概要
理論言語学は、過去半世紀の間に著しい発展を遂げてきたが、その注目すべき成果の一つは、人間言語の普遍性と多様性とを、適正な方法論に基づいて正面から問うことができる理論的基盤を確立したことである。言語に普遍性が存在することは、言語が生物学的な種としてのヒトの特性として獲得・使用可能なものであるという事実からの必然的帰結であるが、その一方で、現実の言語には広範な多様性が存在する。言語の普遍的特性は何であろうか。また、言語の多様性の根源は何であろうか。
以上の問題意識から出発し、この共同研究では2012年度から2019年度にかけて、主にドイツ語・英語・日本語の実証的な比較、対照研究に基づきながら、「統辞法の原始演算」「否定と経済性との関係」「生物言語学のメカニズムの因果性」をはじめとする様々なトピックの扱いを通じて言語の普遍性・多様性の実相の一端を明らかにしてきた。さらには、「空間移動表現」「放出動詞」といったトピックを手がかりに、統辞論とレキシコンとの密接な関係にも着目し、語彙特性が様々な文法現象にどのように関与しているのかという点についても詳細な検討を加えてきた。こうした多彩な実証的成果を踏まえ、2020年度も、言語の普遍性・多様性や統辞論とレキシコンのインターフェイスをめぐる諸問題について、引き続き理論的な考察を深めていく予定である。
概要
2009年度から2011年度まで3年間行ってきた本研究所の共同研究「媒介言語論の展開と深化」は、主に複数言語を使用する媒介、混成言語(ピジン・クレオール)による媒介、計画言語による媒介、覇権言語による媒介といった異なる媒介形態を比較することに主眼をおいた。その成果は共同研究者それぞれによる諸論考や著作の形で結実したほか、直接、比較を行った論考として『Sophia Linguistica』 60号に共同執筆による論文「比較媒介言語論序説」を発表した。
このような、異なるタイプの媒介形態の比較のほか、同一のタイプに属する個別言語が分布や社会背景の違いなどによってどのように異なる特徴をもっているかをより詳しくみていくことも媒介言語の把握のために不可欠である。この点は当初から視野に入れていたが、これまで重点的にはとりくんでこなかった。そこで2012年度より、ヨーロッパに起源をもつ代表的な媒介言語としての英語、フランス語、ポルトガル語、ドイツ語および日本語が異言語話者間のコミュニケーションにどのように使われているのかを比較し、またそれぞれどのような特徴および可能性、問題点をもっているかを問いとして設定した。
これまでそれぞれの言語については個別に研究が積み重ねられてきたが、その成果を、言語をこえて共有し評価するのがまず第一の課題となる。それをもとに、媒介言語としての共通点や相違点を明らかにしていくのがねらいである。具体的には、①各言語の普及機関の比較、②各言語の媒介言語としての機能に関する議論の比較、③各言語の媒介言語としての運用実態の比較を行う。そのことをとおして、媒介言語として非母語話者の間で使われる際の特徴が母語話者同士のコミュニケーションとどのように異なるかという、本共同研究の当初の問いを別の角度から検討することになる。
2020年度は、これまでのまとめとして、直接の比較により、各媒介言語の特徴を明確にすることをめざす。
概要
昨年度から引き続き、学習ストラテジー(外国語を習得するために絵学習者が用いる大局的な方法)、学習スタイル(各学習者の外国語学習に対する性向)、および専攻分野(自然科学系、社会科学系、人文系)、これらの間に関係がみられるかどうかを統計的に検証する。究極の目標は、高等教育機関の外国語教育におけるカリキュラム、指導法、教材および評価システムの開発のための基礎データの分析結果に基づき、高等教育機関における外国語教育における指導、評価、診断および矯正に役立てるための教材を開発することである。本テーマは昨年度からの継続課題であるが、すでにデータ収集分析を行い、その結果に基づき卒業論文、小論文等を作成するための指導教材を作成している最中である。
概要
第二言語習得は外的要因(学習環境、教授法)と内的要因(学習者の特性)、言語形式の特性(発達段階、難易度)などが複合的に絡み合う複雑なプロセスである。その根底には学習者の内的な認知的メカニズム、さらには脳内メカニズムが存在する。よって、本研究は、英語学習者と比べてまだ研究が少ない日本語学習者について、その複雑な習得過程を解き明かしていくことを目的としている。
2020年度は、2019年度に引き続き、内容言語統合型学習(以下、CLIL)の教育効果を調べる研究を行う。学内の言語教育研究センターでは、日本語の授業にCLILを導入しており、2019年度は, パイロットスタディとして, 中国の大学からの短期(半年か1年)留学生のための上級の日本語のコースでCLILを試み、ACTFL-OPI(全米外国語教育協会のオラルインタビューテスト)やJ-CAT(テスティングの項目応答理論に基づき旧日本語能力試験の問題を分析して作成されたWebベースのテスト)などのデータを収集した。2020年度は、それらのデータをCLIL導入以前の学習者のデータと比較した分析を行う。また、CLILは学部の正規留学生のアカデミックジャパニーズ科目としても導入されており、パイロットスタディの結果を踏まえ、学部の正規留学生のCLILの教育効果を検証する研究方法の検討にも着手する。
また、東北大学加齢医学研究所のメンバーと共同で行った、言語処理の脳内実験の成果発表を継続する。2018年度には母語データの分析、2019年度は第二言語データの分析を行い、それぞれ国際学会で発表を行った。未分析の学習者の熟達度の違いや個人差要因(作動記憶の容量)のデータとも関連づけ、さらなる学会発表や論文化を目ざしていく。
さらに、通常の日本語コースに在籍する学習者の動機づけや言語適性などの個人差要因と習得との関係についてもデータを蓄積する予定である。
概要
本研究は,2019年度の研究課題「音声学および語学教育における情報処理と研究資源の活用に関する研究」の継続であり,研究・教育用に運用するファイルサーバ,webサーバおよびクラウドサーバを用いた音声教育システムの開発と基礎研究を行うことを目的とする.
