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国際ワークショップ

上智大学研究機構イスラーム研究センター(SIAS)・フランス経済・法・社会研究および文献収集センター(CEDEJ) ・学術振興会(JSPS)カイロ研究連絡センター主催による国際ワークショップ「中東における公共空間、公共圏、そして公共性」(2020年3月8日~9日、カイロ)の報告書2

上智大学研究機構イスラーム研究センター(SIAS)では、2020年3月8日(日)と9日(月)に、エジプト・カイロにて、フランス経済・法・社会研究および文献収集センター(CEDEJ) ・学術振興会(JSPS)カイロ研究連絡センターとの共催により、国際ワークショップ「中東における公共空間、公共圏、そして公共性」を開催いたしました。以下はその報告書2です。

国際ワークショップ「中東における公共空間、公共圏、そして公共性」

【会場】フランス経済・法・社会研究および文献収集センター (CEDEJ)カイロ事務所
【日時】2020年3月8日(月)~9日(月)

2020年3月8日‐9日、エジプト・カイロのIFAO(オリエント考古学フランス研究所)を会場に、人間文化研究機構プログラム「現代中東地域研究」の上智大学拠点(「イスラーム研究センター」SIAS)、フランス経済・法・社会研究および文献収集センター(CEDEJ) 、学術振興会(JSPS) カイロ研究連絡センターの共催の下、国際セミナー「中東における公共空間、公共圏、そして公共性」が開催された。

 

セミナーの趣旨は、(1)人々の、共同作業、情報交換、交流触れ合いが行われる場としての“公共”概念、すなわち公共空間(Public Space)と公共圏(Public Sphere)と公共性(Publicness)を議論の対象とし、(2)過去と現在という時間的な比較の視点をもちつつ、(3)議論を中東社会の文脈の中に位置づけることで、西欧的な“公共”概念を相対化すること、である。

 

公共空間が、具体的な“場”を示すのに対し、公共圏はその言説を意味し、公共性は“場”に機能と時間的な広がりを与える概念として位置付けられている。こうして、街頭の抗議行動や移民NGOなどの社会運動、喫茶店やサロンなどでの人の出会い、マウリド(預言者の誕生祭)や水場などでの人の集まり、非国家的性格を有する部族的な集会所や聖者廟などの政治社会的機能が議論の対象とされた。

当日、コロナ・ウイルス蔓延の影響もあり、多くの報告予定者が出席できなかったことは、残念であったが、それでも数人の方はスカイプ等を利用して報告を行った。以下では筆者が参加・報告をしたセッションを中心に報告と議論の要点をまとめることとし、他のセッションの報告に関しては会議全体にコメントする中で言及することにとどめたい。

 

私市正年の報告(The Zawiya as an Asylum(Asile) in Premodern Maghrib- A Reconsideration of Public Sphere as an Islamic Concept)は、主として聖者伝史料を用いて、中世期(12世紀ころ~16世紀ころ)に聖者崇拝の広がりと聖者の権威の増大ととともに、聖者が有するバラカ概念は、民衆を政治権力から保護し、聖者廟をアジールの空間にしたことを論じた報告であった。公共空間の議論は、公権力からの「自由」の問題と結びついており、本報告はそれをイスラーム社会における聖者廟を事例にして、歴史的に議論したことに意味があった。  

コメンテータからは、仏教やキリスト教の宗教施設との比較の必要性、またフェスのイドリース廟の場合、このアジール機能がいつまで存続したのか、モスクと聖者廟の機能の類似性と差異などに関するコメントや質問が出された。

 

岩崎えり奈・北澤義之の報告(Transformation of Local Society and Politics in Jordan- Focus on Diwan Ashira)は、1990年代以降、ヨルダンで発展した部族的(ashira)集会所Diwanを事例にして、その政治的、社会的、宗教的役割から、都市社会の中間層を特徴とする西欧的市民社会とは異なる、農村(部族社会)を基盤とする、中東的(非西欧的)市民社会の形成を論じたことに重要な意味があった。

 

コメンテータからは、Diwanが、伝統的部族社会の遺産でなく、西欧的近代化の産物だとすれば、なぜ部族的関係をもったNGO的組織が形成されたのか、また1990年代にDiwanが発展した背景には、中央政府の統制力の弱体化や個人主義の広がりに伴う部族や村社会の解体と不安定化を防止する意図があったのではないか、などの質問が出された。

