このブログは、2017年8月2日のオープンキャンパスでの模擬授業の内容にもとづくものです。当日の講義はフランス語学科3年生の杉田有悠子により英語から日本語に通訳されました。
『グ ローバリゼーション』は1990年代以来私たちが日常的に頻繁に耳にする言葉です。グーグルでの調査によれば、1990年代を境に『国際化』に変わって『グローバリゼーション』という言葉が使われるようになりました。この傾向はフランス語でも同じで、もともと英語のglobalizationという言葉がフランス語風のアクセントで使われるようになりました。(図1)
さてグローバリゼーションには、個人的な経験も含まれます。私は幼少期から学生時代までをフランスで過ごし、その後フランスを離れて異国に住むようになってかれこれ15年間以上の年月がたちました。結局、私の人生の30年 以上を港の近くで過ごしました。サン・マロ、ボストン、ワシントン、東京などです。
このブログでは次の3つのテーマについて話をします。(1) グローバリゼーションとは何か。(2) グローバリゼーションによってヨーロッパや日本などの地域にどのような影響があるのか。(3) グローバリゼーションに対して、ヨーロッパや日本の人々はどのような見解を持っているのか。
1- グローバリゼーションとは何か。
グ ローバリゼーションには狭義・広義の意味があります。狭義には経済、貿易輸出と輸入、証券投資などを指し、広義には政治、文化、環境、イデオロギーなどの 経済の枠組みを超えたより一般的な事象を指します。経済学者として、ここでは狭義な意味でのグローバリゼーションを採用します。
まずグ ローバリゼーションの歴史について見てみましょう。グローバリゼーションという言葉が最初に使われるようになったのは1960年代でしたが、先に書いた通 り、キャッチフレーズのようになったのは1990年代のことでした。では1990年代に一体何が起きたのでしょうか。一つにはソヴィエト連邦が崩壊し、冷 戦が終結しました。それまで世界の経済市場が「社会主義」と「資本主義」の二つに区分されていたのが、ソヴィエト連邦の崩壊によって世界は資本主義市場で 統一されました。二つ目にこの時期に情報革命が起きて、インターネットを始めとするコミュニケーション・テクノロジーが普及しました。例えばAmazonとYahooがこの時代にできました。その後GoogleやSNSも誕生しました。三つ目は新しい貿易パートナーとして新興市場が出現しました。とりわけ中 国の国際貿易に占める割合が増し、世界貿易機構におけるプレセンスを強めたことです。簡単に言えば、世界的にメイド・イン・チャイナの商品が激増したというこ とです。(図2)
90年代以降グローバリゼーションが進展した、というのは、具体的にこれらの3つの事象を指します。しかしながらグロー バリゼーションは歴史のもっと早い段階で始まっていたのです。例えば第二次世界大戦後、世界的に保護主義貿易が衰退し、関税の撤廃やコンテナ船輸送の改革 などが行われました。ヨーロッパでは1957から1968年の間に欧州連合(当時の名称では欧州共同体)においては域内の関税が徐々に廃止されていきました。 1970年までに産業大国に成長した日本は、多国間貿易交渉、つまり東京ラウンドにおいて重要な役割を果たすようになりました。最後にグローバリゼーションの歴史的起源をさらに遡ることもできます。「ヨーロッパ人が世界に拡大した」16世紀、もしくは19世紀の産業革命などもグローバリゼーションを推進し た歴史的事象です。
以上に述べたグローバリゼーションの進行は以下の要因によって促進されたと考えられます。
① テクノロジーの発達。例えば海洋交通やデジタル革命など
② 貿易の自由化に関する公的政策
③ 1960年代の日本の高度成長期、1980年代に鄧小平の政策に象徴される国家の経済改革
ヨー ロッパと日本がどのような形でグローバリゼーションに関わってきたかについて述べる前に、私個人の人生がグローバリゼーションからどのような影響を受けたかについてお話しします。私が幼少期を過ごしたのは、大西洋に面したフランスのブルターニュ地方のサン・マロという小さな港町です。かの有名なモン・サン・ミッシェルから車で1時間のところにあります。サン・マロは近世の時代に「三角貿易」によって栄えた町です。つまり奴隷をアフリカからアメリカへ、 砂糖をアメリカかフランスへ輸出するというプロセスを通じて、サン・マロは今からおよそ300年ほど前に国際経済に組み込まれていったのです。
私 が育った70年代のフランスでは、すでにメイド・イン・ジャパンのソニーのレコードやノリタケの食器が流通し、テレビでは日本のアニメ「UFOロボ グレンダイザー」などが放映されていました。グローバリゼーションの視点から見ると、幼少期の私にとって日本はすでに身近な存在だったのです。
2-ヨーロッパと日本のグローバリゼーション