商用のレンタルwebサーバにおけるコンテンツマネージメントシステム(CMS)を利用した授業については、スマートフォン対応のスキンの導入など細かな改良を重ね、おおむね安定した運用を行なっている。特に音声学研究室に所属する学生の卒論、修論、博論の指導において、卒業生の蓄積を含めると総計で40名以上の学生の研究プロジェクトを一括で管理している.これらは利用者間で相互に閲覧が可能であり、さまざまなノウハウの共有、実験制御および統計ソフトのスクリプトの共有と改良などが活発に行なわれている。
またweb上の音声実験システムについては、millisecond社の販売するinquisit ver5を導入することで、反応時間を含む精密な実験の実施が可能になった。これはローカルサーバー上ではなく、同社の専用アカウントによる管理と、独自アプリの配布というシステムによるもので、PC一般およびiOS機器において知覚実験を行うことができる。
2020年度はこのinquisitのプラットフォーム上における利用法の拡大と開発に注力する計画である。現在は単独の実験を行う利用権のみの購入であるが、これをグループ購入に拡大し、教員、学生それぞれが様々な実験を行える環境を整備したい。これは語学教育の様々な場面において応用可能であり,音声実習課題や,発音向上プログラムの開発につながると考えられる。
概要
本共同研究は2019年度に引き続き、内容学習と言語学習を統合した対話的な学びを目指すCLILのアプローチを用いた上智大学での英語の授業が内容学習の導入時の活動や発展的活動などの各段階においてどのように行われ、学習者と指導者の談話とクリティカルシンキング(批判的思考)にどのように変化をもたらすのかを授業者の振り返りとともに質的に分析することを目的とする。2020年度は第一回目のデータ分析を進めるとともに第二回目のデータ分析に着手する。この分析結果をJACET談話分析研究部会などでの学会発表や論文執筆につなげていきたいと考えている。
概要
情報技術の発達によりコーパス言語学が様々な分野で大きく発展しており、中でも談話分析や文法研究に大きく貢献している。本研究は、現代フランス語のディスコースマーカーを対象にし、コーパス研究によりその理解を深めることを目的とする。
コーパスとしては、主にATILF(Analyse et Traitement Informatique de la Langue Française)が開発しているFrantextとELRA(European Language Resources Association)が提供しているLe Monde紙のコーパスを使用している。Frantextは数世紀にわたる様々なジャンルの作品で構成されるコーパスである一方、Le Monde紙のコーパスは現代における標準的な書き言葉による均質なコーパスである。性格の異なる2種類のコーパスを活用することで、大規模コーパスの計量的調査を中心に様々なアプローチで研究対象を検討することが可能となる。
このような調査手法を用いることで期待できる研究成果は主に、ネイティブチェックによってマーカー同士の置換可能性を測るといった従来の手法では明らかにすることが難しいマーカーの統語論的、談話論的な生起環境、共起する形式といった、使用傾向を明らかにし、それぞれの本質を浮き彫りにすることである。
2019年度においては、上記のコーパスを使用したディスコースマーカーの研究を行う中で、既にその成果の一部を発表するに至っている。その結果に基づいて、2020年度はさらにLe Monde紙のコーパスを拡張し、データ収集とその分析を深めていく予定である。
概要
本研究では、上智大学におけるEnglish for academic purposes(EAP)コースを受講した学生の英語産出能力(スピーキング・ライティング能力)がどのように変化するのかを検証する。
本研究の結果は、佐藤・逸見がSOLIFIC共同研究として2018年度に実施した「CLILにおける英語パフォーマンスの向上についての検証」の結果と比較し、EAPとCLILコースがそれぞれどの程度英語産出能力向上に貢献するのかを明らかにする。2018年度の研究では、上智大学で行われた半期のCLILを受講した学生の英語産出能力が、受講前よりも受講後が有意に高いことが示された。(Sato and Hemmi (2018)においても同様の結果が得られている)。しかし、比較するグループがなかったため、CLILが能力向上に貢献したと結論づけることができなかった。したがって、2018年の研究と同様の形でEAP受講者を対象に検証を行い、能力の変化が英語コースの種類によるものであるのかを確認する必要があった。
本研究用に、2019年度の春学期に実施されたアカデミックコミュニケーション1(全28回)の第2回目と第27回目の授業に同じスピーキング・ライティングテストを実施し、約200人の大学生からパフォーマンスデータを収集している。その中から70人のデータを選定し、5人のIELTS試験官経験者に採点を依頼し、学生の産出能力の向上を検証する予定である。予算は採点を依頼するIELTS試験官経験者の報酬として使用される。
本研究の結果は、「CLILの英語産出能力への貢献」という題目で論文の出版を目指す。