VOL.5
1983年卒業
翻訳家
河野万里子さん

翻訳家の原点、フランス語学科

現在はどこでどのようなお仕事をなさっていますか。

 フランス語と英語の小説、児童文学、絵本などの翻訳の仕事を、自宅の仕事場でおこなっています。新潮社、白水社、ほるぷ出版、小峰書店などでの仕事が多いですが、フリーの翻訳家なので、作品によっていろいろな出版社と仕事をします。

 日本ペンクラブで子どもの本委員会の委員もしており、子どもの本に関するシンポジウムのお手伝いをしたり、ときにはレクチャーをしたりもします。

上智大でも外国語学部の「翻訳論」で年に1回ゲスト講師を、英文科では年に4回「翻訳輪講」の講師を、担当しています。

 翻訳家になろうと思ったのはいつごろですか、またそれはなぜですか。

河野万里子さん 小さいころから海外の絵本が大好きで、字が読めるようになるとすぐ、作者や画家のカタカナの名前に並んで日本人の名前もあるのに気がつき、そこで「外国のお話を日本語にする」人がいるのを初めて知って、「わたしもそういう人になりたい」と思ったのを覚えています。ただ、どうすればなれるのかわからず、大きくなるにつれて別の夢も出てきて、大学卒業後は語学を生かせる企業に勤めました。

 再び「翻訳家」を考えだしたのは、結婚後、その企業もやめて一時アメリカで暮し、帰国してからです。外国語も含め、ことばについて考え感じ続けたり、なにかを文章で表現したりすることがとても好きだと改めてわかったことに加え、家庭と両立させやすい面もあるのではないかと思ったからです。

 河野さんの翻訳本画像1

*河野万里子訳: 「青い麦」(2010年)、「星の王子さま」(2006年)、「悲しみよこんにちは」(2009年)

フランス語学科で学んでよかったと思うことはなんですか。

 そもそもフランス語学科を選んだのは、日本ともアメリカとも違うフランスという国での人々の生き方や考え方、価値観を知って自分の糧にしつつ、将来は両国の懸け橋になるような仕事をしたいと思ったからですが、フランス語学科はその思いに十二分にこたえてくれました。歴史や文化についての授業もいろいろあり、またフランス語自体の授業でも、先生方が折々そういったことに触れてくださったので、世界がとても広がりました。

 また、私はフランス語学科で、ほんとうにゼロからフランス語を始めたのですが、卒業後はよく「フランス語はどこで学ばれたのですか?」と聞かれ、そのたびにこの学科で学んだことを誇りに思います。

 現在のお仕事につながるような授業もありましたか。

 当時は残念ながら、現在私が非常勤講師をしているような翻訳関係の授業はなかったので、今の学生たちをちょっと羨ましく感じたりもします。でも翻訳は、原語、原文を正しく豊かに読みとる力があってのものですから、その基礎力はあらゆる授業でつけていただいたと思います。文学部の授業が選択できたのも、興味がある作家の著作について学べたので、よかったです。

 また、毎週宿題として書いていたフランス語の作文(ディセルタシオン)や、文章の要旨要約(レジュメ)では、日本語での文章力も鍛えられたと感じています。これは現在、どの本を翻訳するかといった検討レポートを出版社側に出すときに、ほんとうに役立っています。

 さらに、卒業するとき、あるフランス人の先生が「アフターサービス!」とおっしゃって、卒業後もフランス語でなにかわからないことがあったらいつでも聞きにくるようにと言ってくださいました。おかげで今も、フランス語の小説を翻訳するとき、疑問点や不明点は必ずフランス語学科の先生方にうかがうようにしています。

 河野さんの翻訳本画像2

河野万里子訳:「カモメに飛ぶことを教えた猫」(2005年)、「さいこうのおたんじょうび」(2011年)、「しあわせのおくりもの」(2009年)

在学中に一番印象に残っていることはなんですか。

 先生方の熱意と親身さです。たとえば低学年での少人数授業では、ロベルジュ先生がひとりひとりにあだ名をつけて指名なさるほど、私たちのことをよく見ていてくださいました。家族からも国からも離れてフランス語とフランス文化を教えてくださる先生方の熱意に打たれ、それに感化されるようにして、私たちも一生けんめい勉強したものです。

 入学したときには、帰国子女や海外経験者の多いクラスの雰囲気にも強い印象を受けました。私はずっと日本だけで育ったので、そうした友人たちからも、いい意味での刺激をたくさん受けたと思います。

 最後にメッセージをお願いします。

 「外国語を学ぶことは、自分のなかに新しい『窓』を作ることだ」と在学中、あるフランス人の先生がおっしゃいました。在学中はフランス語学科でその窓を大きく作り、新しい世界をたくさん見て、卒業後はその世界で、またはその世界をもとに、大きく羽ばたいていかれるよう願っています。

 女性の場合は、結婚、出産、育児などによって、私のようにいったん仕事をやめざるをえないこともあるかもしれません。でもそれをプラスの転機ととらえて、また別の働き方、フランス語との関わり方を見つけていけば、きっと自分らしい充実した人生が歩めるのだと信じています。