第三回国際比較班研究会報告(林英一)

研究協力者・林英一さんによる本科研研究会報告です
2015.01.05

第三回国際比較研究会参加報告

2014年12月30日
林 英一

開催日:2014年12月19日(金曜日)
会場:上智大学四ツ谷キャンパス 2号館5階506室


第一報告:李 淵植氏(ソウル市立大学)
「韓国に於ける引揚研究の動向と展望」

 報告タイトルの通り、韓国における引揚研究の経緯と展望が詳細になされた。
 報告者の李氏はまず、外科医が1967年に著した『韓国流移民史』を、朝鮮人の海外への移動、居留、帰還を通史的に整理した先駆的研究と位置づけた。さらにブルース・カミングス著『朝鮮戦争の起源』なども重要な業績と評価した。
 その上で、韓国における本格的な引揚研究の嚆矢としてChoi Young-ho氏が東京大学大学院に提出した博士論文『戦後の在日朝鮮人コミュニティにおける民族主義運動研究』を挙げた。同論文は、日本からの朝鮮人の帰国・帰還問題を本格的に取り上げたはじめての研究であった。
 その後Jung Beyong-wook氏、Noh Gi-yoeng氏の研究にみられるように、韓国における引揚研究は拡散していき、2000年代に入ると、韓国研究財団の支援を受けた共同研究がはじまった。その結果、研究対象と地域は多岐にわたることになったが、その一方で分析概念の曖昧さや統計資料の取り扱い、あるいは北朝鮮の事例研究の欠如といった問題も顕在化した。
 さらに李氏は韓国における引揚研究の特徴として民族、ナショナル・ヒストリーによる制約を指摘し、自身のこれまでの研究にも触れながら、韓国の引揚研究の今後の展望として、地域研究的なアプローチ、社会史的なアプローチ、敗戦後内地に引揚げた日本人への関心といった方向性が示された。
 報告後の質疑応答のなかで印象に残っているのは、「解放空間」や「戦災民」といった概念に孕まれる政治性や、そもそも韓国社会のなかで引揚研究をするということが、研究者の立場や姿勢を鋭く問われることになるという現状であった。近現代史研究の難しさと、しかしそうであるからこそやりがいがあるのではないかと感じた次第である。

 

第二報告:中山 大将氏(北海道大学)
「旧樺太住民の移動と残留:戦後サハリンにおける諸事例の国際比較に向けて」

 報告者の中山氏は、今回の報告のなかで、従来氏が取り組んできた樺太・サハリンにおける人の移動に関する研究成果を他地域の事例と比較することを目指した。
 まず、研究の動機、従来の研究、方法論についての指摘がなされた。
つぎに樺太・サハリンにおける事例発生の契機・歴史的文脈、対象地域の事例への関わり方、対象者の特性、引揚げの枠組み、移動の過程と随伴現象、事後の諸問題について、川喜田敦子氏が示した比較軸・項目にそって事例ごとに表にした整理が行われた。
 その上で、樺太と旧日本帝国圏、欧州新領土、日本内地、ソ連国内といった地域、さらにシベリア抑留者、中国残留日本人といった対象との比較がなされ、樺太の事例の普遍性と特殊性を示すための仮説が提起された。
 総じて、先行研究に広く目配りした上で、中山氏のこれまでの研究成果を重ね合わせた、充実した野心的な報告であったことから、質疑応答は話題が多岐に及んだ。
たとえば、ヨーロッパの引揚研究では国単位で分析する傾向があり、引揚げは長期的で連続的であった。これに対して、日本の引揚研究は地域別に細分化されており、そのなかでも樺太の事例は断絶性の強さを示しているとの指摘がなされた。

 今回、二つの報告を伺って、先行研究を深く読み込み、整理することの重要性、事例研究からマクロな見取り図を示そうとすることの必要性を感じた。ただその一方で、話がやや総花的になってしまった感は否めない。お二人とも綿密な聞き取り調査によって個人のライフヒストリーを丁寧に収集してこられた方なだけに、それらをどのように演繹して全体像を示したのか、その過程も含めて知りたいと思った。しかしそれは今回の報告の趣旨ではなく、限られた時間のなかではないものねだりというものであろう。今回お二人が示してくださった「地図」を頼りに、私も自分の研究対象、地域との比較を意識しながら研究に励みたいと思った。

 

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