「目覚めた美女」ボルドー

蜂谷有加

 2007年にユネスコ世界遺産登録され、2013年のフランス国民世論調査では「フランスで1番住みやすい街」に、2015年には「Best European Destinationランキング」で1位に選ばれた街、フランスはボルドーに、私は1年間交換留学しました。18世紀に西インド諸島とのワイン交易で大西洋の港町として黄金時代を迎えたボルドーですが、19世紀後半にワイン貿易の拠点が他港に移ったことにより衰退していきます。繁栄した時代に建てられた多くの美しい建造物を抱えながら活気のなくなってしまった街は、親しみを込めて「眠れる美女」(belle endormie)と呼ばれていました。しかしここ20年ほどで眠りから目覚め、というのもボルドー都市化計画がアラン・ジュペ市長により進められ、新旧が混在し多くの人が移り住む、活気あふれた魅力的な街になりました。

  私たち上智フランス語学科からボルドーへの留学生は、一般留学をした人も含めると5人でした。その全員だけでなく、他国からの留学生、フランス人も口をそろえてボルドーが大好きだと言います。しかしどの点において他を抜きんでて素晴らしいと感じるのか、言葉にするのはちょっと難しい。例えばワインがおいしい、街並みがプチ・パリと呼ばれる美しさだとか、治安の良さ、旧市街には次々に素敵なレストランやショップがオープンし続けている…そういったことを挙げていったらきりがないけれど、ボルドーをこんなにも好きな理由は、住んでみないとわからないあの居心地の良さが一番大きいのではと思います。ボルドーでの思い出を話すときに感じるのは、そこで生まれ育ったかのような郷愁であり、それは私たちを受け入れてくれ、ずっと住んでいたのではないかと思わせてくれたあの街の雰囲気と、何といってもそんな雰囲気を作りだしているボルドーの人々からきているのだろうなと思うのです。

ガロンヌ川沿い、ボルドーで最も有名なスポット「水の鏡」と、近代的なトラム(路面電車)。実際ボルドーには観光スポットはそんなにありませんが、本当に住みやすい街です。

ガロンヌ川沿い、ボルドーで最も有名なスポット「水の鏡」と、近代的なトラム(路面電車)。実際ボルドーには観光スポットはそんなにありませんが、本当に住みやすい街です。

  そんなボルドーではいくつもの大学が大規模な大学組織を構成しています。私はその一つ、ボルドーモンテーニュ大学に交換留学生として在籍していました。そこで私が専攻していたのは美術史です。ある美術作品がいつ、どこで、誰によりうまれた作品か、何が表されているのかを知り、そしてその作品がどのようなコンテクスト(例えば歴史的、社会的、政治的背景)を持つかということを学ぶと、私たちが今日美術館で目にする作品それぞれが過去を知るための重要な手がかりであるということがわかります。授業では建築や絵画の歴史だけでなく、デスクリプション(叙述)の実践も重点をおいて行われました。その建築がどういった平面を持ち、内部構成はどうなっているか、ある絵画はどんな画面構成で、何の技法により、どのようなモチーフが描かれているかを細かく叙述できることが美術を学ぶ上で重要だからです。使用されているモチーフが意味するものを覚えるため、イコノグラフィの授業も多くありました。

 美術史を学ぶのは何のためでしょうか。もちろん人それぞれでしょうが、私が一年フランスで勉強してなんとなく思ったのはこんなことです。過去を知ろうとする上で当時の遺物や遺跡、文献は非常に重要ですが、絵画や彫刻はそれだけでは見えない何世紀も前の原風景を覗くことができる窓になり、その当時人々が頭の中で持っていた「イメージ」を垣間見せてくれます。美術品と私たちがよぶものに共通しているのは、時代や地域を超えて人間は「視覚的に何かを表そうとした」ということです。言葉だけでは表せない、人間が頭の中で見ていた、感じていたものを現代の私たちが見ることができる、それにとても心惹かれるからではないかなと思います。フランス滞在中、私がこれから研究したいと思っているロマネスク建築を実際に訪れることができたことは大きな財産となりました。ロマネスク教会は地方に点在しており、アクセスの悪い村や町にあるものが多く、短期間の旅行では訪れることが難しかったりするのですが、そういった地に足を踏み入れ、町や自然に取り囲まれてその地の一部として佇んでいる実物を目の前にすると胸を打たれ、言葉を失いました。

