「トランス・パシフィックに社会運動を考える-アメリカから・沖縄から」参加報告記

研究分担者・八尾祥平さんによる研究大会参加報告です
2015.04.09

「トランス・パシフィックに社会運動を考える-アメリカから・沖縄から」
参加報告記

 八尾祥平

 2014年9月14・15日の2日間にわたり、沖縄県立博物館・公文書館・講義室において本科研および早稲田大学アジア研究機構との共催で第8回次世代国際研究大会『さまよえる民主制』が開催された。この参加報告記は本科研による企画として15日に実施された報告者であるアメリカ在住の労働史家・マニュエル・ヤン氏とコメンテーターである本科研のメンバーである琉球大学・野入直美氏によるセッションを中心にまとめたものである。

 まず、この国際研究大会の概要に触れた上で本セッションの位置づけを説明したい。2014年から2015年にかけて東アジア・東南アジアの各地で国政選挙が行われる。国政選挙によって政権交代が起こる国がある一方で、タイにおける民衆の直接行動にみられるような議会制のみでは反映しつくせない民意がわきおこる国もあらわれている。とりわけ、本大会の開催地・沖縄では11月の沖縄県知事選挙では普天間基地移設問題をめぐり県民の民意が問われる状況であった。さらには台湾・中国間のサービス貿易協定の批准をめぐる非民主主義的手続きに対する不満に由来する学生たちによる立法院(日本の国家に相当)占拠が行われた台湾でも奇しくも11月に統一地方選挙によって台湾の現状をめぐる民意が問われることになり、この問題をめぐって活発な議論が起こっていた。そこで、本大会では沖縄の知識人のみならず台湾の学生運動家たちが一堂に会して報告することを通して、民主制をめぐる現状や民主制の持つ意義について国境を越えるグローバルな視座から、さらには大国間の「周縁」におかれる人びとの視点から捉えなおすことを目指した。本大会の各報告者を結びつけるひとつのトピックとして東アジアにおけるアメリカの安全保障戦略があり、本セッションでは戦後のアメリカ内部での社会運動史についてのヤン氏の報告と東アジアにおけるアメリカの安全保障戦略による米兵の移動の結果あらわれた「アメラジアン・スクール」の活動を長年にわたり実践してきた野入氏のコメントからアメリカと沖縄の社会運動の接点を模索することを試みたセッションであった。

 本セッションでは、冒頭でヤン氏が前日のセッションで議論された「暴力としてのアメリカ」と「文化としてのアメリカ」についてふれ、「暴力としてのアメリカ」は国外にのみ限定されたものでは決してなく、国内においてもさまざまな形で人びとに牙をむき続けてきたことに言及した。これは過去の話ではなく、まぎれもなく現在進行形の話であり、たとえば、米国政府によるイスラエルへのさまざまな援助は中東での緊張を高めることに結びつくことや、こうした国際社会の問題だけでなく、アメリカ国内でたびたび発生する警察官による少年殺害事件など、「暴力としてのアメリカ」が国内外で引き起こすさまざまな問題に対してアメリカ内でも問題視する人びとは決して少なくはない。こうした「暴力としてのアメリカ」に対峙するためにヤン氏はアメリカの社会運動史からのヒントを幾つか提示してくれた。その道筋のひとつとして、労働運動史の経験がある。戦前にまで遡れば、世界恐慌時によって解雇され、行き場を失いつつあったトレドやミネソタの労働者たちは大きな圧力がかかるなかでゼネストを実行し、このことがきっかけとなって政府からニューディール政策を引き出した。戦後においては、レッド・パージ以降、労働組合への規制が強まる中で表向きは当局の統制・管理を受け入れつつ、実際にはこうした当局による規制を無視した活動を行うといった良い意味での「行儀の悪さ」が労働運動のなかに息づいていた。こうした「行儀の悪さ」は、たとえば、ほぼ同時代にベトナム戦争に従軍した反戦米兵にも共通する時代のエートスともなっていた。また、公民権運動の歴史も「暴力としてのアメリカ」への抵抗の大きな支柱となっている。南北戦争後のアメリカ南部における黒人差別は決して消え去ることはなく、むしろ、「日常のテロリズム」が蔓延る状況にあった。こうした状況を覆そうとした黒人の社会運動の指導者であったキング牧師やマルコムXはアメリカの人種差別問題を大きく前進させはしたものの暗殺されてしまうなど、人種差別がいともたやすく殺人へと結びつく状況は残念ながら現在でも絶えたとはいえず、むしろ、1960年代から1970年代の中西部の状況が逆戻りしたのではないかと思わされるような事件も発生している。こうした人種差別問題は差別される当事者だけでなく、それに連帯する者たちもあらわれる。たとえば、ネイティブアメリカンに対する差別問題には学生たちによる自発的な連帯が起こるなど、社会運動の主体として学生という存在も決して無視はできない。2011年に起きた”Occupy Wall street”運動も現在では沈静化されてしまったものの、巨大で複雑な政府組織や企業体によって引き起こされる日常生活の疲弊・窮乏化に対抗するには人びとの連帯こそが大きな力となることをなお示していると指摘してヤン氏による報告は締めくくられた。

