因果性」をはじめとする様々なトピックの扱いを通じて言語の普遍性・多様性の実相の一端を明らかにしてきた。さらには、「空間移動表現」「放出動詞」といったトピックを手がかりに、統辞論とレキシコンとの密接な関係にも着目し、語彙特性が様々な文法現象にどのように関与しているのかという点についても詳細な検討を加えてきた。こうした多彩な実証的成果を踏まえ、2023年度も、言語の普遍性・多様性や統辞論とレキシコンのインターフェイスをめぐる諸問題について、引き続き理論的な考察を深めていく予定である。
本共同研究の背景、目的および進捗状況
話し手の数が相対的に少ない少数言語は、近代化の過程で衰退・消滅が進むと考えられてきた。実際、世界各地で少数言語の消滅が進んでいることが報告されている。一方、少数言語の維持・復興・再活性化をめざす動きも多くみられる。従来、言語取り替えに対して少数言語の保持をめざす運動や政策の調査は、言語維持・取り替え研究という枠組みで行われることが多かった。そこにおいては、言語共同体内での母語話者の再生産が、言語維持・復興のために中核的な重要性をもつことが前提とされてきた。
しかし、現実には、特定地域における話者の共同体を維持することが困難な場合が少なくなく、また、その共同体自体の多様な(多言語的・多文化的)性格が次第に認識されるようになった結果、母語話者による継承を補完する、あるいは乗り越える新たな方法が模索されてきた。本研究では、近年注目されている、そのような動きに焦点をあてて、言語をこえた比較を行う。異なるタイプの少数言語を比較することで、少数言語復興の枠組みにとどまらない言語の社会的なあり方自体について、新しい知見を得ることをめざす。
具体的には、家庭外の教育機関などで少数言語を身につけた「新話者」といわれる話者タイプの存在、地域共同体での使用・継承をこえた「ポスト・ヴァナキュラー」と呼ばれる言語使用のあり方、非話者を含む地域の資源として少数言語をとらえる試みなどを、言語習得・教育および使用、アイデンティティ、イデオロギーの各観点から比較検討する。主に、いずれも特徴的な独自の動向がみられるヨーロッパの少数言語であるケルノウ(コーンウォール)語、ソルブ語、バスク語、フランコプロヴァンス語および日本のアイヌ語をとりあげ、南米など他地域の少数言語の状況をも参照する。2023年度は、引き続き、共通する点や相違を探っていくことになる。
プロジェクトの目的
『卒論、ゼミ論、レポートのための言語研究論文作成ワークブック』(第3版)を昨年度出版した。あわせてニーズ分析を実施した。本年度はその結果を検討し、さらに充実した内容の第4版を出版することを目的とする。
これまでの研究成果
2011年度から2013年度まで、本学の教育イノベーション・プログラムにより、理論的基盤をまとめ(#1)、さらに外国語学部の学生1,222名を対象に調査を行い、詳細な分析を行った(#2)。2014年度は、外国語学部ドイツ語、フランス語、ポルトガル語、イスパニア語各学科に属する50名の学生の対象言語能力自己評価、履修した外国語科目の成績、外部試験の成績のみならず、他学部に属してはいるが外国語学習にとりわけ関心のある学生合計100名の自己評価と学習方略の関係を調査した(#3、#4)。2016年度は、全学部に視野を広げ、外国語学部のみならず、理工学部、文学部等の学生に調査を行い、自己評価、学習ストラテジー、専門分野の関係を探った(#5)。研究科の成果を生かしながら、2018年度は『論文の書き方』(#6)を発行、2019年はその改訂版『卒論、ゼミ論、レポートのための言語研究論文作成の手引き』(#7)を発行し、言語をテーマとするゼミの履修生に配布し好評を得ている。2020年度はさらにワークシート等を加えて内容を充実させた。2021年度はさらに多くの学生たちの研究に資するため同ワークブックの電子版を作成した。2022年度は第2版の改訂版を出版した。
期待される教育効果
日本語、英語、仏語、独語、西語、葡語、露語、7各語を執筆言語とする論文作成マニュアルであることから、論文執筆、指導をより速やかに効果的に行うための指針となることが期待される。
概要
第二言語習得は欧米語に関する研究は盛んだが、日本語に関しては、特に学習者の認知的なメカニズムの側面から習得を探る実証研究はそれほど多くない。第二言語習得は外的要因(学習環境、教授法)と内的要因(学習者の特性)、言語形式の特性(発達段階、難易度)などが複合的に絡み合う複雑なプロセスである。その根底には学習者の内的な認知的メカニズム、さらには脳内メカニズムが存在する。これらの複雑な関係を一つ一つ解き明かしていく必要がある。
昨年から来日する留学生が戻って来ており、学内における学習者からのデータ収集も可能になっている。新たなデータ収集を行うと共に、既存のデータ、公開されているコーパスなども併用しながら研究を進めていく。