 

Myriam Ababsaの報告(Municipal Signage to Madafas in the City of Irbid (Jordan) Inscription of Semi-private Places in the Public Space)は、ヨルダンのIrbidにおけるMadafaを事例にして、それが部族のメンバーの宗教的寛大さを示す半公共空間であり、政治活動の場として、また貧者や弱者の受け入れの場として政治的、社会的役割をも果たしていることを論じた。公共空間の中に、Madafaの持ち主という私的な空間(名誉や社会的地位を示す場)が共存する、という興味深い報告であった。

 

コメンテータやフロアーからは、ヨルダン国家形成やパレスチナ難民などの流入といった変化の中で、個人や家族が所有するMadafa(社会)と国家の関係はいかに変化してきたのか、Madafaの中は、西欧近代市民社会組織のような平等社会とはいえないのではないか、といった質問がなされた。

 

他のセッションの報告で興味深かったものは、Youcef Hamitouche(Social Network and Public Space in Algeria. Between the Tempting Hegemony of the Central Authorities and the Search of Conquest by the Hirak Popular Movement)とClement Deshayes(Reclaiming the Streets : Strategies of Reappropriation of a Political Public Sphere in Sudan )であった。両者の報告は、アラブ諸国で2019年ころから激しくなった民主化要求の市民運動について、スーダンおよびアルジェリアの運動を、既成の政党や宗教団体のヘゲモニーとしてではなく、国家と個人の関係を軸とした市民運動の視点から論じたものであった。強権的な軍の支配という点では両国は共通しており、Hirakと呼ばれる市民運動が、民主的な政治変革に結びつくのかどうか、まったく予断を許さない。

 

稲葉奈々子の報告(Migrant Women from North and Sub-Saharan Africa Participating in Social Movement for the Right to Housing in France-How Muslim Women Become Active in the Movement ?)もフランスにおけるムスリム移民女性の市民運動とフランス国家(政府)との関係に分析の目を向けることによって、公共性と公共圏の議論をおこなった。報告は、フランスのムスリム移民女性(マグリブやサハラ以南の旧フランス領出身者たち)の運動が1996-1997年頃を境に、なぜ成功したのか、またそれはいかなる枠組みであったのか、という問題意識からなされたが、導かれた結論では、フランス社会の普遍的人権要求とフランス人市民運動の支援とともに、ポスト・コロニアルな枠組み(植民地支配の再評価)が反映していたという指摘が注目された。なぜなら、ポスト・コロニアルの枠組みを持ち込むことで、この議論は中東的な公共空間、公共圏の議論とつながる可能性があるからである。

 

Florian Bonnefolの報告(Baladi Coffee Houses in Cairo and Performance of the Norm in Public Space)と近藤文哉の報告(Arusat al-Mawlid : Ambibalent Images and Their Meanings in Contemporary Egypt)は、ハーバーマスの公共性理論に即すならば、市民的公共性がCoffee Houseやマウリドの場でいかに実現していたのか、という問いが生じるが、会議ではそのような討論はなされなかった。これが、中東的公共空間と西欧的公共空間の違いを示す、ということなのか、どうか。議論すべき課題として残されたように思う。

 

総合討論と成果のまとめに関する議論で明らかになったことは、「公共空間」「公共圏」というテーマを、中東を事例にして研究するとき、市民運動的視点や非国家的団体の扱い方の難しさであった。というのも、このテーマは非常にデリケートな問題をも内包しているからである。中東の権威主義的性格の強い国では、仮にアカデミックな研究であってもそれに批判的な立場を明らかにすることの困難さがある。とくに、現地の研究者にはセミナーへの参加自体が危ぶまれることもある。しかし、「公共空間」「公共圏」というテーマが、セミナーのパートナー(CEDEJ)だけでなく、中東・北アフリカ諸国の研究者たちからも、非常に強い関心をもって受けとめられたことは確かであり、これをどのように継続・発展させ、その成果をまとめていくのか、早急に検討すべき課題であろう。

(文責: 私市正年・上智大学名誉教授)


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