 ヤン氏による報告に引き続いて野入氏のコメントでは、まず米軍の東アジア・東南アジアへ展開したことで「暴力としてのアメリカ」がジェンダーの問題と結びつくことであらわれた広義の社会運動として、野入氏自身が理事としても活動し続けている「アメラジアン・スクール・イン・オキナワ」についての紹介がまず行われた。アメラジアンとはアメリカ人とアジア人の両親を持つ人びとのことを指す。戦後、朝鮮戦争やベトナム戦争によって米軍が東アジア・東南アジアへ展開し、米兵と地元女性との間に生まれたという出自を持つ人びとがおり、とりわけ日本では巨大な米軍基地を抱えた沖縄の事例がよく知られている。日本では1984年の国籍法改正までは父系血統主義をとっていたため無国籍となってしまったアメラジアンが就学・就職に支障をきたすことが多く、社会問題化していた。アメラジアンをめぐり、既存の教育の現場ではマイノリティであるアメラジアンに十分な配慮やケアがされたカリキュラムは望むべくもない状況が続いていたことから、1998年にアメラジアンの母親たちが中心となってアメラジアンに適した「ダブルの教育」をうけられる場として無認可のフリースクールとして「アメラジアン・スクール・イン・オキナワ」は開校した。現在では、宜野湾・沖縄・浦添市が正式な民間教育施設として認め、開校以来の在籍者は400名を超えるほどにまでなっている。アメラジアン・スクールは、外見・文化・言葉の壁によって一般の学校ではなじめない子ども達にとってのかけがえのないよりどころともなっていることがコメントの内容からうかがわれた。こうしたアメラジアン・スクールの紹介をしたうえで、野入氏からはヤン氏の報告に対して「社会運動が生み出される〈場〉、もしくは、社会運動にとって〈場〉が持つ意味」を考察する重要性が指摘された。

 このセッションでヤン氏が報告で取り上げた「暴力としてのアメリカ」への抵抗としてとりあげた事例は決してアメリカの内部にとどまるものでは決してない。たとえば、米軍の内部から立ち上がった反戦・平和運動は太平洋を越え、沖縄でも1971年の四軍記念日に行われた反戦GIグループや黒人兵集団、そして、地元の反戦グループによる初の「合同反戦集会」が開かれた。こうした動きに対して米軍当局は強い危機感を持ち、米兵による参加自粛を呼びかけるにとどまらず、集会当日には集会場を機動隊・MPが動員される事態となった。また、沖縄に自衛隊が初めて上陸した際の反対デモには地元住民のみならずアメリカ人も参加していた。さらに、1960年代から70年代にかけての公民権運動の高潮は沖縄にまで波及し、1972年1月には「キング牧師追悼デモ」が開かれ、このデモには黒人だけでなく、中南米出身の米兵、白人、沖縄人も参加し、1000人近い規模となり、当時は白人街と黒人街にわかれていたなかで黒人街を白人にも開放するといった動きにもつながっていった。「暴力としてのアメリカ」はアメリカの内外で軋轢を生じさせていたが、それと同時にアメリカの内外でこうした動きに歯止めをかけようとする抵抗も立ち上がっていたのである。こうした移動する「暴力としてのアメリカ」に抗する社会運動は沖縄に限らず、東アジア・東南アジアにおいて米軍が展開した地域で地域による違いはもちろんあるにせよある程度共通してみられるものであろう。戦後の東アジア・東南アジア各地で引き起こされた移動する「暴力としてのアメリカ」をめぐって生じたさまざまな記憶は、一国・地域史的な枠組みでは「周縁」に位置づけられてしまい、その重要性はこれまで十分に掘り下げられてはこなかった。しかし、「暴力としてのアメリカ」が引き起こす矛盾がもっとも先鋭的に、かつ、重層的にあらわれるのは「周縁」においてであり、これらの事例をごく少数の「例外」として無視することは明らかな誤りである。本セッションでの議論を通じて、冷戦期を一国史的な枠組みから捉えることの限界が露呈するとともに、トランス・パシフィックな視点から社会運動を捉え直すことは、戦後、人の移動と暴力とが結びついたことによる軋轢を抱え込まされる個々人がローカル内外での人びとの連帯による解放の起点となる可能性を模索し、国境を越えて跋扈する「暴力」に介入していく試みであると私自身は受け取った。この非常に困難な課題を議論する〈場〉を立ち上げ、濃密な議論を交わすことを引き受けてくださったヤン氏と野入氏にあらためて深く感謝の意をあらわしたい。

(文責:八尾祥平)

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