2019年度・所内研究プロジェクト

 

比較統辞論の理論的・実証的研究

  • 高橋亮介 (SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ドイツ語学科教授)
  • 福井直樹 (SOLIFIC正所員、上智大学言語科学研究科教授)
  • 大塚裕子 (SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部英語学科准教授)
  • 加藤孝臣 (SOLIFIC正所員、上智大学言語科学研究科言語学専攻准教授)
  • 加藤泰彦 (SOLIFIC名誉所員、上智大学名誉教授)
  • 上田雅信 (SOLIFIC共同研究所員、北海道大学大学院教授)

概要

理論言語学は、過去半世紀の間に著しい発展を遂げてきたが、その注目すべき成果の一つは、人間言語の普遍性と多様性とを、適正な方法論に基づいて正面から問うことができる理論的基盤を確立したことである。言語に普遍性が存在することは、言語が生物学的な種としてのヒトの特性として獲得・使用可能なものであるという事実からの必然的帰結であるが、その一方で、現実の言語には広範な多様性が存在する。言語の普遍的特性は何であろうか。また、言語の多様性の根源は何であろうか。

以上の問題意識から出発し、この共同研究では2012年度から2018年度にかけて、主にドイツ語・英語・日本語の実証的な比較、対照研究に基づきながら、「統辞法の原始演算」「否定と経済性との関係」「生物言語学のメカニズムの因果性」をはじめとする様々なトピックの扱いを通じて言語の普遍性・多様性の実相の一端を明らかにしてきた。さらには、「空間移動表現」「放出動詞」といったトピックを手がかりに、統辞論とレキシコンとの密接な関係にも着目し、語彙特性が様々な文法現象にどのように関与しているのかという点についても詳細な検討を加えてきた。こうした多彩な実証的成果を踏まえ、2019年度も、言語の普遍性・多様性や統辞論とレキシコンのインターフェイスをめぐる諸問題について、引き続き理論的な考察を深めていく予定である。

 

代表的な媒介言語の比較研究

  • 木村護郎クリストフ(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ドイツ語学科教授)
  • 市之瀬敦(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授)
  • リサ・フェアブラザー(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部英語学科教授)
  • シモン・テュシェ(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部フランス語学科教授)
  • 井出(武田)加奈子(SOLIFIC共同研究所員)

概要

2009年度から2011年度まで3年間行ってきた本研究所の共同研究「媒介言語論の展開と深化」は、主に複数言語を使用する媒介、混成言語(ピジン・クレオール)による媒介、計画言語による媒介、覇権言語による媒介といった異なる媒介形態を比較することに主眼をおいた。その成果は共同研究者それぞれによる諸論考や著作の形で結実したほか、直接、比較を行った論考として『Sophia Linguistica』 60号に共同執筆による論文「比較媒介言語論序説」を発表した。

このような、異なるタイプの媒介形態の比較のほか、同一のタイプに属する個別言語が分布や社会背景の違いなどによってどのように異なる特徴をもっているかをより詳しくみていくことも媒介言語の把握のために不可欠である。この点は当初から視野に入れていたが、これまで重点的にはとりくんでこなかった。そこで2012年度より、ヨーロッパに起源をもつ代表的な媒介言語としての英語、フランス語、ポルトガル語、ドイツ語および日本語が異言語話者間のコミュニケーションにどのように使われているのかを比較し、またそれぞれどのような特徴および可能性、問題点をもっているかを問いとして設定した。

これまでそれぞれの言語については個別に研究が積み重ねられてきたが、その成果を、言語をこえて共有し評価するのがまず第一の課題となる。それをもとに、媒介言語としての共通点や相違点を明らかにしていくのがねらいである。具体的には、①各言語の普及機関の比較、②各言語の媒介言語としての機能に関する議論の比較、③各言語の媒介言語としての運用実態の比較を行う。そのことをとおして、媒介言語として非母語話者の間で使われる際の特徴が母語話者同士のコミュニケーションとどのように異なるかという、本共同研究の当初の問いを別の角度から検討することになる。

