<人類学・歴史学>第1回研究会(2016年7月9日上智大学)報告
2016年度報告
【日時】:2016年7月9日(土)15:30~17:30
【場所】:上智大学四谷キャンパス2号館603号室
【概要】
報告者の新井和広(慶應義塾大学商学部准教授)が、「アラビア半島-インドネシア間の聖者を通じた関係の現在:2014~2015年の聖者祭とマウリド月の観察から+最近の聖者廟の動向」と題する報告を行った。
報告者は、ハドラミー・サイイドを中心とする「聖者信仰」の現在と、ハドラミー(ハドラマウト地方出身者)と東南アジア諸国との関係への関心から、2014年9月~2015年3月のインドネシアのジャワにおけるハウル(聖者祭)やマウリド月(2014年12月23日~2015年1月21日)におけるハドラミー・サイイドの動き、そして2015年4月~2016年4月のハドラマウトの聖者廟の状況に焦点を当てた。
まず、インドネシアの状況が報告された。その中では、ハドラマウトからサイイドを賓客に迎えて行う大規模なハウル、マウリド(預言者を称える詩)の読誦に関する報告がなされ、ハドラミー以外の参加者も多く、賓客たちの演説は教義理論より「しつけ」とでもいうべき色彩が強い、などの指摘がなされた。また、近年ハドラマウト関係の書籍が多く出版されているが、そのほとんどはハウルやマウリドの参加者などを読者に想定した軽い読み物の体裁であるとの指摘があった。
他方、ハドラマウトの聖者廟の状況に関しては、2015年~2016年にかけてムカッラーを掌握した「アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)」による破壊活動に焦点が当てられた。それによれば、歴史的な遺産の破壊や周辺の被害という文脈からの抗議があったこと、一方AQAPは、周辺被害には謝罪しつつも破壊そのものは正しい行いであるとの主張を行っており、しかし、「聖者信仰」という文脈では双方ともに破壊は語られていないことが指摘された。
最後に、イエメンでの不安定な情勢にもかかわらず、90年代以降のインドネシアとの人的交流の継続によりハドラミーの離散共同体は維持されており、インドネシアがハドラマウトの宗教実践の「本場」となる可能性さえもあると結論付けられた。
質疑応答では、聖者廟破壊に関する質問・意見が多くあり、特に、AQAPの組織の内実や聖者廟破壊の目的が中心的に議論された。また、ハウルなどへの経済的側面からの考察の必要性も確認された。
文責:近藤文哉(上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科・博士後期課程)