マドリードの新名所?

松原典子

2023年夏、スペインの首都マドリードの王宮近くに、大規模な文化施設が誕生しました。施設の名前は「王室コレクション・ギャラリー(Galería de las Colecciones Reales)(以下「新ギャラリー」)。今に続くスペイン王家が数世紀にわたって収集した貴重な品々を収蔵、展示する博物館です(写真1)。マドリードには、王家のコレクションを母体として19世紀初頭に開館したプラド美術館がありますが、その収蔵品の大部分が絵画を中心とした美術作品であるのに対し、新ギャラリーでは美術作品だけでなくタピスリーや家具のような大型の装飾品、武具、馬車、文字史料など、多種多様な王室の宝物が展示されているという点で異なります。現状では館内は16~17世紀のハプスブルク朝のフロア、18世紀以降のブルボン朝のフロアと特別展のフロアに分かれていて、およそ17万点と言われる王家の遺産(動産)から選りすぐった700点が展示されています(写真2)。展示室からは、建物の建設中に発見された、9世紀のイスラム時代の要塞跡をガラス越しに見学することもできます(写真3)。

写真1 マドリード、王室コレクション・ギャラリー上階入口

 

写真2 王室コレクション・ギャラリー ハプスブルク朝の展示フロア

写真3 王室コレクション・ギャラリー内のイスラム時代(9世紀)の要塞遺構

王室由来の国有財産を管理する公的機関「パトリモニオ・ナシオナル(Patrimonio Nacional)」(以下「PN」)の、「スペインにおけるここ数十年で最大の文化事業!!」という触れ込みのもと、開館前からマスメディアを賑わせていた新ギャラリーですが、オープンまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。そもそも王家の遺産を収蔵、展示する博物館設立の発案は、1930年代の第二共和政時代にまで遡ります。しかし、その後勃発したスペイン内戦(1936-39年)でこの構想は宙に浮いてしまい、長いフランコ独裁時代(1939-75年)を経て実現に向けた具体的な動きが始まったのは、1998年になってからのことです。2006年には建物に着工したものの、上述したイスラム時代の遺構発見、建設費の膨張、政治の混乱、展示計画の見直し、コロナ禍などの理由で、スケジュールの変更と延期が繰り返されました。

着工から17年、総額1億7200万ユーロ(最近のレートでは約276億円)にのぼる公的支出も投入されて、ついにその扉を開いた新ギャラリー。プロジェクトに携わったPN関係者はもちろん、一般市民にとっても、また私にとっても、文字通り待ちに待った開館でした。とはいえ、船出の後も順風満帆というわけではなさそうです。最近の新聞報道によれば、開館から半年の入場者数は33万6058人(1日平均1867人)。開館前にPNが掲げた目標が王宮の入場者数と同等の1日平均およそ3900人だったことからすると、かなり寂しい数字に思われます。実際に、開館から間もない昨年の晩夏に私が訪れた際も、王宮には世界各国からの観光客が大挙して押し寄せていたにもかかわらず、新ギャラリーは閑散としていて、落ち着いて鑑賞できたのはありがたかったのですが、大混雑覚悟だっただけに拍子抜けの感がありました。ちなみに、王宮と並ぶマドリード屈指の観光名所、プラド美術館の2023年の1日平均入場者数は8954人、ピカソの大作《ゲルニカ》を蔵するソフィア王妃芸術センターでは6933人だったとか。開館したばかりの新ギャラリーの国際的な知名度アップは、まだまだこれからということなのでしょう。

最後に個人的な訪問の感想を一言。

スペインの宮廷美術を研究テーマの一つとしている身としては、長年存在は知りながらも王宮の収蔵庫に眠っていて目にする機会がなかった品々が目白押しで、興奮し通しの数時間でした。ただし、年代別の部屋割りになっているために、宗教的主題の絵画や彫刻の側に馬車が置かれていたり、かつて庭園を飾っていた噴水の一部や失われた聖堂の巨大な柱が脈絡なく並べられていたりと、時代や作品についての知識があまりない人は戸惑いを覚えるかもしれません。作品本来の文脈から切り離された展示は美術館や博物館の宿命ですが、それを克服するためのさらなる工夫がほしいところでしょうか。

とはいえ、個々の展示物の質の高さや史料としての価値の高さはどれも第一級!スペインの文化や歴史、芸術に関心のある方には間違いなくおすすめの新名所(?)です。