2021年度 所内共同研究プロジェクト

 

新規▶復興・再活性化における少数言語変容の比較研究

  • 木村護郎クリストフ(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ドイツ語学科教授)
  • アインゲル・アロツ(SOLIFIC正所員、外国語学部イスパニア語学科准教授)

概要

話し手の数が相対的に少ない少数言語は、近代化の過程で衰退・消滅が進むと考えられてきた。実際、世界各地で少数言語の消滅が進んでいることが報告されている。一方、少数言語の維持・復興・再活性化をめざす動きも多くみられる。従来、言語取り替えに対して少数言語の保持をめざす運動や政策の調査は、言語維持・取り替え研究という枠組みで行われることが多かった。そこにおいては、言語共同体内での母語話者の再生産が、言語維持・復興のために中核的な重要性をもつことが前提とされてきた。

しかし、現実には、特定地域における話者の共同体を維持することが困難な場合が少なくなく、また、その共同体自体の多様な(多言語的・多文化的)性格が次第に認識されるようになった結果、母語話者による継承を補完する、あるいは乗り越える新たな方法が模索されてきた。本研究では、近年注目されている、そのような動きに焦点をあてて、言語をこえた比較を行う。異なるタイプの少数言語を比較することで、少数言語復興の枠組みにとどまらない言語の社会的なあり方自体について、新しい知見を得ることをめざす。

具体的には、家庭外の教育機関などで少数言語を身につけた「新話者」といわれる話者タイプの存在、地域共同体での使用・継承をこえた「ポスト・ヴァナキュラー」と呼ばれる言語使用のあり方、非話者を含む地域の資源として少数言語をとらえる試みなどを、言語習得・教育および使用、アイデンティティ、イデオロギーの各観点から比較検討する。主に、いずれも特徴的な独自の動向がみられるヨーロッパの少数言語であるケルノウ(コーンウォール)語、ソルブ語、バスク語、フランコプロヴァンス語および日本のアイヌ語をとりあげ、南米など他地域の少数言語の状況をも参照する。

 

新規▶批判的思考力を測定するライティング判定基準の開発

  • 佐藤敬典(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター准教授)
  • 逸見シャンタール(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター 准教授)

概要

批判的思考力はいくつかの英語教授法において培われるべき能力として認められている。特に大学レベルで実施されているEnglish for Academic Purposes(EAP)やContent and Language Integrated Learning (CLIL)においてその能力は重要視されている。しかしながら、批判的思考力の定義は広く、また多くの副次的能力(subskills)が存在するため(Paul & Elder, 2014)、第二言語として英語を学習する学生の批判的思考力を測定することは困難である。

本研究では、第二言語として英語を学習する学生が書いたライティングの評価において、批判的思考力のどの副次的能力が重要かつ測定可能かを明らかにする。本研究は、大学生がCLILの授業において提出した30の論証エッセイを使用する。まず、アカデミックライティングにおける批判的思考力を専門にする5人の教員・研究者に、大学生の論証エッセイを読んでもらい、彼らの批判的思考力を評価してもらう。こちらからは批判的思考力の定義や判定基準は提示せず、教員・研究者自身の視点で評価してもらう。その際、エッセイのどの部分が評価に影響を与えたのかを話してもらう(思考発話法)。また、Paul and Elder(2014)が提唱した9つの批判的思考力の副次的能力を基に判定基準を作成し(Yanning(2017)が開発した判定基準も参考にする)、3名の大学英語教員にそれを用いて同じエッセイを評価してもらう。思考発話法から得られたデータとスコアを分析することで、重要かつ測定可能な副次的能力を特定する。最終的に、得られた結果から大学生が書いたライティングから批判的思考力を測定する判定基準の開発を目指す。

予算は評価を依頼する大学教員や研究者への謝金として使用される。

 

比較統辞論の理論的・実証的研究

  • 高橋亮介 (SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ドイツ語学科教授)
  • 福井直樹 (SOLIFIC正所員、上智大学言語科学研究科言語学専攻教授)
  • 大塚裕子 (SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部英語学科教授)
  • 加藤孝臣 (SOLIFIC正所員、上智大学言語科学研究科言語学専攻准教授)
  • 加藤泰彦 (SOLIFIC名誉所員、上智大学名誉教授)
  • 上田雅信 (SOLIFIC共同研究所員、北海道大学名誉教授)

