講演
上智大学研究機構イスラーム研究センター主催公開シンポジウム「中東に生きる宗教的少数派の人々―その暮らしと祭り」(Sophia Open Research Weeks 2018連携)
【会場】 上智大学四谷キャンパス 2号館3階309教室
【日時】 2018年11月10日(土) 13時00分~16時30分
2018年11月10日、上智大学研究機構イスラーム研究センター主催による公開シンポジウム「中東に生きる宗教的少数派の人々―その暮らしと祭り」が開催された。赤堀雅幸センター長による冒頭の主旨説明において、本シンポジウムは中東と、中東に暮らす人々の多様性に着目することで、グローバル化する世界における多様性を意識し、マイノリティに目を向けることの大切さを訴えるものであること、また、イスラームをテロリズムと結びつけて語りがちな日本のイスラームに関する議論とは一線を画し、暮らしに目を向けることの大切さを強調するものであることが説明された。
各報告者による報告の内容は以下の通りである。
【第1報告】「アイデンティティから中東社会を読み解く:ドゥルーズ派を手がかりに」
宇野正樹(広島市立大学名誉教授・広島大学客員教授)
宇野氏の報告は、中東社会の特徴を「何らかの宗教・宗派に帰属していることが前提の社会」、「生活する上で集団を形成することが促される社会」、「多様性に富む社会」、とした上で、「如何なる社会も(中東に限らず)基本的に多様性に富む社会」であるという命題についてドゥルーズ派を手がかりに論じようとするものであった。
12イマーム派から政治的に分裂したドゥルーズ派のイスラームにおける位置づけや、コミュニティにおけるアイデンティティを保つものとして、服装や祭り、特定の聖者廟への参詣などの表出文化(その中にはおそらくイスラーム以前からあると思われる習慣が含まれる)があること、また、日常生活の様子などが、写真を提示しながら説明された。
それらを通して、報告者がドゥルーズ派との出会いを通して獲得した、マイノリティの目線で中東社会を見ることの重要さや、一般に歴史観や社会観が語られる際、少数派からの視線を欠いて多数派の立場中心になりがちであることの問題点が語られた。
【第2報告】「コプト・キリスト教徒の一年:断食と祭礼」
三代川寛子(東京外国語大学世界言語社会教育センター特任講師・上智大学イスラーム研究センター研究分担者)
三代川氏の報告では、主にエジプトに居住するキリスト教徒であるコプト・キリスト教徒について、断食と祭礼を中心に紹介がなされた。
1世紀半ばのマルコによるアレクサンドリア布教に端を発し、カルケドン公会議において西方教会から分離したため現在は「非カルケドン派」と呼ばれること、近年は海外への展開を積極的に進め日本にも教会を置く一方、カトリックとの関係改善にも積極的であるといった概要が示された。また、エジプトのムスリムとコプトの間には、外見上の違いは少なく、混住するが通婚や改宗は社会的に問題となること、近年はテロ攻撃の被害者となることもしばしばだが、住民同士に日常的な対立関係はない、といった現状が説明された。
さらに、古代エジプトのものを踏襲したコプト暦があり、現在も農事暦としてイスラーム暦と併用されていること、宗教的ではないものを含めると非常に多岐にわたる祭りがあり、また、断食が非常に多いといった文化的な特徴が説明された。ただし、断食と言っても全く食べないわけではなく、それぞれの断食に適合とされる食品があり、販売もされているということであった。
最後に、2017年のクリスマスに、シシ大統領がコプト教会を訪問したが、これにはコプトとの連帯をアピールすることで、テロとの戦いを強調する狙いがあるとの指摘がなされた。
【第3報告】「イスラーム圏におけるユダヤ教徒の暮らしと祭り:ジェルバ島のエルグリーバ大祭」
田村愛理(東京国際大学商学部教授)
田村氏の報告では、チュニジアのジェルバ島のユダヤ教徒のコミュニティについて報告がなされた。歴史上様々な勢力の侵入にさらされたジェルバ島には、宗教とエスニシティにおいて多様な住民が居住している。ジェルビー(=ジェルバ島人)の多くは、メンゼルと呼ばれる屋敷地に建てられた半ば要塞化されたホウシュと呼ばれる住居に、拡大家族を中心とする「メンゼル共同体」とでも言うべき単位で生活しているという。
「最古のディアスポラ」を自称するジェルバ島のユダヤ教徒コミュニティは、二つの居住区に分散して生活するが、近年はイスラエルなどに流出し、人口が激減している。
ほぼ毎日宗教行事があるが、特に重要な祭りとして、エルグリーバ大祭がある。同名のシナゴーグにおいて行われる大祭であるが、普段から女性と関わりの深いこのシナゴーグにはいくつかの起源説があり、報告ではそのひとつである漂着聖女譚が着目された。
この漂着聖女信仰の構造から、バラカの生まれる場所について考察が加えられ、聖者がバラカをもたらすわけではなく、必要な場にバラカが見いだされるとされた。また聖者信仰が、メンゼルを出て他集団との邂逅する場を提供する装置となることなどが指摘された。
このような考察から、ジェルバ島のユダヤ教徒のアイデンティティは個人に様々な要素が重層的に統合される「自己統合型複合アイデンティティ」とも呼べる特徴があるとの見解が示された。
【質疑応答】
すべての報告の終了後に質疑応答が行われた。3人の研究手法、コプトの断食の種類、ドゥルーズ派の護符に書かれた文字の意味など、個々の報告内容について質疑応答が活発になされた。ジェルバ島のユダヤ教徒の人口減少について、コミュニティ消滅の可能性があるかという質問に対しては、イスラエルの医療や社会保障の充実がプル要因となることが指摘されたが、「最古のディアスポラ」としての誇りなどが作用して、容易には消滅しないだろうという見解が示された。また、ドゥルーズ派は自らをイスラームの一部と思っているのか、独立した宗教と考えているのかという質問に対しては、マイノリティは、安全のために自分たちの教義を「秘儀」として隠す傾向があるため、一般信徒は自分たちの信仰の内容の詳細を知らないケースが多く、そうした人々にとっては「ドゥルーズであること」そのものが大切である、すなわち「知っている」のではなく集団の一員であることが重要である、という回答がなされた。さらに、少数派はなぜ少数のままなのか、という問いには、マジョリティであるかマイノリティであるかは単に数の問題ではなく、グローバル化の中で他地域への移動によって立場が変化することなどが指摘された。
最後に、赤堀センター長から、マイノリティは異質な存在と接することを意識し続けるが、マジョリティはそれを意識せずに生きられる、しかし、近年スンナ派ムスリムが海外に移住することで、イスラーム法上はあり得ないはずのマイノリティとしての体験をしており、彼らにとっても貴重な経験なのではないか、との指摘がなされ、シンポジウムは終了した。
(文責:石川真作 東北学院大学准教授)