図 3 はGDPに占める輸出、輸入の割合を示しています。GDP、つまり国民総生産とは1年間にある国で生産された収益を指し、これは各国の経済活動を比較する のに大変便利な指標です。90年代まで国際貿易は急速に進化し、それはほぼGDPの増加に比例していました。1990年代に、貿易額はGDPの伸び率を凌 駕するようになりました。一方リーマン・ショック以降、貿易の成長もほぼGDPの増加の割合と並行して増加し、GDPにおける貿易の割合が安定化したことを 示しています。GDPにおける貿易の割合が増加するということは、貿易が増加し、各国との競争が増すことを意味します。
図4は「付加価値 の貿易」を示しています。「付加価値の貿易」は聞き慣れない言葉ですが、ある国の輸出において、他国から輸入された部品を含む場合の計算方法です。例えば メイド・イン・チャイナのiPhoneについて考えてみましょう。中国で梱包されたとしても、実際には目には見えなくとも日本や他のアジアの国々から輸入された 多くの部品が使われています。「メイド・イン・チャイナ」は実際日本や台湾、韓国や他の国から来たパーツと合体しているのです。従って、付加価値の貿易につい てのグラフから、1990年から2010年までの20年間の間の輸出における部品の割合について読み取ることができます。
最後にお金の流 れについても同じことが言えます。グラフ5からグローバリゼーションが長年の間に堅調に増加してきたわけではないことが理解できます。1990年代に金融 フローが増加した後、リーマン・ショックによって金融の流れはより緩慢な増加へと変化していることが読み取れます。(図5)
ここまで貿易と金融の動き、そして世界的生産への統合について説明しました。グローバリゼーションは1990年以前より始まっていましたが、これ以後これらの3つの動きが加速化しました。
3- グローバリゼーションに対するヨーロッパと日本の世論の動き
先進国の市民はグローバリゼーションに対してどのように反応しているのでしょうか。経済学者は2つの理由からグローバリゼーションに賛同しやすい傾向にあります。近代経済の創始者のアダム・スミスやデヴィッド・リカードは自由貿易を支持しました。自由貿易は国際貿易に参加するすべての国々にとって恩恵があるか らです。ある国が単に別の国にはないものを輸出するメリットだけではなく(絶対優位)、両国はある分野に特化して、より効率的に生産することができるから です。(比較優位)同時に経済学者は個々の国の中で勝ち組と負け組が生まれることも認めています。
とはいえ大衆世論は、経済学者よりもグ ローバリゼーションに対して慎重な傾向にあります。ここでヨーロッパと日本の例を挙げてみましょう。図6はグローバリゼーションに対して世論が あまりにも分断しているために、ヨーロッパに共通した一つの世論として語ることができないことを示しています。一つ明確なことは、フランス人は常にグローバリゼーションに対して懐疑的であることです。日本人もやや慎重です。なぜフランスでは大衆世論がグローバリゼーションに対して悲観的な傾向があるので しょうか。これには二つの理由があります。
フランス人はグローバリゼーションの負の側面を見る傾向があります。それは労働市場、環境への 影響です。そうではありますが、グローバリゼーションによって相対的に貧しい国々の多くの人々が貧困から脱することができたこともまた歴史の事実なので す。一方で、フランス人はグローバリゼーションに対して代価案があると考えています。それは自由主義市場ではなく、政治的価値観によって社会を編成すると いうものです。
そうは言ってもフランスでは懐疑主義のみが横行しているわけではありません。ビジネスと政界はグローバリゼーションに賛同しています。
フランスの企業はグローバリゼーションを支持しています。例えばフランスのワイン製造メーカーはフランスワインの水準を保つと同時にチリやオーストラリアの ワイン製造に投資しています。政治分野でも同じです。5月に大統領選挙でマリーヌ・ルペンという極右の政治指導者が欧州連合脱退を主張し、欧州連合を支持して グローバリゼーションに賛成するマクロン現大統領に大差で敗北しました。全体としてフランスにおける世論はヨーロッパに対して懐疑的であると同時により進 化した欧州統合も支持している、ということです。
*
最後にグローバリゼーションの今後について少し書きます。トランプ大 統領の選出やイギリスのEU脱退はグローバリゼーションに反対するナショナリズムの勝利を象徴する出来事でした。大衆がグローバリゼーションに対して懐疑的である、という意味ではフランスや日本も同じです。しかしながら、これらの二つの国では、より多くの国民がグローバリゼーション、国際経済の深化のメリットについても認めており、グローバリゼーションこそ経済の鈍化や少子化などの問題に対する効果的な解決法となりうることを理解しています。