概要

理論言語学は、過去半世紀の間に著しい発展を遂げてきたが、その注目すべき成果の一つは、人間言語の普遍性と多様性とを、適正な方法論に基づいて正面から問うことができる理論的基盤を確立したことである。言語に普遍性が存在することは、言語が生物学的な種としてのヒトの特性として獲得・使用可能なものであるという事実からの必然的帰結であるが、その一方で、現実の言語には広範な多様性が存在する。言語の普遍的特性は何であろうか。また、言語の多様性の根源は何であろうか。

以上の問題意識から出発し、この共同研究では2012年度から2020年度にかけて、主にドイツ語・英語・日本語・トンガ語の実証的な比較、対照研究に基づきながら、「統辞法の原始演算」「否定と経済性との関係」「生物言語学のメカニズムの因果性」をはじめとする様々なトピックの扱いを通じて言語の普遍性・多様性の実相の一端を明らかにしてきた。さらには、「空間移動表現」「放出動詞」といったトピックを手がかりに、統辞論とレキシコンとの密接な関係にも着目し、語彙特性が様々な文法現象にどのように関与しているのかという点についても詳細な検討を加えてきた。こうした多彩な実証的成果を踏まえ、2021年度も、言語の普遍性・多様性や統辞論とレキシコンのインターフェイスをめぐる諸問題について、引き続き理論的な考察を深めていく予定である。

 

学習ストラテジー、学習スタイル、専攻分野の統計的関連性の研究:

CLILを枠組みとした高等教育における独語、仏語、西語、葡語、露語のカリキュラム、

指導法 評価システムおよび教材開発

  • 渡部 良典(SOLIFIC正所員、上智大学言語科学研究科言語学専攻教授)
  • 木村護郎クリストフ(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ドイツ語学科教授)
  • 市之瀬 敦(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授)
  • 原田 早苗(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部フランス語学科教授)
  • 西村 君代(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部イスパニア語学科教授)
  • 秋山 真一(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ロシア語学科教授)

概要

昨年度から引き続き、学習ストラテジー(外国語を習得するために絵学習者が用いる大局的な方法)、学習スタイル(各学習者の外国語学習に対する性向)、および専攻分野(自然科学系、社会科学系、人文系)、これらの間に関係がみられるかどうかを統計的に検証する。究極の目標は、高等教育機関の外国語教育におけるカリキュラム、指導法、教材および評価システムの開発のための基礎データの分析結果に基づき、高等教育機関における外国語教育における指導、評価、診断および矯正に役立てるための教材を開発することである。本テーマは昨年度からの継続課題であるが、すでにデータ収集分析を行い、その結果に基づき卒業論文、小論文等を作成するための指導教材を作成している。本申請の目的は、これまで行ってきた調査の結果を発展援用し、言語研究を志す学生たちが成果を広く公表できるよう、論文作成のための実践的な手引き書を完成させることである。

 

教室習得における学習者の日本語能力と個人差要因との関係

  • 小柳かおる(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター教授)
  • 峯 布由紀(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター教授)
  • 向山 陽子(SOLIFIC客員研究所員、武蔵野大学 グローバル学部 日本語コミュニケーション学科 教授)

概要

第二言語習得研究は欧米語では盛んだが、日本語に関しては、特に学習者の認知的なメカニズムの側面から習得を探る実証研究はそれほど多くない。第二言語習得は外的要因(学習環境、教授法)と内的要因(学習者の特性)、言語形式の特性(発達段階、難易度)などが複合的に絡み合う複雑なプロセスである。その根底には学習者の内的な認知的メカニズム、さらには脳内メカニズムが存在する。これらの複雑な関係を一つ一つ解き明かしていく必要がある。

現在の社会状況においては、来日する留学生の減少や対面でのデータ収集の難しさといった問題があり、新たなデータ収集の機会はあまり見込めない。よって、2021年度は過去に収集したデータの未分析の部分を見直したりコーパスを用いたりすることにより、以下のような研究課題に取り組む。

1) 国立国語研究所が構築した大規模な日本語学習者コーパス(I-JAS)を用い、学習者の発話を抽出する。言語処理可能性理論による普遍の発達段階が日本語にも適用されているが、さらにデータの統計分析を行い、発達モデルをより強固なものにすることを目ざす。

2) モンゴル語話者の言語適性と学習成果のデータを用いて、特に音韻的短期記憶(非単語再生テスト)と学習成果との関連を分析する。音韻的短期記憶は特に学習初期の語彙や文法の発達に影響があると考えられるので、学習者の8か月間の熟達度の変化との関係を調べる。

