上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
イギリス
調査時期
2011年3月
調査者
博士後期課程
調査課題
ハサン・バンナーの歴史認識とムスリム同胞団思想への影響に関する研究
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調査の目的と概要

 ムスリム同胞団は現代エジプトにおいて政治的、社会的に重要な役割を担っているイスラーム主義組織であり、その運動と思想の分析は、エジプトの政治と社会が抱える問題の理解にとって不可欠である。しかしこれまでの研究状況を見る限り、同胞団の歴史認識の分析は決定的に欠落している。以上の問題意識から、調査者はこれまで同胞団の創設者ハサン・バンナーの歴史認識に注目し、それが後代に与えた影響についての分析を行ってきた。調査者は2010年度夏学期に現地調査を行ない、現地の書店や図書館にて資料の閲覧と収集、同胞団関係者へのインタビューを行なったが、本調査はエジプトでの3月までの政治情勢から当該時点でのエジプトへの渡航が困難と判断されたため、次善の策としてイギリスのロンドンで下記の調査を実施した。
  1. ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)に赴き、現在の同胞団及びイスラーム主義思想家に関する資料を調査。
  2. 英国公文書館、大英図書館において近代エジプト史、イスラーム主義思想の文献史料調査。
  3. 収集した資料等に基づき、バンナーおよび同胞団思想家、現在の同胞団員の歴史観を検証し、博士論文執筆の材料とする。
 本調査は2011年度以降に予定している長期調査の予備調査であった。調査者はこれまで上記のように、イスラーム思想と西欧思想との「ずれ」を生む一つの原因が歴史観の違いであるとの認識に立ち、バンナーの著作を初めとするアラビア語史料の収集を通じて彼らの歴史叙述を分析してきた。本調査はそれを踏まえ、調査者が研究対象としている20世紀前半にエジプトを支配し、外交・植民地関連の文書や当時のエジプトの情勢に関する史料が多数所蔵され、また現在のムスリム人口が多くイスラームとヨーロッパの間の相互認識や思想の溝の問題が重要な課題として存在するイギリスにおいて、文書の閲覧と資料収集、および在英のムスリム系コミュニティーの状況調査を行なうことを目的とした。それにより今後イスラーム主義運動の研究を続けるにあたり未取得の文献の入手と新たな視座を得ることができると考えた。

調査成果

 本調査では3月19日から24日にかけて、まず日本大使館を訪問し、現地の安全情報と同時に英国勤務中の中東研究の担当官との情報交換を行ない、英国におけるイスラーム主義研究に際して有益な研究機関の紹介と、在英ムスリムの団体の現状とイギリス当局の警戒に関する情報の教示を得ることが出来た。その後ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS) の図書館に赴き、現在までに出版されたバンナーおよび同胞団に関するアラビア語の著作・一次資料と、同様の文献の英訳、先行研究の把握を行ない、それら資料の収集と読み込み、複写を行なった。
この度の調査で収集できた主な文献と資料は、以下のとおりである。
  • Banna , Hasan, Fiqh ql-Waqi‘ : maqalat tunshiru li-awwal marrah, Cairo: Dar al-Kalimah, 1999
  • ----, Muhammad al-Nabi al-‘Azim: kalimat khalidah, al-mar’ah al-muslimah, Beirut: Maktabah Hittin, 1972
  • ----, Letter to a Muslim Student, Leicester: The Islamic Foundation, 1995
  • Rubin, B., The Muslim Brotherhood: the organizationand politics of a global Islamist movement, New York: Palgrave Macmillan, 2010
 上記の文献より、[Banna; 1999]は、エジプトの同胞団の創設者ハサン・バンナーの没後50年を記念して出版された、バンナーの著述集である。同書には、ラシード・リダーの出版していた雑誌『マナール』誌を、リダーの死後同胞団が一時引き継いで発行していた期間があり、その時の雑誌にバンナーが寄稿した文章のまとめ、また戦間期から第二次大戦後にバンナーが著述した複数の論考を収録しており、今後同胞団の思想研究に関わるうえで重要な資料の一つとなると考えられる。[Banna; 1972]は、ムハンマドの言行についてバンナーが当時の女性向けに引用しつつ解説したものであり、[Banna; 1995]は、バンナー在世時にヨーロッパに留学したムスリムの学生にむけて、彼が心構えを教示した書簡の英訳である。そのほか同胞団に関するイスラーム主義運動の側面からの最新の研究の一つである、[Rubin: 2010]を含め、同胞団についての複数の先行研究を、このたび閲覧、複写することができた。

