国際ワークショップ「移動から問う日本帝国の領域性」参加報告記
上智大学大学院 松平けあき
2016年9月15日、上智大学四谷キャンパスにて本科研チームの環太平洋班と、上智大学飯島真里子氏が研究代表を務める科研チーム「環太平洋をめぐる商品作物のグローバル・ヒストリー」(基盤研究(C))の共催により国際ワークショップが開催された。環太平洋班は過去2回国際ワークショップを開催しており、移民研究、帝国史研究を主題とする国内外の研究者がメンバーとなっている。
本ワークショップでは、2つの研究報告とコメント、討論がおこなわれた。参加者は事前に報告者のペーパーを読み、議論に参加した。ジョージタウン大学ジョルダン・サンド氏の報告に対してはチューリッヒ大学のマーティン・デューゼンベリ氏が、ノースカロライナ州立大学デイビッド・アンバラス氏の報告に対してはペンシルバニア大学の東栄一郎氏がコメントをした。
ジョルダン・サンド氏は、著書『帝国日本の生活空間』(2015年、岩波書店)を手掛かりに、帝国領域内および複数の帝国間における「モノ」ないしその移動に着目し、文献資料ではなく“Material Culture”(物質文化)および身体行動(たとえば椅子の座り方、味覚)からアプローチすることにより、より開かれた歴史を明らかにする試みについて報告した。文献資料に頼らない歴史学の試みの意義として、言説化されていないものを題材とすることによって、ときに支配構造が転倒する様や、一方で日常の些細なことにまで及ぶ支配関係など、複数のことがらの連関の描写が可能となる。
コメントやリプライでは主に「帝国的近代(Imperial Modernity)」および“modernity”という語そのものについて、何が特徴づけられるか議論がなされた。帝国的近代という語は権力やヒエラルキーが前提となり、これに相対する語として“Global Modernity”という言葉が設定され、脱植民地化を経ても普遍的に継続するような近代性であると指摘された。しかし現在においても“Global”と“Imperial”の状況は入り乱れて混在しており、両者は何によって分けられるのかという問題が提起された。
デイビッド・アンバラス氏は、「帝国主義時代における日中間の人の移動・子供の人身取引・領域性の不安」という題で報告をおこない、「境界」や「領域」に着目しながら人身取引によって越境した子供や、混血児、日中間の“intimacy”(恋愛関係)などのミクロな事例から国家や帝国を跨ぐマクロな歴史へと展開させる可能性について論じた。
報告に対しコメンテーターの東氏は、移民の管理について、通常国家は国外から入ってくる移民をコントロールするが、日本の特徴として、日本から国外へ出ていく人(出移民)をコントロールしたがる側面(たとえば日本人の子供が「中国化」することへの不安)を指摘した。また日本と中国の関係、日本と西洋の関係をエドワード・サイードのオリエンタリズムの概念に照らし合わせ、1925年に国際連盟において日本が女性や子供の人身取引を防止する条約にサインし、西洋で芽生えた帝国主義的近代思想である人権の概念や人道的な視点を日本も適用して人身取引の問題に対処した点について言及した。
全体討論においては以下のポイントを中心に議論がなされた。①方法論について。ミクロとマクロ、資料の用い方、「モノ」への着目等。②複数の帝国の連関を視野に入れて論じるということについて。③“modernity”について。以上3点は個別のテーマではなく、互いに相関しあっている。
ここでは筆者の研究関心に引き寄せながら、方法論について興味深かった点を紹介したい。サンド氏の報告では日本の歴史学において伝統的である文献資料を拠り所とした実証史学に挑戦するものとして、「モノ」に着目した社会史、文化史という試みが提起された。文献資料が国家や政府によって作られた資料であるのに対し、「モノ」から読み解かれた物質文化、身体行動はより人々の日常に接近する資料になりうる。そして「モノ」は意味と解釈を変えながら伝播され広がっていく。「境界」に着目するアンバラス氏の研究も、子供の人身取引から周辺性や流動を論じ、ミクロな事例からマクロな歴史を明らかにしている。日系アメリカ人研究をおこなっている筆者は「モノ」ではなくオーラル・ヒストリーを用いているが、その意義において両氏の研究と共通点があると考える。サンド氏は、「モノ」を取り上げることにより、言説やあらゆる“ism”(主義)から自由に論じることを提示したが、オーラル・ヒストリーにおいては、社会的言説に影響を受ける点には自覚的である必要があるが、文字化されてこなかった個人の経験と語りはときに支配的言説や国家の歴史を相対化させ、揺るがす可能性を持つ。個人の語りというミクロな視点からマクロな歴史を描き出すことを目指す筆者にとって、両氏の報告と展開された議論はチャレンジングかつたいへんに示唆に富むものであり、刺激的なワークショップに参加させていただいたことに感謝申し上げたい。