上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
東ティモール ディリ、コバリマ、エルメラ、リキサ県
調査時期
2009年8月
調査者
博士前期課程
 
調査課題
東ティモールにおける伝統的産婆の教育プログラムと出産の変化
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調査の目的と概要

途上国における近代医療化の影響を、東ティモールを事例に考察する。具体的には、伝統的産婆(Traditional Birth Attendant)に対する近代医療教育(TBAトレーニング)によって、東ティモールにおける出産のあり方が、どのように変化してきているのかをTBA、妊産婦の視点から明らかにする。従来、地域社会の出産介助者として主な役割を担ってきたのはTBAであった。
TBAに関する先行研究は、主に(1)自然科学、(2)社会科学分野でなされている。(1)においては、医療支援を肯定的に評価し、TBAの行為を危険視する傾向がある。(2)においては、近代医療の知識と技術を持つ医療者とTBAの対立関係や相互の認識に関する隔たりがあることが示されている。
2002年に東ティモール民主共和国として独立を達成したのち、出産をめぐる状況は大きく変化している。世界保健機関(WHO)や国際連合児童基金(UNICEF)、それに国外のNGOが医療支援を行うことで、

東ティモールの医療体制はそれらに倣い、近代医療化を進めている。だが、人口分布のばらつき、地理的な理由から、その恩恵に与れる人は数少ない。そのため、自宅での出産が多く、時には悲劇的な結末も起こりうる。このような医療「外」、「内」の出産状況を動体的に分析することを調査の目的とする。

調査成果

今回の調査では、ディリ、コバリマ、エルメラ、リキサと4つの県を訪問し地域住民や伝統的産婆への聞き取りを行った。また4つの保健医療支援を行う団体にて、活動内容やそれらの評価における情報を収集した。その成果を総括しここに報告する。
政府による取り組み
国際連合児童基金の統計によると、東ティモールは諸外国と比較し、合計特殊出生率6.7、新生児死亡率40/1000人(2006年度)、妊産婦死亡率510/10万人(2005年度)と高い。この統計結果を受け、政府は死亡率の減少、栄養状態改善、疾病予防を目的とした対策を打ち出している。特に力を入れている政策がSISCa(Serbisu Integrado Saude Comunitaria:地域保健統合サービス)である。地域住民に対し保健意識向上を目的とした出産前中後のケア、予防接種、家族計画を行う母子保健、コミュニティの栄養改善、治療サーボス、ヘルス・プロモーションの活動を実施している。世界保健機関によると、専門の知識や技術を獲得した人による助産は27.2%という結果を示している。つまり、医師、助産師という医療従事者の数は不足しているのである。インドネシア占領時期には医療従事者の教育施設は存在したものの、2002年独立以降その施設はなくなっている。この間、新たな医療従事者が育っていなかったが、2008年より東ティモール大学で看護師、助産師を養成するための教育が再開されている。そして、政府は適切な知識と技術を持つ専門職の出産介助を推奨している。
地域住民の出産の実際
この政府の方針が各地域まで浸透するにはほど遠い。地域の住民が出産する場所として、病院や診療所などの施設または自宅が挙げられる。施設分娩の場合には医師や助産師が介助を行う。産婦は陣痛が始まると家族と共に病院へ行く。出産がなかなか進まなければ、助産師は産婦へ良く歩くよう促す。無事出産すると、出産当日または翌日にはベビーと共に自宅へ帰る。その際、退院後の生活についての指導はない。
自宅で出産する場合は、夫や実母といった家族や、伝統的産婆、助産師がその介助にあたる。コバリマ県スアイ郡の事例をあげる。椰子で造られた高床式の伝統的な家屋で暮らすある女性は、病院勤務の経験がある夫に介助をしてもらった。家屋には2間あり、外側は男性が眠る場所、内側には女性の眠る場所と台所がある。この部屋で女性は天井に吊るされている紐を持ちながら座産する。出産後約1ヶ月自宅から外に出ることはできないため、食事、排泄、水浴び、育児といった日々の生活動作が家屋内でなされる。夫が出産を手伝ったが伝統的産婆にも来てもらう。特殊な能力を持つと信じられている伝統的産婆は、出産進行が停滞すると植物を用いた腹部のマッサージで促進を図る。
このような伝統的産婆は東ティモールの各地に存在する。リキサ県の伝統的産婆は40年間出産の介助を行ってきた。彼女の自宅から徒歩1~2時間圏内であれば、助産のために出向く。実際は、産婦の家族が1~2時間かけて呼びに来るため伝統的産婆の到着までは2~4時間かかる。逆子を無事に取り上げた経験もある。ココナッツオイルを使用しマッサージを行い、陣痛を和らげたり、授乳の相談にのったりする。そのため、彼女に第1子を取り上げてもらった母親は2子、3子の介助も知り合いである彼女を希望することが多い。しかし近年、彼女の自宅の近くに病院が建設されると、そこで出産する女性が多くなり、3~4ヶ月に1回と出産の介助は減少した。

