上智大学 大学院 グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻

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大学院生へのフィールド調査サポート

調査地
イギリス
調査時期
2010年3月
調査者
博士後期課程
調査課題
イギリス、ロンドン市内におけるムスリムの生活とそのアイデンティティに関する調査
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調査の目的と概要

今回のイギリス調査では、ムスリム個人のイスラームの捉え方を参与観察ならびに聞き取り調査をすることによりイギリス人ムスリムの異文化社会におけるムスリムとしての在り方を調査した。まず、ロンドン・セントラル・モスク及びイースト・ロンドン・モスクで毎週末に行われている「New Muslim クラス」に参加し、イギリス人改宗者や移民第2世代以降のムスリムたちのイスラームの捉え方に関して、参与観察と個人への聞き取り調査を行なった。また、ロンドン近郊のWokingにあるイギリス最古のモスクであるShah Jahan Mosqueに行って、モスク関係者に対してインタビュー調査を行なった。特に改宗者への対応やイスラーム教育についてのインタビュー調査を行なった。
 文献調査としては、大英図書館やSOAS及びロンドンのイーストエンド地区やベイズウォーター地区にあるイスラーム書籍を扱う専門書店を巡り、イギリスのムスリムたちに関する資料を多く入手することができた。

 本調査を通じて、改めて様々なムスリムたちと知り合うことができたと同時に、ムスリム・コミュニティやイギリス社会のムスリムへの対応に関して個人的な意見を得ることができた。

調査成果

今回の調査は、イギリスのムスリム個人のムスリムとしてのアイデンティティに関する調査を中心に行った。ロンドン・セントラル・モスクでは、アラブ系の移民とその家族、そして白人系の改宗者に出会い、イギリス・ロンドンでムスリムとしていかに生きているのかをインタビューした。また、イースト・ロンドン・モスクでは、New Muslimクラスに参加し、そこでの参与観察を通して白人系改宗者のイスラームのとらえ方を知った上で、日本のイスラームの状況の話をするとともに、イギリスでのムスリムとしての生き方を聞き取り調査した。

1 ムスリムのアイデンティティ構築の場としてのモスク:イースト・ロンドン・モスクでの参与観察並びにインタビューの結果について
ムスリムのアイデンティティの問題に関して、一番深刻な世代は第2世代である。第1世代の親(とくに母親)には、全く英語ができない者もいれば、買い物程度であればできるという者もいる。それ故、第2世代が通訳として親とイギリス社会(非ムスリムのイギリス人)との架け橋になっていることが多い。これは、親の世代がイギリスの地域社会への適合ができないこと、親の出身国のコミュニティのみとの交流しかない閉鎖的な状況にあることが言えるであろう。また、親の世代は、出身国にて16,7歳で結婚し、配偶者と共にイギリスに移住したこともあって、同様に若年であるにもかかわらず配偶者を決めて子どもたちに結婚するように押し付ける傾向にあるという。ただし、子どもたち側はまだ自由を謳歌したいこと、「お気に入り」の配偶者を見つけたいこともあって、親との対立関係を生んでいる要因にもなっているという。
また、さらに深刻な問題は、第2世代以降のイスラーム教育の問題と白人系改宗者の改宗後のアフターケアに関する問題である。イースト・ロンドン・モスクのNew Muslimクラスにおける参与観察では、改宗者に関する興味深い話を聞くことができた。このモスクでは改宗者が問題を抱えた場合、他人とのコミュニケーションをとることが重要なので、まずはモスクに来てもらい、いろいろと問題を聞くことにしているという。つまり、問題は仲間で必ずシェアーするべきだということであった。また一部のムスリムたちはイスラームの教義に厳格であり、そのような人は新しい改宗者に対して早く教義を覚えるよう厳しく言ってくることがあるという。イスラームは段階的にやるように教えを述べながら言うべきであるとの意見を聞くことができた。このクラスには白人系の改宗者が複数いたが、この日は結婚による改宗者とまだ改宗していないがイスラームに興味があって勉強するためにきている人もいた。このクラスの特色は、改宗者や第2及び第3世代の若手のムスリムたちが学びたい事柄(例えば、礼拝方法やクルアーンの読み方、六信五行など)について、それぞれ小グループを作ってグループごとに勉強をしていく。このようなクラスは、イスラームを勉強し、ムスリムとしてのアイデンティティを構築するだけでなく、仲間作りとムスリム・コミュニティへの参与への機能を持つことが言えるだろう。

2 Islam is easy, but Muslims make it difficult.:Wokingモスクでのインタビューについて
ロンドン近郊のWoking市には、イギリスで最も古いShah Jahan Mosqueがある。このモスクで「Professor」と呼ばれる年配のムスリムと事務補佐の若い第2世代のムスリムにインタビューをした。まずは比較検討をする意味もあって日本のイスラームの状況を話し、イギリスのイスラームおよびムスリムたちのアイデンティティに関する話を伺った。