1) 国立国語研究所が構築した日本語学習者の大規模データコーパス(I-JAS)および、日本語学習者6名の3年間の縦断データのコーパス(C-JAS)を用い、言語処理可能性理論による文法の発達段階のモデルの精緻化を目ざす。前年度はヴォイス、特に受動文の使用に着目して分析を行い、統計的手法(CART分析)を用いて、日本語運用力テストの点数から受動文の使用を予測するモデルを構築した。今年度は、さらにそれを発展させ、使役や授受表現など受動文以外の要素を含めた複数項目の発達を予測するモデルの構築を目ざす。
2) 昨年度に引き続き、すでに収集済みの、外国語環境にいるモンゴル語話者のデータを用いて、言語適性と学習成果の関係を探る。昨年度は音韻的短期記憶と第二言語能力の関係を見たので、今年度はさらに、言語適性(作動記憶の容量、音韻的短期記憶、言語分析能力)と発話能力(特に発話の複雑さ、正確さ、流暢さ)との関係を明らかにする。
3) 学習条件やスキル領域によって、言語適性のどんな構成要素が習得に影響を及ぼすかを調べる。今年度は読解における言語適性の関わりを調べる。読解力を予測する言語適性として、作動記憶の容量や、テキスト記憶、情報処理速度などを扱う。また、読解能力の測定において、大規模試験に見られるような多肢選択問題や、テキストを読んだ後の再話の能力などを測り、測定方法による違いが見られるかも検討する。また、学習条件の違いによる習得へのインパクトを調べるために、実験材料の作成に着手する。
概要
本研究は,2022年度の研究課題「音声学および語学教育におけるリモート環境活用に関する研究」の継続である。各種クラウド環境および対面環境を併用する音声教育システムの開発と基礎研究を行うことを目的とする.
COVID-19の収束がなかなか見通せない一方で,教育・研究におけるリモート環境の運用において様々な経験が蓄積され,リモート環境のメリットとデメリットについても多くの議論がある。特に,リモートと対面のハイブリッド環境における実践は今も試行錯誤が続いている。たとえば複数の端末が同一室内でアクセスするときのハウリングやマイクのトラブルなどは多くの場面で頻発する。これは音声学教育において特に致命的であり,安定的なハイブリッド環境の構築と音声素材の円滑な運用が強く求められる。また,音声実験の実施についても密閉状態にあって十分な換気が難しい防音室に長時間参加者を留まらせる課題は行いにくい。近年はE-prime, Inquisitなどすでに音声学研究室で運用中の実験プラットフォーム以外にも様々なサービスが登場してきており,中には参加者のリクルートを含めた組織的な運用が可能なサービス(Crowdworks, Gorillaなど)もある。
このような現状に鑑み,音響機材をさらに充実させると共に,有料の実験プラットフォームを試用することを含め,様々なノウハウを蓄積することが必要である。2023年度はそのための機材・用品・オンラインソフトウェア等の購入費用を重点的に申請する。
情報技術の発達によりコーパス言語学が様々な分野で大きく発展しており、中でも談話分析や文法研究に大きく貢献している。本研究は、現代フランス語のディスコースマーカーを対象にし、コーパス研究によりその理解を深めることを目的とする。
コーパスとしては、主にATILF(Analyse et Traitement Informatique de la Langue Française)が開発しているFrantextとELRA(European Language Resources Association)が提供しているLe Monde紙のコーパスを使用している。Frantextは数世紀にわたる様々なジャンルの作品で構成されるコーパスである一方、Le Monde紙のコーパスは現代における標準的な書き言葉による均質なコーパスである。性格の異なる2種類のコーパスを活用することで、大規模コーパスの計量的調査を中心に様々なアプローチで研究対象を検討することが可能となる。
このような調査手法を用いることで期待できる研究成果は主に、ネイティブチェックによってマーカー同士の置換可能性を測るといった従来の手法では明らかにすることが難しいマーカーの統語論的、談話論的な生起環境、共起する形式といった、使用傾向を明らかにし、それぞれの本質を浮き彫りにすることである。
2019~2022年度においては、上記のコーパスを使用したディスコースマーカーの研究を行う中で、既にその成果の一部を発表するに至っている。その結果に基づいて、2023年度はさらにLe Monde紙のコーパスを拡張し、データ収集とその分析を深めていく予定である。
概要
2022年の活動はCLILと EMIへの教師の関与に関する質的研究を展開させ、ズームにおいて日本および海外からの講師を招き、研究メンバーが積極的に対話をする機会を設けることであった。2023年は引き続きCLILと EMIへの教師の関与についての質的研究を進めながら、CLILの専門家のインタビュー活動を進め、ポッドキャストという形で最新の研究をCLILの研究者、教育者、大学院生向けに提供する。具体的には批判的思考と創造性を引きだすCLILの教育についてインタビューを行う。