研究会・出張報告(2009年度)

   研究会

日時:2009年9月26日(土)13:30~18:00
場所:上智大学2-630a号室

発表:
マイケル・ウィンターMichael Winter(テル・アヴィヴ大学)
 “Sufism in Ottoman Egypt: Religious and Social Aspects”→報告①
ヴァレリー・ホフマンValerie Hoffman(イリノイ大学)
 “What Role Can Sufism Play in Contemporary Egypt?”

報告②:
○Valerie Hoffman, “What Role Can Sufism Play in Contemporary Egypt?”
 マイケル・ウィンター氏に続いて、現代エジプトのスーフィズム研究の大家である、ヴァレリー・ホフマン(Valerie J. Hoffman)氏が発表を行った。発表者は特に現代エジプト社会におけるスーフィズムの意義・役割に焦点を当てて発表を行った。
 発表者ははじめに、現代エジプト社会の中でスーフィズムがどうして成功を収めているのかについて、先行研究がどのように描き出してきたのかを概観していった。従来の研究ではこの点について、人間の現世利益や来世への希求という側面や、集団による宗教実践としての側面、娯楽的側面、社会クラブとしての側面、エジプト人の心性といった観点から議論が展開されてきた。その上で、発表者は本発表の目的を、現代エジプトにおいてスーフィズムの持つ社会的意義・役割はどこにあるのか、という点に定めた。
 発表者はまず、現代エジプト社会の置かれている状況を、政治・経済・社会の文脈から明らかにしていった。現代エジプトでは、経済的停滞と格差の拡大が進行し、社会的にも価値観の違いや国民の分断が進み、政治的にも政府が宗教統制を強めていく中で、エジプト社会の希求とのズレが生じてきている点を明らかにしていった。
 そうした状況下で、エジプト国内のタリーカが様々な方法でエジプト社会の中に浸透している様を、ブルハーニーヤ教団やシャーズィリー教団、ドゥスーキー教団の事例を用いて説明していった。彼らの活動は実に多様であるが、共通する点として発表者は大きく2つの点を指摘した。ひとつはシャリーア順守という外面的側面だけでなく、内面の純化とそれに基づく善行をスーフィズムが強調している点と、もうひとつはその為に行う宗教実践に、難解な知識と特殊な技能を必要としない点をあげた。このような深遠さと間口の広さこそが、エジプト社会の広範な階層の人々を惹き付けて参加する事を可能とし、スーフィズムの隆盛につながっている点を指摘した。
 さらに現代エジプトにおけるスーフィズムは、人権や女性の権利といった西洋的価値観との接合、シャリーアやその他のイスラーム的価値観とスーフィズムの矛盾なき接合、他宗教との対話促進といった現代的課題にも積極的に取り組んでいる点を紹介していった。
 こうした点から現代エジプトにおけるスーフィズムは、エジプト社会と大衆の環境や心性に沿う形で常に自己変革に挑戦し続けている点を明らかにした。それが現代エジプト社会におけるスーフィズムの成功であり、意義・役割であると結論づけた。
 発表者による長年の緻密なフィールドワークによるミクロな視点と、エジプト社会を俯瞰するマクロな視点の両面から、エジプト社会におけるスーフィズムの持つ意義・役割を論じていった本発表は、スーフィズムの今後の無限大の可能性を大いに感じさせる発表であった。
 (安田慎・京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程)