調査・研究

チュニジア出張報告(2018年3月11日~2018年3月18日)

2017年度報告

期間:2018年3月11日~2018年3月18日
国名:チュニジア(チュニス、アリアナ)
出張者:金信遇(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科博士後期課程)

 今回の出張では、チュニジア国内の地域構造および地域間格差の形成と変容を分析するための予備調査を実施した。主に、地域別人口に関する資料収集、現地研究者との意見交換、郊外地域見学を行った。
 「国内の地域間格差」は、経済発展の度合いに関係なく様々な国で見られる事象であり、革命後チュニジアにおいても国家開発と社会統合のための最重要課題として議論されている。1970年代から既に指摘されてきたチュニジアの地域間格差は、独立後の不均衡開発に起因するものであり、開発が進んでいる首都チュニスと東沿岸地域と開発から疎外されている内陸山岳地域の間の格差、つまり「二つのチュニジア」の問題に代表される。
 しかし、独立直後の統計資料からも見て取れるように、チュニジア国内の地域間格差は植民地時代にある程度その土台が形成されたものである。そこで、今回の調査では、主にチュニジア統計局資料室と公文書館にて、フランス保護領期(1881年~1956年)の人口調査(dénombrement)資料の閲覧、収集を行った。当時の資料からは植民地時代の前半と後半における地域構造の違いを明確に確認でき、その要因として入植者数の変化、入植者の国籍比率、産業構造の変化が予測できた。今後、資料の綿密な分析を通して、近代化、都市化、産業化の流れの中で、フランス保護領チュニジアの社会変動と地域構造の全体像を描いていく予定である。
 次に、チュニス大学人文社会科学部のアーデル・ブースニーナ教授を訪問し、意見交換を行った。彼は、人口変動、人間開発、地域間格差の専門家であり、チュニジアの地域構造の特徴と変動、およびその原因に関する有意義な意見を聞くことができた。保護領期と独立後の関係性に注目しながらも、両時期における地域間格差の原因は異なること、多角的要因から地域構造を見ていく必要があることを指摘された。なお、既存の地域の枠組みの中でさらなる格差が存在すること、つまり、裕福と言われている東沿岸地域内部の社会の細かいレベルに存在する格差の分析も必要であるという意見をいただいた。
 最後に、大チュニスと呼ばれる首都圏の一部を成しているアリアナ県のアリアナ市を見学し、今まで訪問した他地域との比較観察を行った。アリアナ市は、チュニス中心部から10km程度離れた場所に位置しているため、裕福なベッド・タウンというイメージが強い。チュニス中心部から出るメトロの終点でもあるアリアナ駅の前には、落ち着いた雰囲気の中央市場があり、その市場とモスクを中心として住宅街が広がっていた。華やかな商業施設等はないとは言え、インフラへの利便性が高いため、首都チュニスの発展の恩恵を受けながら同時に発展を成し遂げ、人口、経済、文化的にも優位に立っている地域である。
 以上、今回の出張で収集した資料の分析にさらにフィールド調査を加え、チュニジア国内の地域構造及び地域間格差の形成と変容についての研究を続け、近現代チュニジア社会を説明するための一つの手がかりとなるような研究成果の発表を目指していく予定である。

 

<写真1> チュニス中心部のハビーブ・ブルギバ通りに新しくできたオブジェ。革命から7年が経過し比較的に安定を取り戻したため、外国人観光客も増えていた。
<写真2> チュニス市内のパステル広場。内陸部の都市とは異なり、街の景観がかなり整っている。
<写真3> チュニス市内のパステル広場。内陸部の都市とは異なり、街の景観がかなり整っている。
<写真4>
<写真5>
(写真4,5)アリアナ駅前の中央市場。平日の昼間であるため、人通りはあまり多くない。



 
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