 また調査者はロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS) の図書館での一連の調査の過程で、現代のムスリムと西洋、キリスト教文明との接触と認識の問題、また現代のイスラームにおける歴史の意義と重要性について扱った文献も参照することができた。それらの文献の主要なものは以下の通りである。
  • Bulliet, R. W., The Case for Islamo-Christian Civilization, New York: Columbia University Press, 2004
  • Muhammad ‘Imarah, Al-Gharb wa-al-Islam: ayna al-khata’? —wa-ayna al-sawab?, Cairo: Dar al-Ma‘arif, 1997
  • Thompson, M. J., ed. Islam and the West: critical perspectives on modernity, Oxford: Powman & Littlefield, 2003
  • Ahmed, Akhbar, Discovering Islam: making sense of Muslim history and society, London: Routledge, 2002
 次に調査者は3月25日から27日にかけて、バンナーの同時代における英国側の対エジプト政策、イスラーム主義運動への対策の調査のため、エジプトの英国総督府における外交・植民地政策に関する公文書が多数所蔵されている英国公文書館(Public Record office) にて、両大戦間期のエジプト、アラブ地域にかかわる外交・植民地政策の公文書を探索した。同公文書館において 参照したアーカイブは主に以下の番号に属するものであった。
    Public Record Office, London:
    Foreign Office:
    FO 141 (Egypt: Embassy and Consular Archives)
    FO 371 (General Correspondence)
    War Office:
    WO 208 (Military Intelligence, Middle East band Egypt)
 その後調査者は3月28日から30日の間に、大英図書館を訪問し資料閲覧室の利用登録を完了すると共に所蔵資料の検索と閲覧を行なった。さらに在英のムスリムの現状について確認を行なうことを試み、ロンドン在住のムスリムが多数集まり、周辺にイスラーム思想関連の書店やアズハル系教育機関のロンドン支部、ムスリム向けのハラール・フードの飲食店が多く並ぶWhitechapel Road 近辺の通りを調査し、書店にてイスラーム思想とイスラーム主義系の歴史書籍を購入した。また同地にある東ロンドン・モスクとロンドン・ムスリムセンターを訪問し、同センターで非ムスリムを対象にした交流とイスラームへの理解啓発のイベントが実施されていたことを認知し、そこで若干の聴き取り調査を行なった。その中でこのたび購入できた書籍は主に以下のものである。
  • Jabal Muhammad Buaben, Image of the Prophet Muhammad in the West: a study of Muir, Margoliouth and Watt, Leicester: The Islamic Foundation, 1996
  • Ali Muhammad As-Sallabi, Nasir Khattab tr. The Biography of ‘Uthman Ibn ‘Affan, Riyadh: Maktaba Dar-us-Salam, 2007
  • Ulfat Aziz-us-Samad, A Comparative Study of Christianity & Islam, New Delhi: Adam Publishers & Distributors, 2004
 この度の調査を総括して、先述の通り当初エジプトへの渡航を予定していた所、現地情勢の急変により英国に変更となり、期間も比較的短期となってしまったために事前の準備や現地での調査の手順等につき若干困難な面があったものの、ロンドン市内で各地の図書館、書店および公文書館に足を運びイスラーム主義、ムスリム同胞団関係の書籍を収集することができ、なおかつ英国におけるムスリム人口の増大によるイスラーム文化の浸透、西洋キリスト教世界とイスラームの相互の認識や歴史、思想を巡る問題について身近に感じる機会を得た。そのため今後英国での調査の必要が生じた際に、本調査は非常に有益な予備調査となったことが大きな収穫ではなかったかと思われる。本調査は、文部科学省研究拠点形成費等補助金による大学院教育改革支援プログラム「現地拠点活用による協働型地域研究者養成」の一環の支援を受け、実施することができた。深く感謝の意を表したい。

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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