調査・研究

<社会経済班>「公共圏」京都研究会報告(2016年10月22日 京都産業大学)

2016年度報告

【日時】:2016年10月22日(土)
【場所】:京都産業大学 サギタリウス館S503室
【プログラム】13:00~18:30

概要:
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【個別】
岩崎えり奈(上智大学)
「プロジェクト概要」
 冒頭、岩崎氏より上智大学研究機構イスラーム研究センター拠点「現代中東地域研究推進事業(2016~2021年度)」(以下、本研究事業)の概要説明があった。本研究事業は、「中東的な<公共>の多元的展開と社会倫理」という共通テーマの下、三班(人類学・歴史学、政治社会学、社会経済学)に分かれる。社会経済学班は、「中東的な『公共圏』と『共同性』の社会経済的基盤―『周辺』からみる」というテーマで従来の「公共圏」研究では対象外であった多様な社会層を取り上げ、「周辺」と「階層」、「共同体(ないし共同性)」に着目、中東的な「公共圏」の新しい多元的モデル構築を目指す。質疑応答では、「公共圏」や「共同体」の定義、「排除の空間」としての「公共圏」の位置付け、「中東的」の用語等について質問がなされた。

「エジプト・ヨルダン・チュニジアの共同体・公共圏研究に向けて」
 続いて岩崎氏より、個別研究テーマの構想について報告がなされた。公共圏と共同体の関係およびその対称性、市民社会と共同体の二元論といった従来の二者択一的枠組みを再考するため、村落調査を踏まえ、「Ashira(部族)」における「Madafa(私的ゲストハウス)」と「Diwan(より公的な集会所)」の役割に着目した比較研究をしていきたい旨説明があった。質疑応答では、チュニジア革命でこうしたMadafaが何らかの役割を果たしたのか、「共同体」の定義等について質問がなされた。

井堂有子(東京大学)
「エジプトのパン補助金制度の政治経済分析: 公共的課題の個別研究から『公共圏』研究に向けて」
 井堂氏より、博士論文概要および「公共圏」研究に向けた構想の説明があった。「公共的課題に対する国家介入とその社会経済的影響」という関心から事例研究としてエジプトのパン補助金制度を考察している。2011年革命前の2000年代は経済改革と国際食料危機を経験した時代であったが、この時期の「社会契約」刷新の議論や革命後の配給券電子化の「ハックナー(我々の権利)」キャンペーンの考察を通じ「公共圏」研究に展開する案を提示した。これに対し、いずれも国家の側からの解決策であり、社会の自律的動きに着目する「公共圏」研究のテーマとしてはどうか等の質問がなされた。

松原康介(筑波大学)
「『イスラム都市』論と都市計画」
 松原氏より、「イスラム都市」論をめぐる概略、および都市研究者J.アブー・ルゴド氏の1987年の問題提起(近隣、プライヴァシー、法と権利の3点)について説明があった。オリエンタリズム的「イスラム都市」計画の先駆モロッコの事例や日本人建築家・番匠谷尭二による「イスラム都市空間のための3つの規範」等にも触れつつ、都市の内的な自己組織力・回復力に着目し、従来の「イスラム都市」論を超えた、「公共圏」研究への方向性が示された。これに対し、「イスラム都市」の定義や「アラブ人プランナー」の自律性、アブー・ルゴド氏の研究等について質問がなされた。

私市正年(上智大学)
「アルジェリアのZawiya al-Hamilの社会的役割」
 私市氏より、アルジェリアのZawiya al-Hamil の歴史・社会的位置付けの変遷について説明があった。Zawiya(修道所)建設は1770年のRahmani教団開設に遡る。Zawiyaは、植民地期は地方貧困世帯の子息達にとってほぼ唯一の教育施設として機能したが、独立後の教育制度改革で公的地位を失う。植民地期のアラビア語・イスラーム教育の拠点としての役割に注目し、学生達が出版したアラビア語の地下雑誌を研究対象としたい旨説明があった。これに対し、そうした地下雑誌の存在は「オルタナティブな言説空間」として位置付けられるのではないか、という指摘とともに、Zawiyaの運営や位置付け等について質問がなされた。

白谷望(上智大学)
「モロッコの国王と国民を繋ぐ制度の研究」
 白谷氏より、先月提出した博士論文の研究の概略と「公共圏」研究に向けた新たな研究テーマの構想について説明があった。これまでは「アラブ政変という大きな政治変動を視野に入れ、モロッコ王政が安定性を維持するメカニズムを明らかにすること」を研究目的とし、体制側からの手段・制度に着目し分析を行ってきたが、今後の「公共圏」研究としては、より国民側の視点を分析対象としたい旨説明があった。これに対し、事例の「人間開発に係る国家イニシアティブ」は現代の国際開発援助の潮流に乗ったもので必ずしもモロッコ国内の自律的動きではないのではないか、また「国民は国王や君主制に対していかなる存在意義を見出しているのか」との問いが妥当であるか等、様々な質問がなされた。

