<社会経済学班・政治社会学班>第4回合同研究会
2017年度報告
【日時】2018年1月25日13:30~17:00
【場所】上智大学四ツ谷キャンパス2号館6階615a室
【プログラム】
研究発表① 佐藤麻理絵 「ヨルダンの君主制持続とホスト社会:イスラーム的NGOの 活動を中心に」
研究発表② 細谷幸子「イランの薬害問題と患者の権利運動:血液製剤を介したHIV/C型 肝炎ウィルス 感染の損害賠償をめぐって」
佐藤氏は、ヨルダンの政治体制の頑健性を、同国内で活動するイスラーム的NGOの存在から読み解くという非常に興味深いテーマに挑んだ。ヨルダン社会に関するこれまでの先行研究は、ムスリム同胞団をはじめとするイスラーム主義運動の潮流や、難民支援を行う慈善組織、さらには君主国家体制そのものに焦点を当ててきた。佐藤氏の発表は、これらを繋ぐ横断的な研究の試みとも言える。建国時より難民を受け入れてきたホスト社会ヨルダンにおいて、国家がイスラームの伝統的な社会制度を上手く管理・利用すると共に、難民支援における政府の限界を埋める存在として、イスラーム的NGOを監督しつつ温存させたことで、ハーシム王家の基盤が強化されてきたのだと佐藤氏は分析する。質疑応答では、レンティア国家としてのヨルダンの脆弱性と国家の頑健性の矛盾を解き明かすには、政情不安にも繋がりかねない「ヨルダン・ファースト」的気運の有無や、サウジアラビアに経済的に依存するエジプトとの比較など、さらに掘り下げた分析の必要性が指摘された。
細谷氏は、イランでのフィールドワークを基に、血液製剤によるHIV/ C型肝炎ウィルス感染の損害賠償をめぐる動きに着目し、障害や慢性疾患を持つ人々の生きる現実を明らかにしようとした。同じ疾患を共有することで生まれるアイデンティティーやネットワークの形成を経て、患者たちが利害集団化し、政治行動の主体になっていく過程をつぶさに追うことで、イラン社会における医療・福祉政策の在り方や、宗教界における医療倫理の解釈など、多くの興味深いテーマが浮き彫りになった。会場からは、人工中絶を含む遺伝病予防政策とイスラームとの兼ね合いに関する質問が複数あった他、イランにおける裁判制度を理解する上でも、細谷氏の研究は有益な視座を与えるとのコメントも聞かれた。さらに、患者個々人の生活を追った細谷氏の調査記録には、医療という枠を超えて、イラン社会そのものを理解する一助となる「生きた」情報としての価値が大いにあると思われ、今後のさらなる分析へと繋がることが期待される。
文責:増野伊登(株式会社三井物産戦略研究所研究員)