語学力から共感力へ
新学期が始まりました。
初日朝の通勤時、久しぶりの満員電車で、こういう場面に遭遇しました。
知的障害があるようにみえる年配の女性が電車に乗り、座席のところに来ると、座っていた若い女性に、「席代わってください。」と言いました。すると、話しかけられた女性は、「ここは優先席ではないので席を譲るかは任意です。」と言って立ちませんでした。白髪の女性は、だまって人込みのなかを離れていきました。
若い女性は、あまりにも直接的な言い方にムッとしたのかもしれないし、せっかく座れたのに立ちたくなかったということもあるでしょう。でも、法的にはこの返事は正しいのかもしれませんが、このような開き直りが通用するような社会ってどうなのでしょう。若い女性は、身なりからしてホワイトカラーの社会人に見えました。大学を出ていたとすれば、何を学んだのかな、とも考えさせられました。
コロナ禍で人との接触が制限されたことによって、他者に共感する力、他者の立場に立って考えることができる力が落ちているということが研究で指摘されています。コロナ禍の最中にロシア軍のウクライナ侵攻が始まったことについて、顔をつきあわせた地道な外交が「凍結」されたことが背景にあったのではないかという政治学者もいます。もちろんこれは実証できませんが、うなずいてしまう面があります。
共感力は外国語学部にとっても、きわめて大切です。異なる国や文化の人を、相手の言語や文化を学ぶことで理解しようとするのが外国語学部の基本なのですから。腹を割って話すことではじめて相手の気持ちがわかることがあるでしょう。また新たに異言語を学ぶ困難を体験することや、わからないときの心細さを感じることで、異国に住む人の気持ちがわかるようになるということもあるでしょう。
優先席ではないから立たなくてもよいという法的な知識の独り歩きが悲しいのと同じように、他者への共感のない自己満足の語学力は、むなしいだけです。外国語学部ではこれからまた語学や地域研究などの学びが始まります。この多様な世界で、他者とその背景をよりよく知り、―必ずしも同調しなくてもよいのですが― 相手の立場からも考えることができるためにこそことばを学ぶのだという原点にたえず立ち返って、身に付けた語学力を人との出会いに活かしていくことを願っています。
(2023年4月12日記)