リヨンで垣間見たフランス人のメンタリティ

ベシィ芽依

2023年8月から2024年7月まで、リヨン第三大学に交換留学していました。同年に同大学に留学した同級生が授業について詳しく書いているので、授業のことを割愛してリヨンで得られた気付きを綴りたいと思います。

フロンド通り(Rue de la Fronde)。旧市街にあるこの通りは、リヨンで一番好きな場所です。観光客で賑わう旧市街にありますが人影がなく、奥の建物には古いからくり時計が、左には星の王子さまのお店があり、ここに来ると冒険が始まりそうな予感がするからです。

理解したつもりだった宗教やエスニシティの話
 フランス到着後、最初に感じたことは「こんなに十人十色な個が共存できるのか」という衝撃でした。地下鉄の中だけでも多様な言語、信条、エスニシティが混在していました。日本だと相手への配慮からかこれらの要素を話題にすることが少ないように思います。そのため、リヨンの大学で黒人の友人に対して「有色人種・黒人・ブラックのどの言葉を使ったら良い?」と別の友人が質問したときは、動揺しました。肌の色の違いに真摯に向き合う発言でした。質問された友人も笑いながら返していて、「これがフランス人のメンタリティか」と圧倒されました。高校世界史では、人権宣言や女性の権利宣言など人権の国としてのフランスについて学びましたが、二人の会話を通じて、この違いを尊重して相手に寄り添う言葉選びがまさに人権の国に住む人の心を表していると感じました。授業で学んできた歴史の知識を、経験によってより本質的な学びに変化させられたと思います。
他にも、ムスリムは夏のラマダン(断食月)中に体育の授業があっても水分補給できないことを知ったり、ヴィーガンの友人にご飯を用意した時、誤って肉を入れてしまったり。無知と配慮の欠如に気付かされる瞬間が多くありました。それでも分からないなりに行動して、失敗から学んでという日々は新鮮でとても面白かったです。

テロに屈しないフランス人たち
 ある時、友人の勧めで2015年に世界を震撼させたパリ同時多発テロ事件のドキュメンタリーを見ました。このテロではイスラム過激派グループの銃撃で数多くの人が命を落とし、中でも90人が亡くなったバタクラン劇場の映像は衝撃的なものでした。そこで感じたテロへの恐怖は大きく、様々な友人に恐怖心を打ち明けたほどです。しかし、“Mais on ne peut pas arrêter de vivre”(「それでも生き続けるんだ」)と皆口を揃えて言いました。バタクランの直後には夜にクラブなどへ行く活発な若者が激減したそうです。それではテロリストの思う壺だから、僕達は絶対に外出をやめないと多くの人が熱心に語りました。価値観を揺さぶられた瞬間でした。

ローヌ川の夕焼け。寮から30分歩いてここに来るのが楽しみの一つでした。

 

「国民連合に投票した人は私をアンフォローして」”Si vous avez voté pour le Rassemblement National, arrêtez de me suivre”
 今年の選挙で極右が躍進した際に知人がSNSに載せた言葉です。個人の政治思想の自由が謳われるフランスで、国民連合支持者を拒否する発言は、彼らだけでなく多くを敵に回すことを意味します。その覚悟を持って意見表明する点が、逞しかったです。「選挙に行ってください」と訴える人も大勢いました。フランス人の政治的活動意欲の高さは想像を遥かに超えていました。

ロシアの大統領に立ち向かうフランス人弁護士
 「犯罪者は“犯罪”という言葉で語り尽くせません。犯罪者という枠に閉じ込めないでください」« Vous savez, le criminel est toujours plus grand que le crime. Ne le réduisez pas à son crime. »
これは、国際刑事裁判所のFrançois Roux弁護士の講演で印象的だった言葉です。彼は初め、人間を裁くことについて語り始めました。バタクランの犯人が何ヶ月も黙秘し続けたのは、犯人という一人の人間に興味を示さなかったからだそうです。犯罪者である前に、人間であるということです。犯罪者と聞くと身構えてしまい、同じ人間であることを頭の片隅に追いやっていましたが、弁護士の言葉だけに人を裁くことの重みが伝わりました。
彼の仕事は主に被疑者の弁護ですが、多くの検察官は被疑者の起訴を目標に設定しており、弁護士に圧力をかけます。弁護士は時に10万もの書類を送りつけられ、裁判ではその10%しか必要にならないことがあります。また、検察官は被疑者を起訴するために知ったかぶりをすることもあり、弁護士は虚偽を見極めるために質問をして矛盾点を見つけ出さなければなりません。日々の業務一つ一つに困難が付きまとう中、被疑者を守り冤罪を減らすという本来の目的を全うする姿を垣間見ることができました。
国際刑事裁判所は権力者を一度も有罪判決にしていません。というのも、国際刑事裁判所に裁かれることを望まない国々が、国際刑事裁判所に関するローマ規程を批准していないからです。この規定は、国がジェノサイド(集団殺害)、戦争犯罪、人道に対する罪の被疑者を裁く能力または意思がないとき、これらの被疑者を裁判にかける権限を国際刑事裁判所に与えます。そのため、ローマ規程を批准していないロシアのプーチン大統領を最近まで逮捕することができませんでした。しかし、ローマ条約を批准したウクライナにロシアが侵攻したことで逮捕状を出せるようになりました。今は彼を出廷させられるかどうかが現実問題になっています。Roux弁護士はこの状況に際して斬新な発想をしました。フランスとベルギーでは被告人が出廷する前に裁判ができることを知っていますか?Roux弁護士はこの欠席裁判(Contumace制度)を国際刑事裁判所に導入するために制度を整え、人々を説得する方法を模索しているそうです。

Roux弁護士による講演の様子。熱心にメモを取って質問する学生たち

まず現状を受け入れる。どうしても譲れないことは貫く
 フランス人は多様性に満ちた社会とその危険性を受け入れつつ、嫌なことには徹底抗戦というメンタリティを持っています。様々な信条やエスニシティの人が一緒に暮らすことが当たり前。テロの危険はあって当然。極右の躍進は免れないけれど、対抗手段は全て打つ。今はプーチン大統領を裁くことができないが、本人不在で裁くための体制を整えたい。それぞれが別の方向を向いていても、共に生きていました。一方、イスラエル・ガザ戦争や、それに伴う反ユダヤ主義への抗議デモによって分断が深まっていることも事実です。内外の情勢が悪化し、深い溝ができつつあります。今は平穏さが欠けていても、それが悪化しないように、多様性を受け入れる社会が続くようにと切に願います。

終わりに
 留学は言語の壁に向き合うチャンスであり、異なる文化に心を開く機会でもあります。大学での学びは大きく、授業を聞き取れた時の喜びもひとしおでした。失敗を恐れずチャレンジしてみてください。そして、授業だけでなく、日常に転がっている発見を見逃さず、興味や関心を開拓していってください。応援しています!

「あえてリスクを取る」と書かれたポスター。リヨン印刷博物館にて