3) 上級学習者の動機づけと言語能力の自己評価の量的データ及び学習歴に関するインタービューによる質的データを統合し, 動機づけを形成する要因や、動機づけられた行動と自己評価の言語能力との関連を調べる。

 

新規▶高度情報化設備の活用による新しい音声教育の開発と基礎研究

  • 北原真冬(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部英語学科教授)
  • 小松雅彦(SOLIFIC客員研究所員、神奈川大学外国語学部 英語英文学科 准教授)

概要

本研究は,2020年度の研究課題「音声学および語学教育におけるweb実験活用に関する研究」の継続であり,研究・教育用に運用するファイルサーバ,webサーバおよびクラウドサーバを用いた音声教育システムの開発と基礎研究を行うことを目的とする.

昨今のCOVID-19により教育研究環境におけるオンラインへの移行が強制的に行われた状況に鑑み,新たなプラットフォームとしてGitHub(バージョン管理システム)を試用することで,多人数による共同プロジェクトの円滑な運用を目指す。webページだけでなく様々なプログラム,スクリプト,文書,学会報告などをチームのメンバーで共有しながら改訂することを目標とする。

2020年度から運用しているweb上の音声実験システムについては,millisecond社の販売するinquisit ver6における実験パラダイムの開発をひきつづき行う。2021年度は博士論文の指導においてもこれを使用し,本格的な研究における開発・応用を進める。バージョンアップに伴い,PC一般およびiOS機器だけでなくAndroid機器においても知覚実験を行うことが可能になったため,汎用性が高められた。

2021年度はさらに,音声オンライン教材の開発につながる基礎研究を充実させる。そのための音声・映像収録機器を比較検討することを目的として用品費を重点的に申請する。

 

CLILにおける批判的思考とアプローチの長期的考察

  • 逸見シャンタール(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター 准教授)
  • 深澤英美(SOLIFIC準所員、上智大学言語教育研究センター 講師)
  • 相川弘子(SOLIFIC共同研究所員、上智大学言語教育研究センター 講師)

本共同研究は2020年度に引き続き、内容学習と言語学習を統合した対話的な学びを目指すCLILのアプローチを用いた上智大学での英語の授業が内容学習の導入時の活動や発展的活動などの各段階においてどのように行われ、教室談話とクリティカルシンキング(批判的思考)にどのように変化をもたらすのかを質的に分析することを目的とする。2021年度は第一回目から第三回目のデータ分析を進めるとともに第四回目のデータ分析に着手する。特にまだ研究の少ない学習者同士のグループディスカッションに焦点をあててデータ分析を進めていく。この分析結果をJACET談話分析研究部会などでの学会発表や論文執筆につなげていきたいと考えている。

 

フランス語のディスコースマーカーのコーパス研究

  • テュシェ・シモン(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部フランス語学科教授)
  • 田代雅幸(SOLIFIC共同研究所員)

情報技術の発達によりコーパス言語学が様々な分野で大きく発展しており、中でも談話分析や文法研究に大きく貢献している。本研究は、現代フランス語のディスコースマーカーを対象にし、コーパス研究によりその理解を深めることを目的とする。

コーパスとしては、主にATILF(Analyse et Traitement Informatique de la Langue Française)が開発しているFrantextとELRA(European Language Resources Association)が提供しているLe Monde紙のコーパスを使用している。Frantextは数世紀にわたる様々なジャンルの作品で構成されるコーパスである一方、Le Monde紙のコーパスは現代における標準的な書き言葉による均質なコーパスである。性格の異なる2種類のコーパスを活用することで、大規模コーパスの計量的調査を中心に様々なアプローチで研究対象を検討することが可能となる。

このような調査手法を用いることで期待できる研究成果は主に、ネイティブチェックによってマーカー同士の置換可能性を測るといった従来の手法では明らかにすることが難しいマーカーの統語論的、談話論的な生起環境、共起する形式といった、使用傾向を明らかにし、それぞれの本質を浮き彫りにすることである。

2019年度と2020年度においては、上記のコーパスを使用したディスコースマーカーの研究を行う中で、既にその成果の一部を発表するに至っている。その結果に基づいて、2021年度はさらにLe Monde紙のコーパスを拡張し、データ収集とその分析を深めていく予定である。