研究会・出張報告(2008年度)

   研究会

日時:9月27日(土)午後12時45分~28日(日)12時00分
場所:湯河原、ホテル「敷島館」

<27日(土)>
午後12時45分~午後4時30分
開会挨拶&趣旨説明・・・私市正年
自己紹介
報告1:今井真士(慶應義塾大学・博士後期)
   「生物学と政治科学のあいだ?:進化的思考、因果的メカニズム、<権威主義の多様性>」→報告①
   コメンテーター:清水学(帝京大学)
報告2:浜中新吾(山形大学・准教授)「ムスリム同胞団とCooptationの政治」
   コメンテーター:横田貴之(日本国際問題研究所)
夕食 (午後6時~)
午後7時10分~8時40分
報告3:見市建(岩手県立大学・准教授)
   「インドネシアにおけるイスラームの政治的制度化」→報告③
   コメンテーター:松本弘(大東文化大学)
討論(午後8時40分~9時00分)
懇親会(午後9時00分~)

<28日(日)>
午前9時00分~12時00分
報告4:菊池恵理子(上智大学大学院・博士前期)
   「現代パレスチナにおける抵抗運動とイスラーム:ハマースを事例に」→報告④
   コメンテーター:吉川卓郎(立命館大学)
報告5:荒井康一(東北大学・博士後期)
   「親イスラム・親クルド政党と社会関係:トルコ農村部の投票行動から」→報告⑤
   コメンテーター:岩坂将充(上智大学)
総合討論(12時00分~12時30分)
閉会挨拶
全体報告

報告②:
浜中新吾(山形大学・准教授)「ムスリム同胞団とCooptationの政治」

 本報告は比較政治学研究の観点から中東における権威主義体制のメカニズムを解明することを目的とし、その体制の長期にわたる持続(反体制的イスラーム主義勢力の存在と政治参加を、民主化移行や体制の崩壊といったリスク要因となるにも関わらず許容し、実際に体制を維持している)の理由を、イスラーム主義運動と体制との関係性へのアプローチによって分析するものであった。
 浜中氏はそれに際して同分野で「反体制勢力の取り込み」を指す「コオプテーション」の概念に注目し、この概念と体制存続のメカニズムを可視的なグラフにしたGandhi-Przeworskiのモデルを活用した。そして具体的事例としてヨルダンとエジプトのムスリム同胞団への政府の対応をとりあげ、上記のモデルを用いコオプテーションの実態を考察した。また事例研究に当たり、グラフが政治バランスの三種(協力・コオプテーション・動乱)の均衡を図示し、両者の営為次第でバランスが変化し、それが体制側の反体制側への姿勢に影響を与えることを説明した。
 ヨルダンでは、経済危機・政治的自由化要求と湾岸戦争により、体制と野党の政策が分極化(協力均衡が減少)した際には体制側は同胞団をコオプテーションで取り込み危機を乗り切った。しかし危機回避後国王は同胞団の政策と対立し、下院選挙の投票方式の変更・反体制派への抑圧などで、政府はコオプテーションを必要としなくなり同胞団の勢力を大幅に減少させた。エジプトの場合、サダトは自己の体制の正当性の確保のためイスラーム法実施について同胞団と妥協し、ムバーラクは合法性が揺らぎ協力均衡の減少が起った際、反体制側の合意を取り付けるコオプテーションとして国民対話を実施した。同胞団系の議員が当選を認められたことは体制のコオプテーションとして捉えられるが、同胞団自体は非合法下にあり政府・与党の法案提出に対して無力であるなど、体制側のコントロール下に置かれたものと見なされた。
 以上の事例を踏まえた結論として、中東政府が反体制の野党・イスラーム主義勢力の存在とその政治参加を許したのは彼らの議会進出自体が体制側のコオプテーションであり、同地での「政治的自由化」は体制存続のために埋め込まれたメカニズムであったとされた。
 質疑応答では、従来のモデル化の研究で代表的なLust-Okarの理論の批判・克服の必要性、近年のエジプトにおけるキファーヤ運動(政治参加運動拒絶)・ワサト党(同胞団主流から分離した反体制派)等をどう解釈するか、またヨルダンのフセイン国王時代の路線変更などの要因を説明していないという問題点の指摘、また理論的アプローチと地域研究との間の視点の違いについてなどの議論が交わされた。
 本報告を聞き、可視的・普遍性のあるモデルの構築は、個別的な事例の集合を一つのまとまった動態として簡明に把握できる手法となることが示された点に大変興味を覚えた。その一方このようなモデルは、現実の事象の分析を通じて既存のそれを絶えずよりよい形へと変更していく作業が重要となるのではないかとも感じた。
 (福永浩一・慶應義塾大学大学院史学専攻修士課程)

 本報告は中東諸国の事例研究に対しモデルを用いた理論的説明を加えるという今回の研究会の趣旨において主軸となるものであった。浜中氏は中東諸国における権威主義体制の持続メカニズムの解明を目指す立場をとり、現状において政府が反体制的な野党の存在を許し、部分的に議会への参加を認めているのはなぜかという問いに対し、コオプテーション(反体制勢力の取り込み)という概念を操作して数理モデルを組立て、過程追跡の手法を用いてこのモデルの妥当性について論証した。
 手順として、まず、ルスト=オカルの「競合構造」モデルではキファーヤ運動以降のエジプトを説明できないとして、ガンジー=プシェヴォルスキによるコオプテーションの数理モデルを提示した。そして、このモデル上では政権が野党勢力を抑圧することが難しく、野党勢力が相対的に強くなった時に政権がコオプテーションによって体制の安定化を図ることを示し、ヨルダンとエジプトにおける同胞団の政治参加に関する事例研究からもそれが説明できるとした。
 質疑応答では、数理モデルの組み立てと過程追跡の手法に関し、それぞれコメント・質問が投げかけられた。モデルによる説明の妥当性は認められたが、コオプテーションの対象となる野党勢力の意味する範囲や、必ずしも現地の文脈を反映していない点もあった。こうした点については、相互のフィードバックによってさらにモデルの有用性が高められるものと考えられる。
 本報告は現地の文脈にとりこまれがちな事例研究に対し、問いのたて方や論証の進め方など手法の違いを示した点で参加者にとって有意義であったと思われる。また、結論で言及された、議会政治や選挙の実施などを政治的自由化の拡大と誤解しがちであるが、体制側によるオプテーションにすぎないという旨の指摘は、中東政治を分析する者にとって留意すべき指摘であろう。
 (石黒大岳・神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)