知り得たことは、イギリスには多様性があり、ムスリム人口数が多いこともあって、モスクを中心とした組織がしっかりしていること、考え方やその方向性も組織内での一致をみていることであった。また、ムスリムとしてのアイデンティティを構築するためにモスクで行われているイスラーム教育に関しては、クラスは習熟段階ごとに分けており、アラビア語、イスラーム、歴史などを学ばせているということである。アラビア語は特にクルアーンを読誦するためには重要で小さい時に学ばせることが一番良いとのことであった。また、New Muslimへの対応にしても、穏やかに教えていくということである。最後に、事務補佐の話では、イギリスのイスラームは穏健であるがムスリム人口数の多さと出身国の多様性から様々なイスラームの見解があること、それ故に、改宗者たち、とりわけNew Muslimにとっては何が「正しい」イスラームなのか戸惑いや混乱が生じるらしく、イスラームそれ自体は非常に解りやすく簡単であるが、ムスリムたちが難しくしてしまうことに問題があると述べていた。

3 イギリス・ロンドンの多様性について
今回の調査では、第2世代のバングラデシュ人女性ムスリムの家に招待された。そこでは、近所に住む敬虔な白人系キリスト教徒の女性も交えて夕食会が開かれた。この女性ムスリムが生まれたのはバングラデシュであるが、1歳の時にイギリスに移住した。下に3人の姉妹がいるが、彼女たちは全員イギリス生まれである。イギリスが既に故郷になっている彼女たちには、両親の出身国に行ってみたいという思いはあっても、あくまでも両親の国であって、自分たちの帰るべき国という思いではないようであった。
一方で、同席したキリスト教徒の女性はこのバングラデシュ人家族にとっての良き理解者である。専業主婦であるバングラデシュ人家族の母親はあまり英語が出来ないことから、昔から様々なことでこの女性のお世話になっていたという。彼女はこの家族がムスリムであることは理解しているし、それが彼女にとって問題になることはなく、それよりもお互いが助け合って生きていくことがこの社会にとっては重要であるとのことである。

最後に、セントラル・モスクで出会った、インフォーマントである年配の改宗者の女性と会ってきた。彼女は結婚による改宗である。非常に有意義な内容で、まず、ロンドン市内は「コスモポリタン」であるので、まだムスリムを差別することがないそうだが、郊外に出るにつれて、差別意識が強くなるとのことを話して頂いた。また、2012年に開催されるロンドン・オリンピックに合わせて建設が予定されている「メガ・モスク」の話を聞いてみたが、インフォーマントの方は知らないということであった。おそらくイスラームの教義を厳格に貫こうとするイギリスのタブリーグが作ろうとしているせいもあって、一般の穏健なムスリムたちやタブリーグの人びとでないムスリムたちは知らないことなのだと思われる。更に、彼女にイスラーム教育、特に子どもの「お絵かき」に関して聞いてみた。この女性も自分の子どもたちへの教育に相当悩んだらしく、非常に具体的に話をして頂いた。子どもの絵画の問題は、日本のムスリムたちの間でもそうだが、同様にイギリスのムスリムたちの中でも非常に微妙な問題になっていることがわかった。「お絵かき」に生物を書くことは子どもたちに禁止しているが、政府や学校のルールである場合はそれを子どもたちによく言い聞かせること、それ以外に書くときは、通常は木や花、建物など非生物であるものを書かせるということであった。だが、実際には子どもたちは親の知らないところでしてはいけないことをしているし、とりわけ反抗期の子どもたちは、その傾向が顕著に見られるようで、その時期には黙って見守っていくことが重要であるとのことであった。

4 結論
今回の調査も非常に良い出会いをした上に、非常に良い意見を聞くことが出来た。大英図書館及びSOASにて収集した文献の中で、イギリスのNew Muslimsにおける問題点を指摘した論文を入手した。その論文では、New Muslims は家族などからムスリムになったことへの理解を得られない者がいて、その上にOld Muslimsたちが早くイスラームの教義を覚えるようにあせらせるなどNew Muslimsへの対応が非常に悪く、そのためにNew Muslimsは到る所で孤立してしまう結果を招いているとある。イギリスのムスリムたちは一筋縄で括れない状況にあることがわかった。

また、イギリスのムスリム人口は数が多いうえに、出身国の多様性から様々なイスラームを見ることができる。しかしながら、それは大都市ゆえの傾向であって、地方に行けば行くほどムスリム人口が少なくなるので、差別が多くなることがわかった。多様性は大都市の特徴であり、イギリス・ロンドンのムスリムはイスラームの多様性を理解しなければならないと同時に、異文化であるイギリス社会の中でのムスリムのアイデンティティ構築においても様々な問題を抱えながら生きていることが分かった。

 

■ 2011年度 フィールドワーク・サポート(大学予算による)

■ 2010年度調査第2回

■ 2010年度調査第1回

■ 2010年度 フィールド調査サポートによらない学生の調査(フィールドワーク科目による単位認定)

■ 2009年度調査第2回

■ 2009年度調査第1回

■ 2008年度調査

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