<人類学・歴史学班>SIAS-KIAS Joint workshop “Ideals and Actualities in the Islamic and Christian World”
2016年度報告
【日時】2017年3月25日(土)13:00-17:30
【場所】京都大学吉田キャンパス総合研究2号館4階会議室(AA447)
2017年3月25日、イスラーム地域研究KIAS, SIAS共催の国際ワークショップが “Ideals and Actualities in the Islamic and Christian World”というテーマで京都大学を会場に開催された。各発表者による報告と質疑応答の概要については、以下の通りである。
1.“Niyâzî-i Miṣrî’s Concept of Waḥda al-Wujūd and the Prophethood of Ḥasan and Ḥusayn”(ニヤーズィー・ミスリーによるハサンとフサインの預言者性と存在一性論に関する概念)真殿琴子(京都大学)
17世紀オスマン朝期のニヤーズィー・ミスリーの思想が当時の体制と対峙した背景の一つとして、ハサンとフサインの預言者性に対するミスリーのイデオロギー的解釈が問題であったと指摘した。発表者は、ミスリーの預言者性に対する思想を理解する上で重要なイブン・アラビーの存在一性論に触れると同時に、ミスリーの完全人間に関する見方を整理した後で、ミスリーの詩に見られる預言者性の特徴を提示した。それに対して、預言者性と聖性の差異や、イマームとしてのミスリーの背景を考察に加える必要性が示された。
2.“Akbarian Tradition in West Africa: The Case of Ibrāhīm Niyās” (西アフリカにおけるAkbarian Tradition:イブラーヒーム・ニヤースの事例)末野孝典(京都大学)
ティジャーニーヤ教団の分派の一つJamā’a al-Fayḍaを創設した、セネガル出身のイスラーム知識人イブラーヒーム・ニヤースを主な例として、西アフリカにおけるAkbarian Traditionの影響について報告された。発表者は、イブラーヒーム・ニヤースは北アフリカを含む多様な地域及び時代の知識人の業績を自身の著作に引用していることに触れ、西アフリカと北アフリカの密接な繋がりを考察に加える必要性を指摘した。質疑応答では、ウラマーとしてのニヤースの性格や、Akbarianとnon-Akbarianの集団数を比較し全体のマッピングを図る案等が提示された。
3.“Constructing Women’s Cooperating Space in Post-colonial Algeria: A Case Study from the Movement of a Catholic Community in Kasbah”(ポストコロニアル・アルジェリアで女性の協働空間を構築する:カスバにおけるカトリック共同体の運動の事例から)山本沙希(お茶の水女子大学)
首都アルジェのカスバ地区で160年以上にわたり女性の教育と職業訓練に従事するカトリック共同体の活動を事例に、現代アルジェリアにおいてカトリック共同体が果たし得る役割について報告された。発表者は、草の根の活動に従事するシスターは現地コミュニティから完全に包摂も排除もされず、外部と内部社会の仲介・中間的な役割を果たすものであるゆえに女性の活発な参加を促し、現地社会の規範に影響を及ぼすことがあると指摘した。
4.“ ‘Defamiliarization’ in ‘Aṭṭar’s Manṭiq al-Ṭayr: The Poetic Language in ‘Aṭṭar’s work” (アッタールの「鳥の言葉」における“異化”:アッタールの業績における詩的言語)石川喜堂(京都大学)
ロシア・フォルマリズムの“異化”概念に基づき、アッタールの詩「鳥の言葉」における詩的言語を分析した内容について報告された。なかでも、発表者は当該詩において164か所登場するbloodという用語に着目し、同用語に付与される意味の複数性について液状の血液としてのblood、不浄を意味するblood、他のものを生み出す原因としてのblood、感情を表すbloodという4形態の意味を有していることが指摘された。結論として、これら複数の意味を一つの用語に付与し、話を展開させるために利用することがアッタールの「鳥の言葉」における特徴として提示された。
5. “ Mawlid Writings in 19 Century South Asia: The Case of Shāh Aḥmad Sa‘īd Mujaddidī” (19世紀南アジアにおけるマウリドの記述:Shāh Aḥmad Saʻīd Mujaddidīの事例)松田和憲(京都大学)
19世紀南アジアにおけるスンニ派知識人らの間では、マウリドをめぐって批判的な姿勢の改革派と、擁護的な姿勢の伝統主義派での対立が生じていたと指摘した上で、伝統主義派であったShāh Aḥmad Saʻīd Mujaddidīが事例に取り上げられた。発表者は、同氏のサイード・アル・バヤーンを例に、改革派への批判的姿勢がいかに示されていたかを報告した。質疑応答では、ウルドゥー語の散文に見られるマウリドの事例は新しく興味深いと評された一方で、マウリドという用語には複数の意味が付与される傾向があるが今回はマウリド・ナビーのみの扱いなのかという質問がなされた。それに対し発表者からはマウリドとウルスの違いについて説明があった。
6.“Encyclopedia and Spiritual Journey (al-Sayr wa al-Sulūk): A Study of İbrâhîm ḤaḲḲı Erzurumî’s Ma‘arifetnâme” (百科全書とスピリチュアルな旅(al-Sayr wa al-Sulūk): İbrâhîm Ḥaḳḳı ErzurumîのMaʻrifetnâmeに関する研究)山本直輝(京都大学)
オスマン朝期のスーフィー知識人Erzurumîの百科全書として知られるMaʻrifetnâmeを事例に、同著に見られる学問や知識の分類化の形態について報告された。発表者は、15世紀の知識人TaşköprüzâdeによるMiftāḥ al-Sa’ādaを比較対象に挙げた後、Maʻrifetnâmeの学問分類はスピリチュアルな道程とタサウウフの実践に基づいており、単なる百科全書というよりも百科全書という形態を用いたスーフィー文学であると指摘した。質疑応答では、使用した専門用語に付与される意味や、Miḥtāḥを比較対象にすることの必要性について説明が求められた。
以上の発表を終え、全体に対するコメントとしては、サラエボ大学のAhmed Zildzic准教授より、各発表で扱われた地域や時代が広範囲に及んでいたこと及び研究テーマに対する各発表者の熱意と姿勢について評価する一方で、限られた時間内で論点を絞り、視覚的資料等を用いることで聴衆の関心を惹きつけること、言語的問題を気にせずリラックスして臨むことが重要であると指摘された。
文責:山本沙希 お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程)