2018年度中に、刊行が遅れていた、本共同研究メンバーが企画した言語管理に関するソフィア・シンポジウムの成果の編集を進めた(John BenjaminsのStudies in World Language Problemsシリーズの一冊として2019年刊)が、2019年度は、2018年度に引き続き、比較を進めて、言語横断的な知見を得ることをめざす。

 

学習ストラテジー、学習スタイル、専攻分野の統計的関連性の研究:

CLILを枠組みとした高等教育における独語、仏語、西語、葡語、露語のカリキュラム、

指導法 評価システムおよび教材開発

  • 渡部良典(SOLIFIC正所員、上智大学言語科学研究科言語学専攻教授)
  • 木村護郎クリストフ(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ドイツ語学科教授)
  • 市之瀬敦(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授)
  • 原田 早苗(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部フランス語学科教授)
  • 西村 君代(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部イスパニア語学科教授)
  • 秋山 真一(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部ロシア語学科准教授)

概要

昨年度から引き続き、学習ストラテジー(外国語を習得するために絵学習者が用いる大局的な方法)、学習スタイル(各学習者の外国語学習に対する性向)、および専攻分野(自然科学系、社会科学系、人文系)、これらの間に関係がみられるかどうかを統計的に検証する。究極の目標は、高等教育機関の外国語教育におけるカリキュラム、指導法、教材および評価システムの開発のための基礎データの分析結果に基づき、高等教育機関における外国語教育における指導、評価、診断および矯正に役立てるための教材を開発することである。本テーマは昨年度からの継続課題であるが、すでにデータ収集分析を行い、その結果に基づき卒業論文、小論文等を作成するための指導教材を作成している最中である。

2011年度から2013年度まで、本学の教育イノベーション・プログラムにより、理論的基盤をまとめ(#1)、さらに外国語学部の学生1,222名を対象に調査を行い、詳細な分析を行った(#2)。2014年度は、外国語学部ドイツ語、フランス語、ポルトガル語、イスパニア語各学科に属する50名の学生の対象言語能力自己評価、履修した外国語科目の成績、外部試験の成績のみならず、他学部に属してはいるが外国語学習にとりわけ関心のある学生合計100名の自己評価と学習方略の関係を調査した(#3、#4)。2016年度は、全学部に視野を広げ、外国語学部のみならず、理工学部、文学部等の学生に調査を行い、自己評価、学習ストラテジー、専門分野の関係を探った(#5)。2018年度はこれまでの研究成果に基づき『論文の書き方』(仮題)の作成を開始し、現在初稿を準備中である。

1. (2012)『上智版 多言語運用能力 測定法、共通指標、および評価基準の開発』、2011年度教育イノベーション・プログラム報告書.
2. (2012)「ヨーロッパ共通参照枠(CEFR)からみた上智大学外国語学部生の複言語能力自己評価」『上智大学 外国語学部紀要』、第47号、211-234.
3. (2014)『上智版 複言語運用能力 測定法、共通指標、および評価基準の開発』、2014年度国際言語情報研究所内共同研究.
4. (2015)『上智版 複言語運用能力 測定法、共通指標、および評価基準の開発(継続)』、2015年度国際言語情報研究所内共同研究.
5. (2016)「内容言語統一型学習(CLIL)理論を枠組みとした高等教育におけるドイツ語、フランス語、イスパニア語、ポルトガル語教育用カリキュラム、指導法、教材および評価システムの開発のための基礎研究」2016年度所内共同研究.
(作成中)『上智大学外国語学部版 論文の書き方』、2018年度所内共同研究.

