<政治社会学班・2019年度第1回研究会>「サウジアラビアにおける消費主義とジェンダー:女性と国家・宗教界との交渉」(2019年6月1日(土)上智大学)の報告書
2019年度報告
日 時:2019年6月1日(土)14:00~17:00
場 所:上智大学2号館6階603会議室
報告者:辻上奈美江氏(上智大学)
題 目:「サウジアラビアにおける消費主義とジェンダー:女性と国家・宗教界との交渉」
2019年度第1回研究会では,辻上奈美江氏が「サウジアラビアにおける消費主義とジェンダー:女性と国家・宗教界との交渉」という題目で,サウジアラビアにおける家父長制や男性優位社会に対する,女性たちの様々な形での交渉ないしはプロテストのあり方について,特に消費活動に着目して論じた。
まず,辻上氏は,1920年代より王家直属の勧善懲悪委員会によって宗教規範の取締りが行われてきたサウジで,ファイサル国王により近代化が推進されたが,1975年に同国王が暗殺され,さらに1979年にメッカ占領事件が起きたことにより,近代化が行き過ぎと見なされ,1980年代には男女隔離が徹底された経緯を説明した。
そして,辻上氏がサウジに赴任していた2000年代初頭の状況として,首都リヤドのレストランでは,家族連れを対象とする「ファミリーセクション」と男性向けの「シングルセクション」に区分されていたが,客の関係性を宗教警察が質すことはほぼなく,制度として男女隔離するが,実態は男女混合という現象が観察されていたことを指摘した。
その上で,2010年代には,女性客が多数を占める商業空間の女性化と言うべき状況となり,王族資本の「国家資本主義」により高級モールが建設され始めたこと,また高学歴で就労している女性が家庭内で消費行動の決定権を握る傾向等を紹介した。また,起業する女性を支援するイベントが開催されるなど社会的変化はあるが,それは女性の雇用創出には未だ限界があるがゆえの政策でもあると分析した。一方で,2010年代後半には,ムハンマド皇太子主導により女性の政治的権利を拡大する政策が実施されてきた他,文化,娯楽,スポーツ振興が謳われ,男女隔離のない映画館やコンサート会場など,新たな消費文化の萌芽について指摘した。
まとめとして,2010年代以降,国家資本による消費主義を享受する女性がクローズアップされたが,国家による強い統制と男性優位社会を脅かさない範囲での消費活動であると分析した。また,近年は,女性起業家の登場という注目すべき動きもあるが,女性の教育レベルの向上と比べて雇用創出が進まない現状で,起業が代替的に選択されている側面があることや,女性起業家が集中する小売分野は景気の浮沈に多分に影響を受けるため,今後の可能性については現時点では未知数であるとした。
出席者からは,グローバル経済により「消費」の範疇が変化すれば,関連のファトワーも変わる点についてのフォローに加えて,かつては存在しなかった空間で女性有利に消費行動が行われているが,裏返せば,生産は男性中心という従来の社会的規範のままとの指摘があった。また,宗教的統制の観点からサウジにおいては宗教規範に抵触しないことが問題の核であり,そのために消費の場において男女隔離が広がってきたのではという問題提起や,宗教規範上のルールとそのチェックが不可能である社会の現状に関する指摘があった。
(文責:幸加木文 千葉大学・特任研究員)