危険な出産への対応
 病院であっても自宅であっても、助産師または伝統的産婆、誰が介助しても、出産には危険が伴うことがある。出産直後に子宮収縮不全のため大量に出血することもあれば、逆子で臍が先行して脱出しベビーが命を断たれることもある。このような状況に地域住民はどのように対応しているのだろうか。地域住民によると、手や足が先に娩出してきた時には母親かベビーかどちらの命を助けるか問われ、ベビーをあきらめたり、同じく逆子での出産時にヘリコプターで母体搬送を試みたが間に合わず命を落としたりすることもある。
 このような事態を招いてしまう原因はいくつかある。第1に、異常に気づかない、気づいても対応ができないことである。大量に出血していてもどうすればよいのか分からず、手遅れになる例もある。第2に、医療施設がないことに加え、アクセスしにくいことが挙げられる。今回訪問した4つの地域のうち3地域は首都であるディリより遠く離れた場所に位置している。エルメラ県レテホホ郡は車で4時間、コバリマ県スアイロロ郡は6時間のところにある。ディリ県に管轄されるアタウロ島は週に一度往復船が運航されるのみである。各県に医療施設は存在するものの、帝王切開が不可能、医師や助産師、看護師が不在である場合もある。
保健医療支援団体の活動
 このような状況を改善しようと国内外の保健医療支援の団体の活動は盛んである。団体Aでは、最終学歴が高校である男女を雇用し、医療保健の知識を教授し地域保健スタッフを育成していた。スタッフは、各地域で住民の家々を訪問し、健康状態を聞き状況判断の上、医療施設への受診を勧めている。また新生児がいる家庭では、児の状態も確認し地域の医療状況の把握に努めている。医療従事者が少ない地域では、このような医療スタッフの存在と彼らの持つ知識が母子保健に貢献すると思われる。団体Bでは、授乳プロジェクトを展開していた。東ティモールでは、体内を洗い流すという意味から水やお湯を飲ませる習慣があるため、栄養が豊富で免疫物質が含まれている初乳を与えないことから、このプログラムが始まった。今回訪問した地域では初乳を与えていたため、東ティモール全域にこの習慣があるわけではない。地域のボランティアは、母乳の利点や授乳方法の知識や技術を獲得するためのセッションを受けた後、地域でそれらを発揮し、母乳育児を最低でも6ヶ月は続けるよう、地域の母親たちに説明している。
団体Cでは、ディリに診療所を設け、5県10ヶ所の地域にて巡回診療を行っている。巡回診療では、乳幼児、妊婦の診察以外にも一般の診察も行っている。その際、絵を用いて妊娠や出産に関する知識、異常の兆候を説明し、早期の異常発見や疾病予防に努めている。またこの団体では、伝統的産婆のトレーニングプログラムがあり、資格を持たない産婆に対し医療の知識と助産の技術を提供している。巡回診療の際も、妊婦の血圧、腹囲、子宮底、浮腫の有無、胎位と胎児心音の確認、妊婦へ生活指導を行っていた。妊婦への診察を定期的に行うことで、妊娠・出産時のリスクを回避できる確率は高くなるだろう。
 このように各団体の活動により、健康や予防に対する関心の高まりが期待される。このような活動とともにインフラ整備が進むことを強く願う。どんなに異常が早期に発見できても医療施設にたどり着けない、また医療支援を行う団体もディリから遠く離れた地域では道路事情により活動できないこともある。

 今回の調査では母子保健に関する事情を把握することができた。今後の課題として、住民に密着し、妊娠、出産の時期をどのように過ごしているのか、これらに関する知識や技術の程度や継承方法を明らかにしたい。この度、文部科学省研究拠点形成費等補助金による大学院教育改革支援プログラム「現地拠点活用による協働型地域研究者養成」の一環である支援を受け調査することができた。心から感謝の意を表します。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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