研究課題:イスラーム近代と民衆のネットワーク
上智大学拠点は第1期(2006-11年)において、三つの研究グループが密接な連携をとりながら研究活動を行ってきたが、その成果および次にとりかかるべき課題は次のようにまとめられる。
まず「イスラーム主義と社会運動・民衆運動」の成果は、1990年代後半以降のイスラーム社会を「ポスト・イスラーム主義」の時代として理解する新しい分析枠組みを提示したことである。次に「東南アジア・イスラームの展開」の最大の成果は、東南アジアのイスラーム書(キターブ)を広範に収集して目録(東南アジア・キターブ・コレクション・カタログ)を作成し、東南アジア・ムスリムの国境を越えたネットワーク研究の基盤を整備した点である。そして「スーフィズムと民衆イスラーム」の成果は、スーフィズム・聖者信仰複合に対する学際的研究を主導し、政治的イスラームの研究に傾きがちな今日の研究動向を相対化し、イスラーム近代の全体像に対する視野を広めたことにある。
第2期においては、上記のような研究成果の上に立って、三つの研究活動を一つに集約するグループとして「イスラーム近代と民衆のネットワーク」を編成し、より効率的な研究を推進する。そこで具体的な研究テーマとなるのは、イスラーム運動における社会的活動、イスラーム書を介した人と情報のつながり、スーフィズム・聖者信仰複合によって結ばれるイスラーム的ネットワークである。
「イスラーム近代と民衆のネットワーク」を本拠点の統一課題とした意図は、西アフリカから東南アジアまで広がるムスリム社会における近代性の諸問題は、単なる「西洋近代の衝撃」への対応、あるいは、政治組織や経済体制の変容という観点のみでは、とらえきれないという問題意識からである。すなわち、本研究では、ムスリム自身による主体的な知的・社会的営為および政治的・社会的運動に焦点を当て、ムスリムが、近代性とどのように出会い、それをどのように理解したか、そして、それが一般民衆の中にどのように伝えられたか、さらに政治運動・社会運動としてどのように機能したのか、を検証する。とくに彼らの著作物や運動組織を分析して解明を行う。
具体的には、まずイスラーム運動組織の出版物、主要なイスラーム知識人の政治思想、国際認識、教育思想と教育運動、スーフィズムや民衆イスラームについて、アラビア語、マレー語などの現地語一次資料を体系的に収集・分析し、欧米言語資料も併用しつつ、これらの活動や思想の特徴を明らかにする。次に、これらの分析を通じて、西アフリカから、中東・東南アジアまで広がるイスラームの思想や運動、民衆組織などのネットワークの実態を解明する。そして、以上の成果の上に立ち、現代社会におけるイスラームの在り方とイスラームが提起する諸問題を検討する。
<参考:第一期(2006~2010年度)テーマ 『イスラームの社会と文化』>
基本的な研究の枠組みは、従来の上智大学アジア文化研究所が培ってきた中東、東南アジア、南アジアの地域研究の方法と成果を、イスラーム研究の場に転移、発展させることである。その手法・目的は、第一に近現代イスラームの政治的側面に関心が集まりがちであった近年の研究動向に対し、政治運動の背景にある、より多様なあり方をも示す社会的・文化的側面に注目した研究を行うことである。第二に民衆性に着目したイスラーム研究に力点を置き、歴史的視点をふまえつつ、地域間、多様な学問分野間の比較と協働を推進することである。第三に、中東・北アフリカから東南アジア、さらに欧米・アフリカまでを結ぶ研究者ネットワークを創出することによって、グローバル化とイスラーム地域研究の関係性を追究することである。 以上の基本方針のもとに、国内研究会や国際シンポジウムなどの開催を通じて有機的な連携研究活動を行う。