 

教室習得における学習者の日本語能力と個人差要因との関係

    • 小柳かおる(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター教授)
    • 峯布由紀(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター准教授)
    • 向山 陽子(SOLIFIC客員研究所員、武蔵野大学 グローバル学部 日本語コミュニケーション学科 )

概要

第二言語習得は外的要因(学習環境、教授法)と内的要因(学習者の特性)、言語形式の特性(発達段階、難易度)などが複合的に絡み合う複雑なプロセスである。その根底には学習者の内的な認知的メカニズム、さらには脳内メカニズムが存在する。よって、本研究は、英語学習者に比べてまだ研究が少ない日本語学習者について、その複雑な習得過程を解き明かしていくことを目的としている。
2019年度の一つ目の目標は、CLILの教育効果を調べる研究である。学内の言語教育研究センターでは、日本語の授業に内容言語統合型学習(CLIL)を導入しており、2018年度から、その教育効果の測定、評価の方法を模索している。2019年度も引き続き、CLILの教育効果に関する実証研究を継続する。ACTFL-OPI(全米外国語教育協会のオラルインタビューテスト)やJ-CAT(テスティングの項目応答理論に基づき旧日本語能力試験の問題を分析して作成されたWebベースのテスト)、アンケートやインタビュー調査の結果を基に、CLIL導入以前の学習者との比較を行う。
二つ目の目標は、東北大学加齢医学研究所のメンバーと共同で行った、言語処理の脳内実験の成果発表である。研究の目的は、学習者の熟達度の違いや個人差要因(作動記憶の容量)と言語処理における脳内活動との関係を調べ、第二言語習得に必要なインプットの処理スキルがどのように発達していくかを明らかにすることである。fMRI(機能的磁気共鳴画像)を用いて、日本人母語話者と中国人の日本語学習者の脳内文処理実験のデータをすでに収集している。2018年度には母語データを分析して学会発表を行ったが、2019年度は第二言語データの分析、および母語データとの比較をさらに進め、学会発表や論文執筆につなげていきたいと考えている。

 

 

音声学の教育と実践における高度な情報処理技術の活用に関する研究

  • 北原真冬(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部英語学科教授)
  • 小松雅彦(SOLIFIC共同研究所員、神奈川大学 外国語学部 准教授)

概要

本研究は,2018年度の研究課題「音声学の教育と実践における高度な情報処理技術の活用に関する研究」の継続であり,研究・教育用に運用するファイルサーバ,webサーバおよびクラウドサーバを用いた様々な音声教育システムの開発と基礎研究を行うことを目的とする.
現在は商用のレンタルwebサーバにおいてコンテンツマネージメントシステム(CMS)を利用した授業を今年度開講科目の全てにおいて運用している.Moodle等に比べてメニュー階層が浅く軽量なシステムであるため,授業中にもリアルタイムで書き込み・編集が行えることが利点の一つにあげられる.また,様々なカスタマイズが可能で,柔軟な運用が行えることも独自サーバの利点である.例えば,コメント機能を利用し,授業中に携帯電話等の端末からの書き込みによって,クラス内の議論を即時に,かつ授業後にも記録が残る形でシェアしている.音声学研究室に所属する学生の卒論、修論、博論の指導もすべて商用のサーバ上における同様のCMSで運用し、総計で30名以上の学生の研究プロジェクトを一括で管理している.
一方,音声研あるいは北原研究室個人が運用するシステムを、webサーバとして公開することは行っていない。これは、セキュリティにまつわる様々なリスクを考えた際に、専任のテクニカルスタッフが常駐していない環境での運用が、近年、ますます難しくなっていることに起因する。ただし,2018年度から音声学研究室内のローカルな環境でlinuxファイルサーバを特定の授業の受講生に公開し,サーバ上の音声データベースやコーパスへのアクセスを含む実験・実習を行なっている.
2019年度はローカルサーバの運用範囲を広げ,文献資料や学会発表スライドなどを含む研究資源集積を行う.その上で権利的に問題のないものについては商用サーバ上で公開することを目標にしたい。また,引き続き音声教育,特にweb上での簡単な音声実験システムを構築し,手軽に多数の被験者のデータを取ることができるようなシステムを開発・運用することを目指す.もちろん,これは語学教育の様々な場面において応用可能であり,音声実習課題や,発音向上プログラムの開発につながると考えられる。

 