ロマネスク教会の一つ、サント・フォア聖堂(左手)は、人口250人に満たない山奥の村、コンクにひっそりと佇んでいます。フランスで最も見たかった建築物のうちの一つでした。

ロマネスク教会の一つ、サント・フォア聖堂(左手)は、人口250人に満たない山奥の村、コンクにひっそりと佇んでいます。フランスで最も見たかった建築物のうちの一つでした。

 このように、留学中、芸術という面において多くの経験をすることが出来ました。まず、たくさんの教会や美術館を訪れることができました(フランスの美術館はほとんどが学生だと無料で見学できます)。ボルドー市内で毎週開催される’’Tout Art Faire”というアートの講演会で芸術を学び、(これも学生だと無料で参加できます)音楽に移りますが大学のジャズグループに入って、市内のバーやジャズフェスティバルでのコンサートに出演する機会を得ました。ボルドー市内の色々なバーで、ジャズやロックと生演奏を聴くこともできました。(これもただです。)また私が会ったフランス人の多くが何かしら楽器を弾け、音楽大好き!というような人々で、芸術が仰々しいものでなく身近に浸透している、誰もが参加できるものとなっているように感じました。美術館に失業者割引があることにもフランスらしさを見たような気がします。

 最後に、留学について今考えることを話したいと思います。私は留学中こんな人々に出会いました。大学でこれ以上日本語を学ぶのは自分には意味がないと思い、学校を辞めて働きながら自分で勉強を始めた人、2年間日本で働いていたけれど日本の大学卒業資格が欲しいとボルドー大学の日本語学科で勉強、今は日本の大学に留学し、そのまま編入するつもりの人。
 そういうフランス人もいれば、企業で働いていたけれど大のワインが好きで勉強したいと渡仏し、ワインの学校に入った日本人もいました。特に日本だと「リスクが大きいのでは」と思われがちな道を、皆努力しつつ、しかし満足そうに歩いているのをみて、世の中には色々な人生の進み方があって、私もそう生きていいんだ、こういう道もあるんだなと思えました。結局のところ、どんな道を選んでも、その先に何があるかは本人にもわからないし、誰にもわからないはずです。何かを選択する瞬間、これを選択することこそが自分の最良の人生を選ぶことになるはずだと信じるためには、それが自分の心に従って選択したことであることが重要だと気づかされました。そうして初めて、今以外の人生は存在し得なかったと、その道で踏ん張ることができるだろうからです。面白いことに私にそういう生き方をみせてくれた彼らはそんなに親しい友達ではなく、たまに会えば話す知り合い程度の関係でした。
 自分が選んだ道がどこにつながっているかわからないように、何が自分の人生の糧になるかはすぐにはわからないものです。留学中に体験すること、見聞きすることは人それぞれ違い、そのどれもが自分に影響を与えることになる可能性をもっています。留学は一人ひとり違うものであり、得るものも当然違います。留学中、日本にいたら出会えなかったような人々に会い、出来なかったような体験をたくさんして、考えもしなかったようなことを考えさせられるでしょう。楽しいことだけじゃなく、嫌な目にも辛い目にもあうだろうけど、全てがパズルのピースのように、自分の人生において欠かせないものになるかもしれないのです。そして留学が終わった時、思ってもいなかったようなものを手にしていることに気づくのではないでしょうか。それもまた、留学を通した目標や目的を果たすのとはまた別の、留学の醍醐味だと思うのです。

最初はこんなに仲良くなれるとは思っていませんでした。留学で得たもので一番大事な、ボルドーの仲間たちと。

最初はこんなに仲良くなれるとは思っていませんでした。留学で得たもので一番大事な、ボルドーの仲間たちと。