稲葉奈々子(上智大学)
「『階級問題』から『イスラム問題』へ: フランスにおける移民を担い手とする社会運動の行為者の形成に着目して」
 稲葉氏より、まずフランスでの社会運動の変遷について説明があった。70年代に市民・社会運動、80年代に格差・再分配をめぐる運動が「大きな国家」を求めてきた経緯がある。2005年の都市暴動発生時、「文化や宗教の問題ではなく失業や貧困の問題」と公的には扱われたが、2015年「テロ」事件前後は、政策決定者の間で「イスラム問題」が公然と言及、「移民問題=治安問題」の構図が構築されるようになった、と指摘する。移民を担い手とする社会運動は「移民の社会統合」に対してどのような政策を求めてきたのか。排除社会と監視社会へと移行する中、特にムスリマの社会運動に注目し、フランス人フェミニストとの差異等についても考察していきたい、とした。質疑応答では、「イスラム問題」の社会的認知の時期やフランスの統合理念、アイデンティティ等について質問がなされた。

村上薫(アジア経済研究所)
「トルコの公共圏研究に向けて」
 村上氏より、7月の前回研究会報告に続き、トルコの「公共圏」研究に向けた構想について説明があった。2009年度のアジア経済研究所「トルコの公共性」研究会や論文「トルコの公的扶助と都市貧困層-『真の困窮者』をめぐる解釈の政治」を通じ、トルコを舞台に、従来の市民的公共圏とは異なる公共圏の問題(特に、市民的な言説資源を持たない人々の「ニーズ解釈の政治」)を考察した。これを踏まえ、本「公共圏」研究会では、「公共=人と人のあいだ」(討議・交渉・合意の相互的過程)という視点を基軸に、「いかがわしい集団・個人」、「支配的/対抗的な言説の形成」、「公共空間(公共性、政治参加、「市民」の空間)について考察したい旨説明があった。質疑応答では、「公共」や「市民的」、「反社会的」の定義をめぐって様々な質問がなされた。

福永浩一(上智大学)
「ムスリム同胞団とエジプトの社会空間に関する一考察」
 福永氏より、「イスラーム的」言説の普及・実践研究として、立憲議会制期エジプト(特に1930~40年代)の初期同胞団の研究について報告があった。公共圏概念に関連した同胞団研究は希少で、運動論や思想分析に陥りがちなイスラーム主義運動の研究に相対的視座を提供しうる、とした。考察は、①イスラーム的言説としてバンナーの論考分析を行う一方、②エジプト社会の変容と思想・社会潮流として戦間期エジプトの「公共圏」研究を検証する。特にガマイーヤと同胞団の下部組織を対比し、既に30年代において同胞団がガマイーヤの複合的機能を持ち勢力を拡大させていた、という研究を紹介する(エジプトのイスラーム化は40年代~70、80年代に相当浸透)。質疑応答では、「公共的空間」における言論の担い手としてのエフェンディー層の位置付けの妥当性等について質問がなされた。

北澤義之(京都産業大学)
「ヨルダンにおける『公共圏』研究の可能性」
 北澤氏より、「公共圏」研究としてヨルダンを取り上げる理由と考察対象、参照となる先行研究について説明があった。「アラブ・ナショナリズム」やヨルダンの国民統合、国民統合における民主化の問題を研究してきた同氏にとって、ヨルダンを取り上げることは必ずしも自明のことではなく消去法による。空間とアイデンティティの区分整理を踏まえ、可変的で状況対応的・不定形なイメージの「公共圏」概念を提案する。ハーバーマスの公共圏理論を応用してヨルダンを事例にアラブ地域システムの変容を分析したMarc Lynch(1999)を参照しつつ、ヨルダン国家の各々の画期を整理し、ヨルダンでの「公共圏」の萌芽は湾岸危機(1990)時ではなかったか、と指摘した。質疑応答では、ヨルダンでのアイデンティティとしての「部族」、パレスチナとの関係性等について質問がなされた。

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【総括】
 本合宿では、冒頭の趣旨説明に沿った形で、研究会メンバー各自の問題関心・研究を確認し、共通の「公共圏」研究の方向性を模索した。個別研究の対象地域や時代設定、分析対象は多様であり、分析のベクトルも「国家・体制」、「国民」、「人と人のあいだ」と複数確認された。毎時の質疑応答で「公共圏」と「公共性」の定義を確認しあうこととなったが、「中東的」とは何か、という永遠の問いと併せて、今後も確認作業が必要であろう。一方、研究会総括として北澤氏より「公共圏」の緩やかな定義案も提示された。発表者により「イスラーム」および「イスラム」と表記の違いも見受けられたが、本報告では敢えてそのままとした。全体として、活発な議論の有意義な研究会であった。


文責:井堂有子(東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻・博士課程)

調査・研究

  • 上智大学・早稲田大学共同研究 アジア・アフリカにおける諸宗教の関係の歴史と現状
  • 上智大学 イスラーム地域研究(2015)
  • 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構
  • 国立民族学博物館現代中東地域研究拠点
  • 東京外国語大学拠点
  • 京都大学拠点
  • 秋田大学拠点
  • 早稲田大学 イスラーム地域研究機構
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