新規▶CLILにおける批判的思考とアプローチの長期的考察

  • 逸見シャンタール(SOLIFIC正所員、上智大学言語教育研究センター 准教授)
  • 深澤英美(SOLIFIC準所員・上智大学言語教育研究センター 講師)
  • 相川弘子(SOLIFIC共同研究所員・神奈川大学)

概要

内容言語統合型学習(Content and Language Integrated Learning: CLIL)は、言語と教科内容を同時に学ぶことを目的とした外国語教育のアプローチとして主にヨーロッパで最も盛んに実践及び研究が行われている。それらの研究のうち、教室談話分析研究はCLILのアプローチを使用した授業が実際にどのように行われているのかを知る上で重要な役割を果たしている。これまでの様々なヨーロッパでの研究から、CLILの授業のインタラクション上の特徴や言語が果たす役割などが次第に明らかにされてきている (Dalton-Puffer, 2007; Llinares, Morton & Whittaker, 2012)。一方、日本での研究にはディカッションにおけるフレーミングや訂正に焦点をあてたCLILとEFLの比較研究 (Tsuchiya, 2015) やCLILの授業におけるtranslanguagingの研究 (Tsuchiya, 2017) などがあるが、日本のCLILにおける教室談話分析の研究はまだ非常に少ない。

本研究申請者は、2016~2018年度の公益財団法人教科書研究センター研究委託事業『小・中・高等学校の英語における内容言語統合型学習の教材開発に関する実践的研究』において、CLILのアプローチを使って行われた小学校及び高等学校の英語の授業を観察し、その特徴と課題を探ってきた。また、大学でのCLILの授業を観察・録音し、教師と学生及び学生間のインタラクションの談話分析を行っている。これらの研究により、CLILの授業における様々なインタラクション上の特徴を記述することはできたが、深い学びと言語使用における対話の役割をさらに探究するためには長期的なデータ収集と分析が必要である。よって、本共同研究は、内容学習と言語学習を統合した対話的な学びを目指すCLILのアプローチを使用した大学での英語の授業が内容学習の導入時の活動や発展的活動などの各段階においてどのように行われ、学習者と授業者の談話とクリティカルシンキング(批判的思考)にどのような変化をもたらすのかを授業者の振り返りとともに質的に分析することを目的とする。

データは、上智大学言語教育研究センターが2019年度秋学期に開講するAcademic Communication 2 (Advanced 2)の一クラスを一学期中数回にわたって観察及び録音し、収集する。また、録音については、クラス全体の教室談話だけでなく、学生間のインタラクションも録音する。さらに、観察・録音した授業の後に、授業者へのインタビュー調査も行う。
2019年度は、データ収集と第一回目のデータの分析を予定している。その分析結果は、JACET談話研究部会などでの学会発表や論文執筆につなげていきたいと考えている。

 

新規▶フランス語のディスコースマーカーのコーパス研究

  • シモン・テュシェ(SOLIFIC正所員、上智大学外国語学部フランス語学科教授)
  • 田代雅幸(SOLIFIC共同研究所員)

概要

情報技術の発達によりコーパス言語学が様々な分野で大きく発展しており、中でも談話分析や文法研究に大きく貢献している。本研究は、現代フランス語のディスコースマーカーを対象にし、コーパス研究によりその理解を深めることを目的とする。

コーパスとしては、主にATILF(Analyse et Traitement Informatique de la Langue Française)が開発しているFrantextとELRA(European Language Resources Association)が提供しているLe Monde紙のコーパスを使用する予定である。Frantextは数世紀にわたる様々なジャンルの作品で構成されるコーパスである一方、Le Monde紙のコーパスは現代における標準的な書き言葉による均質なコーパスである。性格の異なる2種類のコーパスを活用することで、大規模コーパスの計量的調査を中心に様々なアプローチで研究対象を検討することが可能となる。

このような調査手法を用いることで期待できる研究成果は主に、ネイティブチェックによってマーカー同士の置換可能性を測るといった従来の手法では明らかにすることが難しいマーカーの統語論的、談話論的な生起環境、共起する形式といった、使用傾向を明らかにし、それぞれの本質を浮き彫りにすることである。